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“カッコイイ永遠のお坊ちゃま”加瀬邦彦さんを悼む

山田美保子放送作家・コラムニスト・マーケティングアドバイザー

加瀬邦彦さんが亡くなった。享年74。スポーツ紙などの報道によると、自殺…とのことである。

60年代、若い女性たちを虜(とりこ)にしていたGS(グループサウンズ)ブーム。彼らのステージに熱狂するあまり、“失神”する女性ファンを有するグループがあった一方で、「ザ・ワイルドワンズ」(以下、ワンズ)は、唯一、“お坊ちゃま”的な雰囲気で女性たちに人気があった。

そのワンズのリーダーだったのが加瀬邦彦さん。グループは一時期、「加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズ」と称していた時もあったので、その名前は多くの人の記憶に残っていることだろう。

元祖・“夏の代名詞”だった

慶応高校時代、慶応大学に在学していた加山雄三に憧れ、ギターを習ったのをきっかけに音楽の道へと進んだ加瀬さん。まずは、田辺昭知さん(現・田辺エージェンシー社長)率いる「ザ・スパイダース」に加入し、その後は、“日本のベンチャーズ”と言われた「寺内たけしとブルージーンズ」に参加。その後、ワンズを結成したのである。

他のGSは長髪のメンバーが大半だったが、ワンズはみな短髪。衣裳もミリタリールックが主だった他グループとは異なり、カーディガンやクルーネックのセーターが似合うようなワンズの中で、つねに笑顔でギターを弾いていたのが加瀬さんだった。

ワンズは最初4人だったのだが、『バラの恋人』という曲で、最年少で甘いルックスが人気だった渡辺茂樹さん(2014年3月没。享年63)が加入。ワンズはいきなりアイドルグループのようになった。

その後、GSブームは終焉(しゅうえん)を迎え、他のGSがそうであったように、ワンズも解散してしまう。

その後、ワンズは、渡辺さんを除く4人で再結成し、「サザンオールスターズ」や「TUBE」よりも先に「夏はワイルドワンズ」と“夏の代名詞”になっていったのである。それは夏になると、どこからか必ず聞こえてきた『想い出の渚』のせいだったと思う。ちなみに、同曲は、「ぎんざNOW」(TBS系)の“素人コメディアン道場”が生んだコミックグループ「ハンダース」が、『ハンダースの想い出の渚』というモノマネを織り交ぜたカバー曲を歌ったことで、さらにスタンダード・ナンバーとして歌謡界にその名を残した。

衝撃が走っているはず…

再結成後、夏をメインにライブを行っていたワンズが近年、一般週刊誌で度々話題になったのは、メンバー全員がガンを患っていて、「ワイルドガンズ」と呼ばれている…という話だった。しかし、メンバーで励まし合いながら病気と闘い、音楽活動を続けていた。今年も夏になれば、彼らの『想い出の渚』が生で聴けるものだと思っていたので、加瀬さんの訃報には言葉を失った。

ワンズのメンバーはもちろん、「ザ・スパイダース」や「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」、昨年、東京ドームでオリジナルメンバーによるコンサートを行った「ザ・タイガース」など、GS仲間には衝撃が走っていることだろう。

多くのヒット曲を作曲

GS、自殺…ということでは、2000年に亡くなった井上大輔さん(享年58)のことが思い出される。件の「ブルーコメッツ」で、当時、井上忠夫の名前で、ボーカルやサックスを担当していたのが、ダイちゃんこと井上さん。

そして、井上さんと加瀬さんの共通点は、自身がミュージシャンとして活躍するだけでなく、70、80年代の日本歌謡界に数々の名曲を残したことである。

井上さんはシブがき隊やラッツ&スターのヒット曲の大半を、加瀬さんは訃報を記したスポーツ紙が全紙書いていたように、沢田研二最大のヒット曲『危険なふたり』や『TOKIO』を作曲している。

実は井上さんも、沢田の『きめてやる今夜』や『どん底』を作曲しているのである。

60年代、華々しくデビューし、70、80年代の歌謡界を支えてきた、元GSのスターが自殺とは……、同年代の音楽関係者やファンはどれだけ衝撃を受けていることだろうか。

夢を見ているような瞬間

子供の頃、自分の子供部屋の雨戸を開けると見えたのが、ワンズが所属していた渡辺プロダクション(当時)のレッスン場兼楽器置き場だった。

ある朝、雨戸を開けると、そこに立っていたのがワンズのドラム担当、植田芳暁さんと加瀬さんだった。私は当時からワンズ派だったので夢を見ているような瞬間だった。

彼らが再結成した際、ラジオ番組でインタビューをさせていただき、加瀬さんにその時の想い出を話したら、「へ~、そうなんだ~」と、これまで私が見た中でいちばんの笑顔でリアクションしてくださった。

メンバー想いで、後輩想いで、音楽をこよなく愛したカッコイイ永遠のお坊ちゃま、加瀬邦彦さん。葬儀・告別式、喪主などは未定だというが、井上大輔さんの時がそうだったように、きっとGS仲間が手を挙げて、お別れの会やライブなどが執り行われることと思う。

加瀬さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。合掌。

放送作家・コラムニスト・マーケティングアドバイザー

1957年、東京生まれ。初等部から16年間、青山学院に学ぶ。青山学院大学文学部日本文学科卒業後、TBSラジオ954キャスタードライバー、リポーターを経て、放送作家・コラムニストになる。日本テレビ系「踊る!さんま御殿!!」、フジテレビ系「ノンストップ!」などの構成のほか、「女性セブン」「サンデー毎日」「デイリースポーツ」「日経MJ」「sippo」「25ans」などでコラムを連載。「アップ!」(名古屋テレビ)などに、コメンテーターとしてレギュラー出演している。

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