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福井地裁はなぜ高浜原発を止めたのか(地震の話を中心に)

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
高浜原発と今回の仮処分決定文

一昨日の福井地裁の仮処分決定については、色々な意見があるようですが、とにかく原文に当たることが重要でしょう。すでに最高裁判所のページにもアップされています(こちら)ので、余裕のある方は是非お読みください。この決定を理解する上で大前提にしなければならないのは、過去の最高裁判決です。本文の文字数を減らすため囲みで画像にします。

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特に赤字下線部分に注目して頂きたいのですが、最高裁判所は、従前から、原発の重大な事故は万が一にも起きてはいけないもの、ということを大前提にした上で、万が一にも事故を起こさないように、規制基準と、それに基づく審査があると考えていたのです。

その上で、この判決文では規制基準が不合理である場合には、原子炉の設置許可処分自体が違法になる(すなわち原発は運転できない)としたのです(結論においては敗訴した住民側の伊方原発設置許可処分取消を求める上告を棄却)。これまた詳しくは囲みをご参照ください。

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もちろん、これは行政訴訟に関する最高裁判決であり、民事の差し止めに関するものではありませんが、先例としては頻繁に参照されます。日本の司法は、原発の重大な事故を万が一にも許容できないものとして、従前から位置づけていたことは極めて重要なことです。

この最高裁判決は、“原発安全神話”のさなかに出されたものであり、これよりあとの下級審判決は、むしろこの判決をできるだけ骨抜きする方向(原発政策に甘い方向)で解釈してきました。しかし、3.11のあと、この最高裁判決が示した見地(特に赤字下線部分)は、特別な意味を持つようになってきました。「万が一」にも起きてはならない(そして起こらない)はずの重大な事故が実際に起きてしまったからです。当然、この事故を受けて新たに設置された原子力規制委員会が作るべき「新規制基準」は、重大な事故を「万が一」にも起こさないようなものでなければならないのです。

福井地裁は、この最高裁判決がいう、重大な事故は「万が一」にも起きてはならない、という価値観と、チェルノブイリ事故、福島第一原発の事故を前提にした上で論を進めています。

福井地裁は何が不合理だと言ったのか

福井地裁の決定文は色々なことを言っているのですが、原子力規制委員会が定めた新規制基準については以下の不合理性を指摘しています。

・万一の事故に備えなければならない原子力発電所の基準地震動を地震の平均像を基に策定することに合理性は見い出し難い(p30)

・免震重要棟の設置について猶予期間が設けられていることに合理性がない(p44)

とくに、前者が重要な問題として取り上げられています。

高浜原発の「基準地震動」

福井地裁の決定文では基準地震動Ss、クリフエッジについて以下のように定義しています。

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これも裁判所が勝手に定義したものではなく、民主党政権下で行われた「ストレステスト」や、原子力規制委員会で定めたいわゆる新規制基準のなかに定義が出てくるものです。くだけた言い方をすれば、基準地震動Ssは「その地震動以上はヤバイ」で、炉心損傷に至る可能性があることは関西電力も認めています。起きてはならないものです。クリフエッジは「その地震動以上はオワタ\(^o^)/」という感じのもので、そういう地震動が本当に来たら、メルトダウンに至る可能性があることは関西電力も認めています。

高浜原発3、4号機の基準地震動Ssは550ガル(なお、数字の感覚として、重力加速度は981ガルなので1000ガルの地震動があれば地面に置いてある物が浮く可能性があります)と設定されていましたが、ストレステストにより、クリフエッジは973.5ガルとされました。また、その後の再稼働審査では基準地震動が700ガルに引き上げられました(p17)。

基準地震動Ssを超える地震が高浜原発に来る可能性があるのか

今回の決定は高浜原発に、(1)クリフエッジ超の地震動、(2)基準地震動Ss超の地震動、(3)基準地震動Ssを超えないけど重大な事故に至る可能性のある地震動のいずれもが可能性があるとしました。

福井地裁の決定文は(1)について、次のように言っています。なお原文は丸数字です。

原子力規制委員会は過去の16個の地震を参考にして今後起こるであろう震源を特定せず策定する地震動の規模を推定しようとしているが、この数の少なさ自体が地震学における頼るべき資料の少なさを如実に示し、高浜原発には973.5ガルを超える地震は来ないとの確実な科学的根拠に基づく想定は本来的に不可能である。

