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柏崎原発再稼働―日経・産経の事実誤認とお粗末な事後対応

楊井人文弁護士

日経と産経が社説で誤解に基づき泉田知事を批判

先月下旬、新潟県の泉田裕彦知事が東京電力柏崎刈羽原発の安全審査申請を「条件」付きで承認した。この泉田知事が求めた「条件」に対し、日本経済新聞と産経新聞が立て続けに社説で批判したが、いずれも「条件」の中身について事実誤認があった。だが、両紙の事後対応は読者に与えた誤解を払拭するには、あまりにお粗末なものだった。明確な訂正はせず、非常に目立たない形で県側のコメントを載せてお仕舞いにしたのである。

産経新聞2013年9月30日付「主張」
産経新聞2013年9月30日付「主張」

まずは、経緯を簡単に振り返っておきたい(詳細は【注意報】柏崎原発再稼働 社説で知事の「条件」を誤認も参照)。

9月26日、新潟県の泉田裕彦知事が柏崎刈羽原発に関する安全審査申請を「条件付きで承認した」と発表し、翌日、東電が原子力規制委員会に申請。これを受け、日経新聞が28日付社説で同原発の再稼働問題を取り上げた。「再稼働には、地元の理解と協力が大前提」とする一方で「泉田知事が東電に求めた申請の条件には、疑問が残る点がある」と指摘。「重大事故が起きたとき、放射性物質を外部に放出するフィルター付き排気(ベント)の実施に、県の事前了解が必要としたことだ。重大事故への対応は一刻を争うだけに、それで迅速かつ適切な初動ができるのか」と、泉田知事が付けた「条件」を批判した。

産経新聞も30日付社説「主張」で、「泉田氏は申請容認にあたり、原発事故時に放射性物質の放出を抑える『フィルター付き排気装置』を使用するさいには、事前に地元了解を取り付けることを条件にした」と指摘。その上で「この条件は、問題だ。一刻を争う緊急時の安全対策で、運用に法的根拠のない地元独自の煩雑な手続きを課すことになるからである。早急に見直さなければならない」と批判した。

主張:柏崎原発申請 再稼働へ迅速審査求める(MSN産経ニュース 2013/9/30 03:16。9月30日付朝刊2面に同記事)

いずれの社説も、「一刻を争う」事故での事前了解を求める不合理性を批判しているから、事故時にフィルター付きベントを実施する場合にも県の了解を得ることを泉田知事が求めた「条件」だと認識して、論じたとみられる。しかし、知事が求めたのは、フィルター付きベント設備の運用開始前に県の事前了解を得ることであった。「条件付き承認」を表明した文書は、発表当日に県のホームページにも公開されているが、事故発生時のベント実施に際して事前了解を求めるとはどこにも書かれていない。おそらく再稼働に積極的な論説委員諸氏が、再稼働に厳しい姿勢で臨んでいた泉田知事を批判しようとして、「条件」の中身を早とちりしたのではないか。

しかも、あろうことか産経の社説が掲載されたのは、新潟県が日経社説の間違いについてコメントを発表してから2日後だった。産経は昨年7月にも、自社の記事の誤りが判明した翌日、コラムで同じ誤りを繰り返し、「おわび」を掲載したことがある(【注意報】東京11区が陸自の庁舎立入り拒否は誤報参照)。報道機関としてあってはならない杜撰さである。

条件付き承認に伴う知事コメント(付:条件付き承認の文書)(新潟県 2013/9/26)

平成25年9月28日付 日本経済新聞2面社説について(新潟県 2013/9/28)

平成25年9月30日付け 産経新聞2面「主張」について(新潟県 2013/9/30)

新潟県の「修正」要求に対する両紙のお粗末な対応

産経新聞2013年10月1日付朝刊24面
産経新聞2013年10月1日付朝刊24面

では、両紙のその後の対応はどうだったか。通常、主要紙は訂正記事や事実上修正する続報を、間違いのあった記事と同種の紙面に載せる慣例となっている。社会面なら社会面、経済面なら経済面、という具合に。

