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【安保法制】ねじれる高村正彦・自民副総裁~1999年との相克~

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)

自民党の高村正彦氏(自民党副総裁)が、「安保法案」(戦争法案)の憲法違反の問題について、積極的な発言を続けています。しかし、高村氏の発言は過激なものが多く、憲法学者を含む法律家の怒りを掻き立てるのに積極的な役割を果たしています。

高村フォーミュラの核心は「一般法理」にあり

高村氏は砂川事件の最高裁判決が集団的自衛権を認めている、と言います。現在、政府与党が流布しているこの説を“発明”したのが高村氏らなのだそうです。本稿ではこれを「高村フォーミュラ」と呼びます。

砂川事件は在日駐留米軍の合憲性が問題となった事件です。最高裁のホームページに判決文のPDFと判決要旨がありますので興味のある方はご覧下さい。確かに判決要旨の四には「憲法第九条はわが国が主権国として有する固有の自衛権を何ら否定してはいない。」と書いてあります。では、この判決からどうやって集団的自衛権を導くのか。高村氏は以下のように述べています。

最高裁は「国の存立を全うするための必要な自衛の措置は講じうる」と一般的法理で示している。「国の存立を全うするための必要な自衛の措置」は政治家が考えなければいけないことだ。「必要な自衛の措置」の中に、国際法的には集団的自衛権とみられるものが含まれるのであれば、その限りで集団的自衛権も容認される

出典:2015.6.17 朝日新聞

「一般的法理」ですか・・・・。実務法曹の間では、訴訟で「信義則」等の一般法理を持ち出すと大抵、筋が悪い、と言われます。法律の条文があるのに、それを無視するような主張をするわけですからね。

もともと、砂川事件は在日駐留米軍の合憲性が問われたもので、最高裁判所の合憲性判断もその限りのものです。上記「判決要旨の四」も個別的自衛権について述べたものだ、というのが大方の解釈です。この判決の後でも、当の日本国政府が一貫して集団的自衛権を憲法違反、としてきたことがそのことを雄弁に物語っています。

また、当時の田中耕太郎・最高裁長官が駐日アメリカ大使に判決に至る経過を漏洩していたことが判明しており、司法の独立をそのトップが冒した売国的な判決だったことが知られています。「自主憲法」の制定を党是とする自民党の副総裁がこの判決にすがりつくのは、いかにも滑稽な話です。

そうすると、高村フォーミュラの実態は、法学の初学者だけに見える、となりのトトロみたいなものなんじゃないかと思います。筆者も、司法試験の勉強を始めたころはよく見えました。(ありもしない)一般法理が。

高村フォーミュラから見える世界

しかし、これまた初学者にありがちな態度なのですが、高村氏は高村フォーミュラを得意げに振りかざして実定法を論難し始めます。

憲法学者はどうしても(戦力不保持を定めた)憲法九条二項の字面に拘泥する。

出典:2015.6.5 東京新聞

筆者の思うところ、実定法(日本国憲法も実定法です)の学者が法の字面に拘泥するのは当たり前で、実定法があるのにその文言から読み込めないことを「読める!読めるぞ!!」とやり始めたら、法の意味がなくなってしまうし、ラピュタ王になってしまいます。法律家全体を敵に回すような発言をした高村氏は当然強い批判を浴びましたが、次のように開き直ります。

私は、憲法の法理そのものについて学者ほど勉強してきた、というつもりはない。だが、最高裁の判決の法理に従って、何が国の存立をまっとうするために必要な措置かどうか、ということについては、たいていの憲法学者より私の方が考えてきたという自信はある。

出典:2015.6.11 朝日新聞

憲法の法理について憲法学者ほど勉強していない、と自白しながら、勝手な憲法解釈を振りかざすのに自信を持つ、というのはかなり筋の悪い見解ですね。「大抵の憲法学者より私の方が考えてきた」ってそりゃそうでしょう。高村フォーミュラに基づいてものを考えるのは高村氏周辺だけなので。そんなに言うなら、とっとと憲法改正の発議をするのが本当の愛国者なので、自分だけ国のことを考えているように振る舞い、他の人間を馬鹿にするのは高慢というものです。

しかし、いよいよ止まらない高村氏はさらに発言をエスカレートさせます。

学者は憲法尊重擁護義務を課せられてはいない。学問の自由があるから、最高裁が示した法理でも「それが間違っている」と言うこともできる。我々憲法尊重擁護義務がある人間は、最高裁が示した一般的法理を尊重する、という、単純な、当たり前のことを言っている。

出典:2015.6.17 朝日新聞

いや、ハッキリ言いますが、最高裁はそんなこと言ってないし、「一般的法理」じゃなくて、明文で決まった憲法の条文を守るのが公務員の憲法尊重擁護義務です。高村さん、いい加減にしてください。

政治家が憲法を守らなくなると、国の仕組み自体が壊れます。これはクーデターに近い行為です。例えば財産権を保障した憲法29条について「『財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。』と書いてあるから、農地はコルホーズ化して、一人100万円以上の財産は全て没収して国有化できる。読める!読めるぞ!!」ということにもつながっていくわけです(実際はそんな解釈はありません)。憲法尊重擁護義務を負っている政治家が、憲法を勝手解釈して、勝手解釈を守るのが自分の務め、と開き直るのは、その発言自体が憲法尊重擁護義務を踏みにじる行為で、絶対に許されないことなのです。

1999年の高村正彦氏

ところで、高村氏は弁護士資格を持っており、一応、司法試験に合格したはずです。高村氏のあまりにレベルの低い憲法論に憤慨していたところ、高村氏の下記のような国会答弁を見つけました。長いですが昨今の高村フォーミュラに比べると格段に格調高いので、全文引用します。

○国務大臣(高村正彦君) 国際法上、国家は集団的自衛権、すなわち自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を自国が直接攻撃されていないにもかかわらず実力をもって阻止する権利を有しております。したがって、日独両国とも、敗戦国とはいえ主権国家である以上、国際法上このような集団的自衛権を有しているわけであります。それにもかかわらず、ドイツは集団的自衛権を行使でき我が国が行使できないのは、おのおのの国がその国内の最高法規においておのおのの立場を選択したからにほかならないわけでございます。すなわち、ドイツにおいては、同国の憲法ともいうべきボン基本法二十四条二項を根拠に、NATO及びWEU、西欧同盟を通じた集団的自衛権の行使が認められるものと解釈されているわけであります。一方、我が国については、憲法第九条のもとにおいて許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することはその範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えているわけでございます。おのおのの国がそれぞれ選択した、こういうことでございます。

出典:1999年5月17日・参院日米防衛協力のための指針に関する特別委員会議事録

どうやら、高村氏は、憲法学者を罵倒する前に、過去の自分が嘘をついていたのか、今の自分が筋を曲げたのか、明らかにする必要がありそうですね。筋を曲げたのなら、その説明を、法律家らしく理路整然としていただきたいものです。さもなくば、過去の自分に向かって「字面に拘泥している」「一般的法理に目覚めろ。」「過去の自分よりよく考えてきた」と罵倒しなければならなくなります。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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