むしろ,(1)我が国において記録された既往最大の震度は岩手・宮城内陸地震における4022ガルであり(争いがない),973.5ガルという数値はこれをはるかに下回るものであること,(2)岩手・宮城内陸地震は高浜でも発生する可能性があるとされる内陸地殻内地震(別紙3の別記2の第4条5二参照)であること,(3)この地震が起きた東北地方と高浜原発の位置する北陸地方ないし隣接する近畿地方とでは地震の発生頻度において有意的な違いは認められず,若狭地方の既知の活断層に限っても陸海を問わず多数存在すること,(4)この既往最大という概念自体が,有史以来世界最大というものではなく近時の我が国において最大というものにすぎないことからすると,973.5ガルを超える地震が高浜原発に到来する危険がある。(以上p22~23)

長いので引用しませんが、関西電力(債務者)は債権者(住民)に対して当然反論しているところ、23ページ以下で粉砕されております。

次に(2)の基準地震動Ss超クリフエッジ未満の地震動についても、本当に起こった場合は、炉心損傷に結びつくことは関西電力自身が認めています。関西電力は、炉心損傷が起こっても、その後のリカバーでメルトダウンは防げる、と主張していましたが「イベントツリー」(炉心損傷防止への対策手順)が少しでも上手く行かないと、リカバー不能となることは関西電力自身が認めています。

決定文は、このイベントツリーが有効であると言えるためには「第1に地震や津波のもたらす事故原因につながる事象を余すことなくとりあげること,第2にこれらの事象に対して技術的に有効な対策を講じること,第3にこれらの技術的に有効な対策を地震や津波の際に実施できるという3つがそろわなければならない。」としています。これ自体は当然のことでしょう。

そして、第1については想定外の事象が当然ある、第2についてはとりあえず横に置くとして、第3については、全交流電源喪失から炉心損傷まで5時間、そこからメルトダウン開始まで2時間しかないのに、現場が混乱して不確実な要素が山ほどあるのにできる保障はない、という旨の指摘をしています(p25以下)。常識的な考え方でしょう。

関西電力は、高浜3,4号機の基準地震動Ssを超える地震動が到来することは「まず考えられない。」としています。しかし、福井地裁の決定文はこの主張を排斥しています。その根拠とされているのが、平成17年以降の期間だけで、想定した地震動を超える地震動が4つの原発に5回にわたり到来していること(p28以下)から、高浜原発の基準地震動だけ信頼することはできない、というものです。

実際、あまり報道されていませんが、平成19年の新潟県中越沖地震では、柏崎刈羽原発では、想定を遙かに超える地震動が発生し、3号機で火災が起こるとともに、その後、2、3、4号機の原子炉は、平成23年に東日本大震災が起こるまで、ついに一度も動かすことができませんでした。地震によって深刻なダメージを受けたと言われています。国民がちゃんと知らされていないだけで、3.11の前から、日本の原発は地震でヤバイ状態になっていたのです。また、東日本大震災で、福島第一原発の事故が起こったことはあまりに有名ですね。この際も基準地震動を超える地震動が観測されていたのです。

福井新聞の入倉教授の記事

福井地裁の決定文は、さらに、基準地震動策定の際に用いられる、断層の状況から地震動を推測する方式も、あくまで地震動の平均像を示したものであり、過去にその方式と合致しない地震動が起こっていることから、高浜原発3、4号機の基準地震動は信頼できない、としています(p30)。

これに対しては、この方式を考えたA教授こと、入倉教授が福井新聞に登場し、以下のように述べています。

再稼働差し止め決定文「曲解引用された」 地震動の専門家が困惑

福井新聞ONLINE 4月15日(水)8時13分配信

だが、決定文に登場する識者の入倉孝次郎・京都大名誉教授は取材に対し「全くの事実誤認。決定文にある発言は、新聞記事を元に原告が曲解して書いているものが引用されている。正しい理解のために正確に引用してもらえず非常に残念」と述べた。

