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マイナンバー導入は「資産課税への布石」か?本当に景気を良くしたいなら、まず相続税を廃止せよ!

山田順作家、ジャーナリスト
消費税増税だけが景気を冷やすわけではない!(写真:アフロ)

■マイナンバー制度と重税路線がセットで進む

来年から実施されるマイナンバー制度では、当然、徴税がしやすくなる。いずれナンバー一つで銀行口座から所有財産まで把握可能になるのだから、国の税収は増えるだろう。しかも、日本は重税国家への道をひたすら進んでいる。消費税が10%になるばかりではなく、すでに所得税、相続税は引き上げられ、富裕層を狙った出国税も創設された。

さらに、来年の3月15日までには、年間所得の合計額が2000万円を超える所得者は、「財産及び債務の明細書」を確定申告の際に税務署に提出しなければならなくなった。これまでは提出しなくとも罰則規定はなかったが、今回からは法定調書として義務化されて罰則規定も設けられたので、提出しないと加算税が課せられることになった。

つまり、この国ではマイナンバー制度と重税路線がセットで進んでいる。マイナンバーにより、国民の所得や資産(負債も)が洗いざらい把握されたうえに、それに対してこれまで以上の税金が課せられるのだ。

これがどんな結果をもたらすのか、誰にでもわかると思うが、メディアも専門家もほとんど批判しない。国家の政策だから、批判しても表面的にしか批判しない。

■富裕層から取った税金を庶民に分配する「社会正義」

それにしてもメディアがひどかったのは、消費税増税に反対する姿勢を見せたのに、所得税、相続税の増税にはほとんど反対しなかったことだ。出国税にいたっては、富裕層から取るのだから、一般庶民には関係ない、むしろ課税強化をよしとしてきた。

しかし、どんな税金でも増税すれば、経済活動は鈍り、景気は悪くなる。アベノミクスで期待される景気回復など絵空事になってしまう。

すでに「消費税増税が景気回復の足を引っ張った」ことは明らかである。メディアも専門家も、そう主張してきた。しかし、その同じ口で、所得税、相続税などの増税には反対しなかった。なぜなのだろうか?

それは、富裕層からはいくら税金を取ってもいい。しかし、庶民からはこれ以上取ってはいけない。富裕層から取った税金を庶民に分配するのが望ましい。それこそ「社会正義」だと、メディアや専門家と称する人々が考えているからだろう。

しかし、この考え方でいくと、日本はますます社会主義国家になり、経済成長など夢のまた夢になる。国民生活は等しく貧しくなるだけだ。

■異常に低くなった日本の相続税の基礎控除額

とくに、2015年から始まった相続税の基礎控除額引き下げは、ひどい結果をもたらしている。これまでと比べて多くの家庭に相続税が発生してしまったからだ。とくに土地の時価が高い東京、大阪、名古屋の都心部においては、それほど金融資産を持っていなくても、一戸建てに住んで1000万円~2000万円の預貯金があるだけで、相続税の課税対象になってしまった。これは、富裕層いじめではなく、庶民いじめである。

日本の相続税の基礎控除額はもともと低かった。たとえば、アメリカの遺産税の基礎控除額は500万ドル(約6億円)である。それなのに、今回の改正では[3000万円+相続人1人につき600万円]という異常なまでの引き下げが行われた。

一部に、額だけではフランスやイギリスと変わらないという意見があったが、どちらの国でも配偶者は免税である。同じくアメリカも、配偶者からは相続税を取らないばかりか、欧米諸国には日本にはない信託制度がある。

先日、日経新聞(11月5日付) が、「国税当局が、タワーマンションを使った相続税対策の監視強化に乗り出したことが4日分かった」という内容の記事を掲載した。それによると、国税局は、「行きすぎた節税策には追徴課税もあり得るとして注意喚起している」という。

しかし、このような節税スキームがつくられるのは、日本の相続税が高すぎるからである。

■マイナンバーは「資産課税への布石」なのか?

現在、一部メディアは、「マイナンバー制度は将来の資産課税への布石」と指摘するようになった。「財務省は国と地方を合わせて1000兆円を超えた財政赤字を解消するために高率の資産課税を導入するのではないか」と言うのだ。

資産課税は、文字どおり、なんらかの資産を持っていれば、それだけで課税される。

前述した「財産及び債務の明細書」では、対象となる資産は、土地・建物にはじまり、預貯金、株式、債券、保険などの有価証券、さらに貴金属、骨董品までの記載が義務付けられている。となれば、マイナンバーが「資産課税への布石」と見られても仕方あるまい。

資産課税に関しては、最近、一部専門家の中にも「導入すべき」という意見を述べる人がいる。たとえば、「年次累進課税0.5%を実施すれば、個人金融資産1700兆円のうちの0.5%で税収は8.5兆円増える」と言うのである。しかし、これは日本政府にとっては必要かもしれないが、国民にとっては国家による収奪である。

資産課税が恐ろしいのは、富裕層にとっても庶民にとっても等しく課税される可能性があることで、しかも全資産に対する総合課税ということになれば、所得と資産の合計にかかってしまうことだ。所得がなくとも、土地や預貯金、宝石を持っていただけで課税されてしまう。もちろん、課税対象額は段階的になり、庶民は対象外にされることもあるが、資産形成へのモチベーションは著しく低下するだろう。

■相続税は憲法違反?多くの国には相続税がない

相続税の話に戻るが、相続税はもともと、その課税根拠が希薄な税金である。それは個人の財産権を侵すものだからで、日本国憲法の第29条に「財産権はこれを侵してはならない」と規定されているので、憲法違反という声もある。