産経は、社説掲載翌日の10月1日付朝刊で、事実誤認を指摘した新潟県のコメントを掲載した。だが、社説が掲載される2面ではなく、社会面(24面)のベタ記事だった。しかも、「事故時の了解求めたのではない」という、一体なんの記事なのか見当がつかないような見出しをつけ、産経の社説に対するコメントであることにも言及はなかった。いまも、社説はニュースサイト上では何ら訂正もなく、公開されたままだ。

日本経済新聞2013年10月4日付朝刊5面
日本経済新聞2013年10月4日付朝刊5面

日経はどうだったか。社説掲載から1週間後の10月4日付朝刊に、泉田知事のインタビュー記事を掲載していた。これも掲載されたのは、社説と同じ2面ではなく、経済面の5面の中段あたり。囲み記事でメインの見出しは「泉田・新潟知事 再稼働なお慎重」で、サブの見出しは「排気装置『運用、了解後に』」だった。やはり自社の社説への言及は全くなかった。記事の最後の方で「事故が起きた時の個別の対応に、県の事前了解を得るよう求めたものではない。装置の運用開始前に避難計画と整合性を取るよう求めたものだ」という泉田知事のコメントを載せることで「修正」したつもりなのだろう。だが、単独インタビューにしては小さく、反論の扱いも中途半端。この記事を一見して、1週間前の社説を「修正」した記事だったと気付いた読者はほとんどいないのではないか。

実は、訂正記事を載せる代わりに、訂正を求めたり反論している当事者のインタビューを載せる手法は、メディアが時々用いる手法である。最近では、産経新聞がこの手法を使ったことがある(→【注意報】内閣人事局構想「縮小」 担当相インタビューで訂正か参照)。隅っこに目立たなく掲載される訂正記事とは異なり、ある程度のスペースを割いて当事者に反論の機会を与えるものであるから、これはこれで一つの注目すべき手法ではある。ただ、外形上単なるインタビュー記事のように装うのはいただけない。せっかく載せるなら、特定の報道への反論であることが読者に分かるようにすべきだろう。

日経の4日付インタビュー記事も、この手法を使ったことはほぼ間違いない。記事には、泉田知事が「日本経済新聞記者と会い」と書かれている。普通の取材なら「●●新聞の取材に応じ」と表記される。この微妙な違いから通常の取材でないと読者が気付くだろうか。

インタビューの詳細は電子版にのみ掲載された。それによると、インタビューは久保田啓介・編集委員(筆者注:本来、社説の責任を負うのは論説委員)と大久保潤・新潟支局長によって行われ、最初に問題の社説に反論する機会を提供するための質問が用意されていた。だが、先ほど見たように知事の反論部分は見出しやリードには取らず、記事の最後に押しやられていた。以下、冒頭の質問と回答のみ引用しておく。

――東電が柏崎刈羽原発の安全審査を原子力規制委員会に申請した際、新潟県は重大事故の発生時に使うフィルター付きベント(排気)装置の使用をめぐり条件を付けました。その条件を詳しく説明してください。

「あくまで設備の運用開始前に自治体の了解を取ってほしいということだ。事故が発生した直後、緊急時のベントについて自治体の了解が必要であると求めたわけではない。福島第1原発の事故は1号機の爆発が全電源喪失から短い時間で起きてしまったことにある。事故直後の早い段階でベントして低圧注水できていれば、本当に24時間で爆発したのか、という問題意識を持っている。住民の避難について確認が取れないなかで、早い段階でベントの決断をしていなければならなかったかもしれない。ベントを難しくした側面が何かという点を検証しなければならない」

「(柏崎刈羽原発で東電がベントすると)県の試算では住民が被曝(ひばく)する可能性があり、被曝量は安全基準を超える。住民の安全・健康を守るという観点で、避難計画との整合性を取る前に運用開始しないでくれという条件を東電に付けた」

このインタビューの詳細な一問一答は紙面に載せず、読者が圧倒的に少なく、いずれは閲覧できなくなる有料の電子版記事にしか掲載されていない。これを社説の隣あたりに堂々と掲載していれば読者の信頼度と好感度はもっと向上するであろうのに、もったいないことをしたものだと思う。

ちなみに、新潟県の修正要請に対する見解と対応の有無、その理由の3点について、日経、産経両社に質問を送ったが、日経からは「回答することはありません」の一言のみ、産経も「個別の記事や取材に関することについてはお答えできません」(ママ)だった。

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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