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とんでもないことになっているアメリカ大統領選挙。このまま「アメコミ劇場」は続くのだろうか?

山田順作家、ジャーナリスト
ニューハンプシャーで勝利したトランプ氏(写真:ロイター/アフロ)

■「貿易で中国と日本とメキシコを打ちのめす」

アメリカの大統領選挙が「アメコミ劇場化」している。2月9日に予備選の第2弾ニューハンプシャーが終わったばかりだが、これまでこんなに「面白い」(が危機的な)選挙戦はなかった。

その立役者は、もちろんドナルド・トランプ氏(69)だが、それ以外の候補者も、その“役者ぶり”をいかんなく発揮している。なにしろ、彼らの話を聞いているだけで、頭がおかしくなりそうだからだ。

まず、ヘイトスピーカーとして、これ以上の大物はいないと思われるトランプ氏だが、ニューハンプシャーでの勝利宣言はこうである。

「われわれは米国を再び偉大な国にする」「貿易で中国と日本とメキシコを打ちのめす」

このゴリゴリの共和党右派オジサンは、アメリカが世界からなめられることが許せないのだ。ともかく“弱腰しオバマ”の逆を行きたい。そのためには、なんでもしそうな勢いである。以下、これまで彼が言ってきたことを列記してみよう。

■北朝鮮は叩き潰され、イスラム国は木っ端微塵に

「世界同時株安は中国、お前らのせいだ!」

「(ISに対して)私は彼らをとことん爆撃しまくる。彼らを叩き潰す。ポンプを爆撃する。パイプを吹き飛ばす。1インチも残さず吹き飛ばす。後にはなにも残らないようにしてやる」

「ひとたびアイツ(北朝鮮の金正恩)が運輸システム(核の運搬手段のこと)を持てば核を使用するだろう」「(北の原子炉に爆弾を落とすつもりなのか?と記者が質問すると)私はなにかをするつもりだ」

「核兵器はまさにパワーであり、その荒廃は私にとって大問題だ。誰も、誰も、誰も、われわれに手出しができないようにしてやるのだ」

というわけだから、もし彼が大統領になれば、中国とは対決し、日本は同盟国扱いされなくなり、北朝鮮は叩き潰され、イスラム国は木っ端微塵になる。さらに、「ムスリムはアメリカに入国させるべきでない」と言っているのだから、アラブ諸国からも総スカンを食らう。

■気候変動は「ただの天気だ」「嘘っぱち」

また、「アメリカ国内に住む不法移民1100万人を強制退去させる」「国境に万里の長城をつくる」と言っているので、不法滞在メキシコ人は国に帰られなければならない。

ただ、驚くのは、彼はロシアは好きらしく「プーチンとは仲良くなれる」と言うのだから、よくわからない。プーチンがもっともアメリカをなめているのではないか?

さらにもっとわからないのは、気候変動は「ただの天気だ」と言い、地球温暖化などは「うそっぱちだ」と一蹴したことだ。これだと、COPからアメリカは脱退することになる。当然だが、彼はオバマケアに反対、中絶に反対、同性婚にも反対、銃規制にも反対だ。

以上、彼が言っていることが全部実現したら、この世界はアメリカンコミックの世界になるだろう。世界最強のアメリカ帝国が出現するだろうが-----。

■テッド・クルーズ氏は“ミニ・トランプ”か?

続いて、初戦のアイオワで勝ったテッド・クルーズ氏(45)だが、言っていることはトランプ氏とあまり変わらない。南部バプテストだから、アイオワでの勝利演説は「神に栄光あれ」で始まったが、「オバマは弱腰だ」「強い軍事力が必要だ」を強調するだけだった。

もともと彼には外交政策のアドバイザーがいないと言うので、政策らしきものはない。「ISをいかにして打ち負かすのか?」という質問には、 「圧倒的な空軍力で彼らを1人残らず完全に破壊する。絨毯爆撃だ」と答えている。

さらに、イランとの核合意には反対と表明、「大統領に就任したらすぐにこれを廃棄する」とまで言った。そんなことをしたら他の合意締結国が怒ると言われると「知ったことか。イランを絨毯爆撃すれば一発で問題は解決する」と答えている。

■演説で自著を引用しすぎて嫌われ者に

クルーズ氏の父親はキューバ移民で、彼はハーフラティーノだが、不法滞在の移民に市民権を与えることには反対で、「メキシコ国境を守る警備隊を3倍に増強する」と言い放つ。

もちろん、オバマケアに反対、中絶反対、同性婚反対だ。財政規律主義者である点は評価できるが、方向はトランプ氏と同じ「強いアメリカ」だ。

彼は、プリンストンをへてハーバードのロースクールを卒業した弁護士。超インテリだから、演説はうまい。それで、「フィリバスター」(議事妨害の演説)で一躍人気者になったが、演説で自著『A Time for Truth』を引用しすぎることが鼻につくので、共和党内でも嫌われている。

