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【インタビュー/前編】ジンジャー・ワイルドハートが語る“ロックと鬱”

山崎智之音楽ライター
Ginger Wildheart by Naoki Tamura

2016年4月、ジンジャー・ワイルドハートの来日公演は、彼の完全復活宣言だった。

前回、2015年11月にワイルドハーツとして名盤『P.H.U.Q.』20周年記念ツアーを日本で行ったジンジャー。サポート・バンドのヘイ!ヘロー!でもステージに立ち、ダブルヘッダー・ライヴを敢行している。

全力投球のステージ・パフォーマンスは素晴らしいものだったが、その直後に行われた筆者(山崎)とのインタビューでの彼の表情は厳しかった。

ヘイ!ヘロー!のメンバー全員が参加して行われたその日のインタビュー。『P.H.U.Q.』20周年ということで、ワイルドハーツに関する質問が続いた。するとジンジャーから「他のメンバーを無視するな」とキツいお達しがあり、全メンバーに満遍なく質問することになった。

その時点でヘイ!ヘロー!としてのニュー・アルバムは「This Ain’t Love」「Automatic Love」の2曲しかなく、何を訊けばいいの?状態だったが、メンバーのAi、Toshi、ホリス、レヴは懇切丁寧に新作の方向性について語ってくれた。ジンジャーも終始ピリピリした雰囲気を放ちながらも、バンドについては語ってくれた。

そのとき筆者は戸惑いはしたものの、ジンジャーのメンバーに対する誠意には納得させられた。また、彼の何かに苛立っているようなムードは、1990年代のワイルドハーツを思い起こさせて、当時からのファンとしてはドキドキしてしまうものだった。

この取材の後にラジオに生出演しながら「俺、しゃべらないから!」とダンマリを通して他のメンバーにしゃべらせたのも、ヘイ!ヘロー!がひとつのバンドであることをアピールする意図があったのだろう(関係者は困っただろうが)。

それはまた筆者にもスジを通したことにもなる。「バンドに満遍なく話を聞け」と言っておきながら、ラジオでは手のひらを返してジンジャー一人でしゃべりまくったら、筆者は彼に失望していただろう。彼のラジオでの“事件”は奇行ではなく、誠意の表れだったのだ。

多くの関係者はジンジャーが普段と違うことを察知していた。そんな異変が噴出したのが、帰国間もない2015年11月29日のことだった。

ジンジャーは自らのツイッター・アカウントでこうつぶやいている。

「ISILが撃ってきたら最初の銃弾を受けていいかい?ここからずらかりたいんだ」

心配したファンが「山とか海に行って発散した方がいいよ!」と進言すると、「そういうのは鬱病と合わないんだ」とレス。12月にロンドンで予定されていたバースデイ・ライヴについても「入院するから今年はナシ」と声明を出し、同月に予定されていたヘイ!ヘロー!としてのツアーも延期になってしまった。

2016年に入ってネット上での発言も元気を取り戻し、いよいよ復活だ!とファンを喜ばせたジンジャーだが3月、今度はヘイ!ヘロー!のシンガーだったホリスが脱退してしまう。アルバム『Hey! Hello! Too!』は発売延期、4月のツアーも中止となってしまった。

この事件がジンジャーにとって精神的打撃だったことは想像に難くなく、ファンは病気の再発を心配したが、4月上旬のジャパン・ツアーは無事行われることに。そして彼は最高のライヴ・パフォーマンスによって、我々を安心させ、それ以上に興奮させてくれたのだった。

前置きが長くなったが、2016年4月の来日時に行われたインタビューでもジンジャーは元気いっぱいのトークを披露、我々の心配を吹き飛ばしてくれた。前後編となるインタビュー記事の前編で、彼は自らの鬱病体験を真っ正面から語ってくれた。

Ginger Wildheart by Naoki Tamura
Ginger Wildheart by Naoki Tamura

鬱病は優しい人がなる残酷な病気

●自分が鬱病であると自覚したのはいつのことですか?

子供の頃から、変な気分になることがあった。思えばあれが最初の症状だったと思う。初めて病院で鬱病だと診断されたのは12年ぐらい前かな。それ以来、病気と付き合いながら生きてきた。今回は日本に行く前から“来る”前兆があった。それでロンドンに戻ってからすぐ、去年の12月に入院して、退院して、薬物投与を受けることになった。

●あなたのように知名度のあるロック・ミュージシャンが鬱病であることをオープンに語ることに躊躇はありませんでしたか?