私たちは、所得があればその一部を所得税というかたちで国に納めている。

それなのに、最後に残った私有財産にまで課税するのは、税制の基本原則で禁止されている「二重課税」ではないのかというのだ。

実際のところ、アメリカの共和党は常に「相続税廃止論」を唱えているし、すでに、世界の国のなかには、スウェーデン、シンガポールなどのように相続税を廃止した国もある。

また、現在、世界で経済成長している多くの国には相続税そのものがない。前記したスウェーデン、シンガポール以外では、スイス、カナダ、デンマーク、オーストラリア、ニュージーランド、香港などがそうだ。しかも、これらの国の「1人当たりのGDP」は日本より高い。

以下、相続税のない国の1人当たりのGDP(2014年)を記してみる。

スイス (87,475.46ドル)、カナダ(50,397.86)、デンマーク(60,563.62ドル)、オーストラリア(51,306.67ドル)、ニュージーラン(43,837.29ドル)、シンガポール(56,319.34ドル)、香港(39,871.10ドル)。

ちなみに日本は相続税の最高税率は55%で、1人当たりのGDPは36,331.74ドルと、先進国のなかでは低いほうである。

■新興アジア諸国、中国にも相続税はない

現在、新興アジアの多くの国が高い経済成長を遂げている。じつは、これらの国々のなかにも相続税のない国は多い。以下、それらの国々と1人当たりのGDPを記すと、次のようになる。

タイ(5,444.56ドル)、マレーシア(10,803.53ドル)、ベトナム (2,052.85ドル)、インドネシア(3,533.53ドル)。

また、日本人には信じられないかもしれないが、中国にも相続税がない。中国人は、日本に相続税があり、その支払いのために、国に土地や建物を物納した例があると言うと驚く。たとえば、美智子皇后の実家は、相続税のために取り壊された。

ちなみに、中国の1人当たりのGDPは7,589.00ドルとまだまだ低いが、経済成長率はここ数年、その数字がインチキとしても7%以上を維持してきた。

■配偶者からも相続税を取るという過酷さ

日本の相続税は高いばかりか、制度的にも欠陥がある。それは、配偶者までもが相続人になってしまうことだ。たとえば、アメリカでは夫が先に亡くなった場合、妻はその財産をそのまま引き継ぐことができる。アメリカでは、夫婦が共同で築いた財産は相続財産とは見なされない。

日本でもそうだが、夫が働き妻が専業主婦として住宅などの資産を築いた場合、それは共同財産とされる。これは離婚した場合を考えれば当然だ。夫婦共同財産は、離婚時には分割される。住宅は売却され、夫婦でそれぞれ分け合うようなかたちが自然だ。

ところが、日本の場合、相続時には、この考え方が適用されない。いくら夫婦共同財産といえども、 住宅の名義が夫名義になっていれば、夫の相続財産とみなされ、遺産分割協議が必要になったり相続税が発生したりする。そのため、夫の死後、残された妻がその家に住めないというケースも発生する。

■相続税を廃止すればさまざまな問題が解決する

このような相続税のシステムと高い税率を維持していて、日本は経済成長できるだろうか? 景気回復が可能だろうか?

相続税があり、それが高率だということは、世代を超えて富が蓄積されないということを意味する。国家にだけ富が集中し、民間は疲弊するだけである。

スイスは、ほとんどなんの産業もなかったが、相続税を廃止した結果、富の蓄積が起こり産業の発展につながった。シンガポールも同じだ。現在の日本の相続税では、どんなに資産を築いても三代で財産がなくなる。

そこで、提唱したいのは、相続税を廃止することである。そうすれば、経済と国民生活にさまざまな良い効果が出てくる。たとえば、現在多くの中小企業が悩んでいる「事業継承」がスムーズに行えるようになる。また、解体が進む家族もその絆が深まることで元に戻り、少子化や老老介護などの問題も解決に向かうだろう。そして、公共事業や開発で破壊される歴史的な建造物や町並みも後世に残すことができるようになるだろう。

■金持ちは国を出ていき、庶民は豊かになれない

相続税の廃止に関しては、当然、大きな反対意見がある。富裕層から税の配分を受けられると考えている庶民は必ず反対するだろう。また、「格差の拡大」を問題視するメディアや専門家も反対するだろう。しかし、いまのような重税路線を続けていけば、相続税どころか、どんな税金であっても、それが増税なら景気は少しも良くならないだろう。単純に使えるおカネが減っていくのだから、消費が上向くはずがない。

かつて橋下徹氏が率いる大阪維新の会は「相続税100%」を提唱した。しかし、これは私有財産の否定であるから、共産主義の政策である。そんなことをすれば、誰も働かなくなるのは明白だ。一生懸命働いて、それで財産を築いても死ねば国に全部取られてしまうとしたら、働く意欲はなくなる。

働いてマイホームを建て、そこで家族と長年暮らしてきても、名義人が死ねば残った家族はそこに住めない。追い出されるような制度が、はたして国民の幸福をつくり出せるだろうか?

私は4年前、『資産フライト』という本を書き、資産を海外に持ち出す富裕層の動きを描いた。当時でもそうだから、相続税の増税や出国税の創設、そしてマイナンバーによる課税強化は、この流れを加速させる。

このような私有財産を否定する増税は、いまや庶民にまで及んでいるとことを思うと、それは国家による「豊かになってはいけない」「豊かになったら罰する」というメッセージである。

グローバル経済で、ヒト、モノ、カネが自由に国境を超えられるようなった現在、日本は時代に逆行することばかりやり、ますます貧しくなろうとしている。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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