■ラティーノなのに移民には厳しいルビオ氏

共和党3番手で、今後次第でもっとも有力とされるカトリックのマルコ・ルビオ氏(44)は、トランプ氏、クルーズ氏の2人よりは中道だ。しかし、両親はキューバ移民でラティーノなのに、移民制度改革を推進したため、ティーパーティの怒りを買った。

彼のバックには、ネオコンのシンクタンク「アメリカ新世紀プロジェクト(PNAC)」がついている。だから、外交は強硬派、タカ派。尖閣諸島は「同盟国である日本の領土だ」と発言したので、日本に対しては厳しくないようだが、関心はない。当然だが、難民受け入れには反対。同性婚と中絶にも反対だ。

2月7日、ABCテレビの候補者討論会では、事前に用意された原稿を繰り返し話すだけだったので、「ロボットか?出直せ」と言われ、評判を落とした。注目されるのは、初の黒人大統領の次に初のラティーノ大統領が誕生するかどうかになった。

■「ウォール街から金をもらっているだろう」

それでは、民主党に行きたい。

去年は本命視されたメソジストのクリントン元国務長官(67)は、2回の予備選で大きく後退した。民主党中道と言われるが、上院議員時代には湾岸戦争を支持し、国務長官時代にはアフガニスタンへの兵力増派やカダフィ打倒を推進したので、“弱腰しオバマ”に比べれば外交はタカ派だ。

ただ、エリート臭プンプンだから、代わって頭角を現したバニー・サンダーズ(74)氏に、「ウォール街から金をもらっているだろう」と攻撃されてタジタジになってしまった。ウェルズリー、ハーバードロースクール出身の彼女も、切り札は「アメリカ初の女性大統領」ということしかないのかもしれない。

■「優しい、物分りのいいおじさん」なのか?

では、サンダース氏はどうか?

ユダヤ系ポーランド人移民で、シカゴ大卒という彼は、イラク戦争に反対したリベラル中のリベラルおじさんである。ニューハンプシャーでの勝利宣言では「われわれは全米にメッセージを送った。政府は、一握りの金持ちや政治資金提供者ではなく、すべての国民に属する」と演説し、拍手喝采を浴びた。

格差是正、巨大金融機関の解体、大学の無料化を訴えるので、貧困層、中間層にはウケがいい。自らを民主社会主義者と呼んでいるので、ミレニアルズ世代にもウケがいい。

しかし、外交や経済となると、明確な政策はない。財政規律は訴えるが、貧困層にバラマキをしそうなので、「優しい、物分りのいいおじさん」にすぎないかもしれない。おじさんと言っても、もう74歳でおじいさんだ。

■「議論のレベルは陳腐で有権者を侮辱している」

というわけで、一躍、この間隙を突いたのが、無所属のマイケル・ブルームバーグ前NY市長。ポーランド系ユダヤ人移民の息子で、ジョンズホプキンズ卒業後ハーバードでMBAというエリートで大富豪だから、言うことはカッコいい。

『フィナンシャル・タイムズ』紙のインタビューに答え、「(候補者たちの)議論のレベルは陳腐で有権者を侮辱している。候補者たちがなにを言うか、有権者たちがどう行動するかを注視している」と述べ、さらに「来月上旬には立候補について決断する必要がある」と言った。

それにしても、今回の有力とされる候補者は、クルーズ氏とルビオ氏を除いては、みな60歳以上の高齢者だ。

しかも、演説を聞いていると、「帝国主義者」と思えるほど、時代錯誤だ。はたして、このまま「アメコミ劇場」は続くのだろうか?

アメリカは常に「若い国」「希望のある国」でなければならないはずだが、そうはなりそうもないので、真面目に見ていると眩暈がしてくる。そう言えば、オバマ大統領も、選挙戦中に「スパイダーマンとバットマンは大好き」と言い、その後『スパイダーマン』の漫画に本当に登場した。

■ほとんど誰も新聞を読んでいないという「現実」

いったい、なぜ、こんなことになったのか?

面白い調査結果があるので、最後に紹介しておきたい。

ピューリサーチセンターが1月18日~27日に3760人の成人(18歳以上)を対象に実施した「大統領選の情報をどのメディアから収集したか」という調査では、新聞の地位が完全に低下してしまったことだ。

調査対象者が「もっとも役立つニュースソース」としたのは、FOX、CNN、MSNBCなどのネットワークが入ったケーブルテレビ(24%)。続くのがソーシャアルメディア(14%)、ローカルテレビ(14%)、ニュースウェブサイト・アプリ(13%)----で、地方紙(3%)、全国紙(2%)と、新聞は大きく離されてしまった。とくにひどいのは若年層で、新聞はほとんど無視状態。50歳以上の高齢者の間でも10%前後と優先度は落ちている。

かつては新聞中心に世論が形成されたが、ネット時代のいまは、ただ「ウケがいい」だけで世論は動くのかもしれない。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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