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子どもが蹴ったボールによる交通事故の責任を親が負うのか。最高裁の判断は?

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)

従前から、ネット上でも注目されていた事件の最高裁判決が、今日出ました。結論としては、子どもが開放された学校の校庭でサッカーゴールに向けて蹴ったボールがたまたま道路に飛び出し、交通事故を引き起こしたとしても、親はそれを予見できた特段の事情がない限り責任を負わない、というものです。

事案

最高裁判決によると以下のような事案でした。ボールを蹴った少年は事故当時11歳。もうすぐ12歳になる頃でした。

本件小学校は,放課後,児童らに対して校庭(以下「本件校庭」という。)を開放していた。本件校庭の南端近くには,ゴールネットが張られたサッカーゴール(以下「本件ゴール」という。)が設置されていた。本件ゴールの後方約10mの場所には門扉の高さ約1.3mの門(以下「南門」という。)があり,その左右には本件校庭の南端に沿って高さ約1.2mのネットフェンスが設置されていた。また,本件校庭の南側には幅約1.8mの側溝を隔てて道路(以下「本件道路」という。)があり,南門と本件道路との間には橋が架けられていた。本件小学校の周辺には田畑も存在し,本件道路の交通量は少なかった。

サッカーゴールの後ろ側10mには高さ1.3mの門とその左右に高さ1.2mのフェンスが張ってあり、フェンスのさらに後方は1.8mの側溝(門の部分は橋)があり、その向こう側が道路だったのです。少年はこのサッカーゴールで仲間たちとフリーキックの練習をしていたところ、この日、少年が蹴ったボールは、不幸にも、門扉の上を飛び越え、この橋の上に落ち、そのまま道路まで転がったところで、自動二輪車を運転してそこを通りかかった被害者の男性がこれを避けようとして不幸にして転倒したのです。男性は事故により左脛骨及び左腓骨骨折等の傷害を負い,入院中の平成17年7月10日,誤嚥性肺炎により死亡した、とのことです。

問題の所在

民法712条では、幼く、責任を弁識する能力を欠く者は、他人に加害を加えても損害賠償責任を負わない旨を定め、本件でも、少年はこれにあたるとされました。その場合、問題になるのは、少年を保護者として監督する責任のある親が民法714条の監督者責任を負うか否かです。親の子どもに対する監督責任の範囲がこのような事故にまで及ぶかが問題になったと言えます。

民法

(責任能力)

第七百十二条  未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない。

(責任無能力者の監督義務者等の責任)

第七百十四条  前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

最高裁判所の判断

高裁判決では、親の監督責任の範囲が及ぶとして、親に損害賠償を命じていたところ、今日の最高裁判決ではその判断が逆転し、親は本件で損害賠償責任を負わなくてよい、としました。その理由は以下の通りです。なお、原文で「C」となっているのを「少年」と書き換えています。

責任能力のない未成年者の親権者は,その直接的な監視下にない子の行動について,人身に危険が及ばないよう注意して行動するよう日頃から指導監督する義務があると解されるが,本件ゴールに向けたフリーキックの練習は,上記各事実に照らすと,通常は人身に危険が及ぶような行為であるとはいえない。また,親権者の直接的な監視下にない子の行動についての日頃の指導監督は,ある程度一般的なものとならざるを得ないから,通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は,当該行為について具体的に予見可能であるなど特別の事情が認められない限り,子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきではない。

少年の父母である上告人らは,危険な行為に及ばないよう日頃から少年に通常のしつけをしていたというのであり,少年の本件における行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれない。

ポイントは 

(1)上記態様のサッカーゴールでのフリーキックの練習は、通常は人身に危険が及ぶような行為であるとはいえない。

(2)子どもが外で遊んでいるときなど、親の直接の監視下にいないときは、親の子に対する指導監督義務はある程度一般的なものにならざるを得ず、通常、上記のような大きな事故に至らない行為でたまたま事故が起きても、原則として監督義務を尽くしていなかったとは言えない。

(3)しかし、そのようなことを予見できたなど特別な事情がある場合は監督義務を尽くしていなかったと言える場合もある。

(4)両親は少年に通常のしつけをしていたので、特段の事情はない。

ということです。

筆者自身は、割と納得のできる内容ですが、皆さんはどう思われたでしょうか。それにしても、二輪車で通りかかっただけなのに、不幸にして亡くなってしまった方(の遺族)にとっては、厳しい結果ですね。

ではどうすべきなのか

1 加害者の立場

筆者は決して保険会社の回し者ではないのですが、自動車の任意保険のオプション契約などで、家族も含めて過失で他人に怪我をさせてしまった場合に賠償金を全額カバーできる保険にかなり低廉な金額で加入できます。万一の場合に備え、そういうものに入っておいた方がいいかもしれません。

2 被害者の立場

一方、本件は法的に責任を負う者がいないので、ボールを蹴った側がこのような保険に加入していても、保険金の支払いがされない事例です。被害者の側から見れば、道をバイクで走っていたら落石があって事故にあったのと一緒なのです。このような場合、被害者が保険金の支払いを受けるためには「人身傷害補償特約」というものに加入しておく必要があります。これは割と高額になるので、加入するか否かは難しいところですが、無保険車や自賠責保険しか加入していない相手方との事故に遭遇した場合にでも、自分で設定した限度額の範囲で損害賠償されますので、金銭的に余裕がある場合は、入っておいた方がいい保険ですね。

なお判決文の原文はこちらで入手できます。

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85032

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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