治療を受けるうちに、鬱とは何か、脳にどのように作用するか、説明してもらったんだ。それでこの病気について理解できるようになった。鬱病は不名誉なことではないし、鬱病について話すことは恥ずかしくない。むしろ言葉を濁さず、積極的に話すべきなんだ。鬱病というのは、自分より他人のことを思いやる人がかかりやすいんだ。優しく親切な人が真っ先になる、残酷な病気なんだよ。

●今日でも鬱病について話すのはタブー視されがちですね。

うん、俳優のロビン・ウィリアムスは自分の命を絶った。俺の友人も鬱病であることを周囲に隠して、結果として自殺したんだ。それに先週から今週にかけて、ワイルドハーツのファン2人が自殺している。どれも本当に悲しい出来事だよ。俺はあえて公に話すことで、偏見をぬぐい去りたいんだ。

●あなたの場合、治療はどのようなものでしたか?

ベンラファキシン(Venlafaxine)を投薬された。イフェクサー(Effexor)としても知られている薬だよ。スーパーヒーローみたいな名前だな(笑)。だいたい48時間で効果が現れるんだ。最初の24時間はかなり酷い気分だ。新しいケミカルを身体が受け入れるのに時間がかかるからね。別に多幸感やハイパーな気分にはならない。“普通”になるんだ。俺の知る人はみんな効果が出ている。

●ベンラファキシンは最近の治療薬でしょうか?

決して新しい治療薬ではないけど、鬱の一般的な治療に使われるようになったのは比較的最近だ。イギリスにはナショナル・ヘルス・サービス(NHS)という無料の健康保障制度があるけど、これまでは特別な事例だけ処方されていたんだ。NHSが処方する薬は安価なもので、動作や思考をスローにしてしまう。そういう大事なことを知るのは、実際に入院してからなんだ。

●医師とのカウンセリングなどは行いましたか?

うん、カウンセリングもしたけど、医者の先生は比較的すぐに薬で治療する方針を決めてくれた。鬱病はストレスが原因のことが多いけど、心の病気ではなく、肉体的な病気なんだ。脳の神経伝達物質の間のメッセージが正しく伝達されていないことで適量のセロトニンやドーパミンが分泌されず、バランスが崩れることで、不安や絶望感が生じるんだよ。薬によって、それを治療することが出来る。風邪をひいたら薬を飲むし、喘息を患ったら吸入器を使うだろ?鬱病の場合も同じだ。薬で治すことが可能なんだ。

●今回、鬱病が落ち着いたのはいつ頃ですか?

鬱の状態だと、悲しみすら感じることが出来ないんだ。何も出来ない。自分が治ったのを感じたのは、今年(2016年)1月のことだった。去年の年末に亡くなったモーターヘッドのレミーの葬式に参列した翌日、デヴィッド・ボウイが亡くなったんだ(1月10日)。彼らが自分の人生においてどんな役割を果たしたかを実感して、大きな喪失感があって、すごく悲しかった。そのことで、自分が“普通”になったことを実感したんだ。治癒するということは、現実に直面するということでもあるんだ。

Ginger Wildheart by Naoki Tamura
Ginger Wildheart by Naoki Tamura

世界に絶望しかけたら日本に行けばいい

●“無敵のロック・スター”と“鬱病”というと、対極のイメージがありますね。

それはあくまでイメージであって、業種によって鬱病になりにくいわけではない。ロック・スターはストレスの多い業種だし、むしろなりやすいんじゃないかな。だからこそ、鬱について隠さずにオープンにするべきなんだ。俺が子供の頃、多くの人がゲイであることを隠していた。でも今では、別にどうってことがない。ロック・スター達がゲイであるとカミングアウトしたことは、偏見をなくすことに役に立ったと思うんだ。それと同じで、鬱についても隠さずに、特に有名人が積極的に話すべきなんだよ。ヘンリー・ロリンズやジーン・シモンズみたいに、鬱について何も判っちゃいないくせに語る連中もいるけどな。彼らはマッチョな自分を誇示したいだけなんだ。

●ロックンロールの歴史は彼らやエルヴィス・プレスリーのようなステレオタイプなロック・スター像によって形作られてきましたが、あなたの姿勢はそれとは異なる、新しいロック・スター像かも知れませんね。

うん、そうだな。彼らみたいな、ミッキーマウスやスーパーマンみたいなロック・スターは見ていて楽しいし、需要があると思う。俺はBABYMETALが好きだし、彼女たちのCDを買ったばかりだよ。でも現代の音楽には、より正直でシリアスな表現があっても良いと思う。トイレなんかに行かないアイドルがいる一方で、人間らしい感情や弱みを歌うミュージシャンもいるべきなんだ。どちらのタイプにも居場所があるし、みんなが好きな音楽を聴けばいいんだ。どんな音楽を聴くべきか 、俺には指図する権利はない。アメリカにはドナルド・トランプを支持している国民が何百万人もいる。彼らには選択の自由があるし、俺がつべこべ言っても仕方ないさ。