本当に、決定文はそんなに酷いことをしているのでしょうか?筆者は元となる入倉教授の2014年3月29日付愛媛新聞のインタビュー記事を入手したので引用します。

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赤線を引いた部分が問題の部分ですが、決定文(p30)は、入倉教授の発言を一字一句違わず引用しています。しかも、入倉教授は、この記事でもっと凄いことを言っています。すなわち、伊方原発について、原発の耐震設計の基本に据えられる基準地震動の算定根拠の一部について「明確な根拠はない」と言ったり、「基準地震動はできるだけ余裕を持って決めた方が安心だが、それは経営判断」などと言っているのです。むしろ、福井地裁は、入倉教授の発言を控え目に引用していることが分かります。もちろん、福井地裁はこの新聞記事のみから高浜3,4号機の基準地震動の信頼性を否定したものではなく、どちらかといえば新聞記事の引用は添え物的な扱いです。かつ、入倉教授の方式については、裁判所に詳細な証拠が提出されています。また、入倉教授は、科学的な見地から基準地震動の不確実性について述べたものであり、行政基準として運用されるべき基準地震動がこのような曖昧なものであってよい訳はないのです(原子力規制委員会ですらそのような立場は取っていないと思われます)。

入倉教授が、本来自分とは関係ない「原発を動かすか否か」の論争に巻き込まれるのを嫌がっていることは大変よく理解できるのですが、電力会社や原子力規制委が入倉教授の考え方を取り入れている以上、もはや、ことは動き始めてしまっているのです。

700ガル(Ss)に達しない地震でも原発が壊れる

最後に(3)についてですが、福井地裁の決定文は、高浜3,4号機の基準地震動Ssについて、格納容器や圧力容器等の原子炉の躯体や配管が補強されることなく、配管の支え等を補強するだけで550から700ガルに引き上げられたことを批判します(p32~33)。ここは是非原文をお読み下さい。

その上で、関西電力自身が、外部電源(送電線で送られてきます)と、原発を冷やす主給水ポンプがいずれも700ガル以下の地震動でも断たれる可能性があることを自認していることに着目し、その後のリカバーに確実性がないことから、700ガル以下の地震でも炉心損傷が起こる危険性がある旨を述べています(p33以下)。

驚くべきことに、関西電力は、原発の主給水ポンプや外部電源(送電線)について地震で壊れてもしょうがない(主給水ポンプについてp37、外部電源についてp41)という立場に立っています。これらの設備を強い地震に耐えられるようにすることは技術的に難しいことはありませんが、単にコストが高すぎるのでやらないものと思われます。しかし、原発の「本来の姿」について、壊れてもしょうがないけど非常時のバックアップがあるから大丈夫というのは、現に福島で失敗している非常時のバックアップの不確実性からしても、非常に危うい考え方といえるでしょう。決定文は「理解に苦しむ」(p37)など、非常に強いトーンで批判しています。

裁判所は、このような見地に基づき、基準地震動以下の地震動でも、重大事故に直結する事態が生じ得るのなら、基準地震動に基準としての意味が無くなる(p38)と述べています。世界一の地震国である日本で、規制基準として基準地震動を設定しながら、主電源や主冷却設備についてそれを適用しないのなら、基準に意味がない、という福井地裁の指摘は、少なくとも筆者には非常にまっとうな指摘に思えます。

また、福井地裁の決定文は、使用済み燃料プールの脆弱性についても詳細に論じていますが(p39以下)、割愛します。

まとめ

結局、福井地裁の決定は、政府が「世界一厳しい」と宣伝する新規性基準なるものが、「万が一」の重大な事故を防ぐこととの関係では「緩やかにすぎ,これに適合しても本件原発の安全性は確保されていない。」(p44)と述べ、高浜原発3,4号機には具体的危険性あり、としたものです。

全体的に非常にまっとうな立場に立ったものであり、これに対する批判は大きくいえば「万が一のリスクを甘受して原発を動かすべきだ」という立場からのものになるでしょう。しかし、最高裁判所は、そもそもそのような立場に立っておらず、「万が一」にも重大な事故は起きてはならない、という立場に立っているということが、やはり、重要なのではないかなと思います。

また、「万が一というが億が一かもしれない」という批判もあり得るでしょうが、そう言い続けて破局的事態を迎えたのが福島第一原発の事故だったのではないでしょうか。というか、この50年の間に、アメリカ(スリーマイル)でも、旧ソ連(チェルノブイリ)でも日本(福島第一)でも事故は起こっており、実際の現象としては、重大な事故は「万が一」どころか、十が一くらいの感覚で起きているわけです。まして、我が国は世界一の地震国です。私たちは、自分たちの科学の到達点が自然を克服するものになっていない(巨大地震すら予測できない)、という厳然たる事実を正面に見据えるべきだと思います。科学的に不確実な領域を原発を動かす方の理由にしては、ならないのです。言い換えれば、もう、二度と「想定外」などという言い逃れは、許されないのです。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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