●1990年代以降のロック・スターは、ヘンリー・ロリンズのような筋肉マッチョ志向と、その対極にあるカート・コベインのような繊細で自己破壊願望のある2タイプに二分化されましたが、『イヤー・オブ・ザ・ファンクラブ』では「オンリー・ヘンリー・ロリンズ・キャン・セイヴ・アス・ナウ」と、カートの奥方コートニー・ラヴと共演した「オナー」と、両タイプのロック・スター像が網羅されていますね。

『イヤー・オブ・ザ・ファンクラブ』は2015年の俺が感じたことを切り取った曲のコレクションだから、彼らの存在を避けることが出来ないんだ。1990年代以降のロックにおいて、カートは重要な位置を占めてきたと思う。彼は何をやっても間違いがなかった。唯一の間違いは、自殺したことだ。凄い才能を散らしてしまったのは残念だし、赤ちゃんを残して死んだことは良くない。Tシャツにして崇めるような行為ではないよ。多くの人にとって、カートの死はエンタテインメントでしかない。みんな死という現実を見据えようとしないんだよ。

●カート・コベイン、あるいはマニック・ストリート・プリーチャーズのリッチー・エドワーズとは面識はありましたか?

カートとは会ったことがなかった。マニックスとは一緒にツアーをしたことがあるよ。ワイルドハーツの2回目のツアーだったかな?その頃からリッチーはどこか上の空だった。ジェイムズ・ブラッドフィールドに「彼は大丈夫?話をした方がいいんじゃない?」と訊いたほどだ。ジェイムズは“ロック・スター”の俺がリッチーのことを心配するのが意外だったみたいだけどね(笑)。彼は鬱病とかではなかったけど、社会に対する疎外感を持っているようだった。賢い人間というのは、この世界の醜悪さに気付いてしまうんだ。そしてリッチーは賢い人間だった。彼がどこかで元気に生きていることを願っているよ。もしこの世界に絶望しかけたら、日本に来ればいいんだ。この星にもまだ良い場所があることに気がつくからね。これはおせじではないよ。本気でそう思っているんだ。

●あなたはワイルドハーツで『Tokyo Suits Me』(=東京は俺にピッタリ)というアルバムを出すほどの親日家として知られていますが、どんなところが気に入っていますか?

ひとつひとつ挙げていったらキリがないけど、日本のファンに毎回驚かされるのは、音楽に対する愛情と熱意だよ。みんな曲を真剣に聴いているし、歌詞も覚えて一緒に歌ってくれる。これまで俺は500曲以上を書いてきたのに、どの曲をプレイしてもみんな知っているんだ!イギリスだって珍しい曲をプレイすると「…何?」ってなるのにね。俺は自分のライヴに来てくれるファンは、“考える”タイプの音楽リスナーだと考えている。男たちは暴れるために俺のショーに来るわけじゃないし、女の子も俺のルックスが目当てではない。日本のファンは俺の音楽に敬意を持ってくれるんだ。

●いつでも日本に来て下さい。少しでも癒やしになることが出来たら光栄です。

うん、実際にそうしてるよ(笑)。辛いときはいつも日本に行くようにしている。日本にはけっこう頻繁に来ているけど、いつ来ても最高だ。今回は春のシーズンに来ることが出来て嬉しかった。ただ信じて欲しいのは、俺は絶対に自分の命を絶つことはしない。3人の子供がいるし、親として責任があるからね。もし俺が安易な逃げ道を選んだら、彼らだって「親父が自殺したんだから、俺も同じことをすればいいや」と考えてしまうかも知れない。そんなことは絶対に避けたいんだ。

●鬱病で苦しんでいる人にメッセージをお願いします。

鬱で悩み苦しんでいる人がいたら、俺はいつでもアドバイスするし、サポートする。メールをしてくれてもいいし、ライヴの後に声をかけてくれてもいい。俺と同じ問題を抱えている人と話して、自分の知っていること、経てきたことを伝えたいんだ。そうすることで彼らが治るための手伝いを少しでも出来たら嬉しいね。

後編ではジンジャー・トークが炸裂。レミー(モーターヘッド)の葬儀参列、コートニー・ラヴ、ホラー映画、ワイルドハーツの今後などについて語る。

Ginger Wildheart: Year Of The Fanclub
Ginger Wildheart: Year Of The Fanclub

ジンジャー・ワイルドハート

『イヤー・オブ・ザ・ファンクラブ』

Vinyl Junkie Recordings

VJR-3189

発売中

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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