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池上彰氏「省略」の問題指摘 毎日新聞「先制攻撃」ミスリードで第三者機関が審査

楊井人文弁護士
毎日新聞社の第三者機関「開かれた新聞」委員会を紹介した本
毎日新聞2015年8月31日付朝刊オピニオン面
毎日新聞2015年8月31日付朝刊オピニオン面

【GoHooトピックス8月31日】毎日新聞は8月31日、安全保障関連法案に関する国会審議で安倍晋三首相が集団的自衛権の行使要件について述べた発言を報じた記事が「先制攻撃」を容認したかのような誤解を与えていた問題で、「丁寧な報道に努めます」と題する記事を朝刊オピニオン面に掲載し、「開かれた新聞」委員会の有識者委員の見解などを公表した。日本報道検証機構が、問題の記事は答弁の前提が省略されていたため、「先制攻撃」を容認したかのような誤解を与えていると指摘し、同委員会に審査を依頼していた。ジャーナリストの池上彰委員は「省略部分が読者の誤読を招いたのではないか」とミスリードの原因が「省略」にあったとの考えを示した。訂正はされなかったが、ニュースサイトの記事は同日までに削除され、毎日新聞幹部もツイッター上で同様の誤解を招く投稿をしていたことを陳謝した(関連=「先制攻撃」容認とミスリードした毎日新聞の「欠陥」記事)。

問題となったのは、7月28日、毎日新聞のニュースサイトやYahoo!ニュースに「集団的自衛権:攻撃意思表明なしで行使可能 首相見解」と題して掲載された記事。29日付朝刊1面にも同様の見出しで掲載された。

毎日新聞ニュースサイト2015年7月28日掲載(8月31日までに削除。Yahoo!ニュースに配信された記事も削除されていた)
毎日新聞ニュースサイト2015年7月28日掲載(8月31日までに削除。Yahoo!ニュースに配信された記事も削除されていた)

サイトの記事はツイッターなどSNS上で大きな反響があり、著名な作家らも記事を引用して「先制攻撃していいと言い出している」「これって要は『先制攻撃もアリ』ってことですよね」「先制攻撃できる国になる」などと相次いで反応し、同様の誤解が拡散していた。当機構は毎日新聞の広報担当に記事の問題点を指摘して質問したものの、全く反応がなかった。そこで、8月4日、「開かれた新聞」委員会に審査を求める書面を提出、各委員の見解を尋ねていた。

池上彰氏「省略が誤読招いたのでは」と指摘

当機構は、問題の記事をGoHooの定義に照らして「誤報」とは認定しなかった。しかし、「密接な関係にある他国に対する武力攻撃の発生」を前提にした答弁なのにその要件への言及が省略されていた上、「日本への攻撃意思表明なし」と書くべきところ単に「攻撃意思表明なし」と表現していたため、多くの読者に「先制攻撃」を容認したとの誤解を与えていたと指摘。適切で正確な報道と考えるか質問した。これに対し、毎日新聞は31日付記事で、「密接な関係にある他国に対する武力攻撃の発生」という新3要件を前提に首相答弁を書き出したと釈明したが、「『日本への』を省略しなければ、より分かりやすい記事になりました」とも記し、「攻撃意思表明なし」との表現については不備を事実上認めた。

毎日新聞2015年7月29日付朝刊1面
毎日新聞2015年7月29日付朝刊1面

池上委員は「記者が事情を詳しく知っているがゆえ、省略部分が読者の誤読を招いたのではないか」と指摘し、「省略」に問題があったとの認識を示した。ノンフィクション作家の吉永みち子委員は「丁寧さを欠いた部分はあっても、不正確とまでは言えない」との意見だったという。「私たちが適切な報道だと考えていても、読者に十分に届かない場合があることを改めて知りました。今後も丁寧な報道に努めます」との末次省三政治部長のコメントも掲載された。

当機構は同紙6月1日付朝刊1面でも、安倍首相の全く同趣旨の答弁を報じていたことを指摘、「今回、毎日新聞が再び、朝刊1面でニュースにしたが、どこに新規性があると判断したのか不明」と疑問を投げかけた。これに対して、毎日新聞は「これまでも、安倍首相の同趣旨の答弁を報じていますが、論点が多岐にわたる安保関連法案について一度に報じるのは難しいため、その時々にニュース判断して報道しています」と説明したが、ニュース判断の理由は示されなかった。

毎日新聞幹部は「誤解招くツイート」削除

小川一取締役は「先制攻撃」と誤解を与えたツイートを陳謝し、削除した
小川一取締役は「先制攻撃」と誤解を与えたツイートを陳謝し、削除した

また、当機構は、毎日新聞の社会部長、編集編成局長を歴任した小川一取締役が、ツイッターでこの記事を引用しつつ、「これでは『先制攻撃』が認められることにならないか。安倍首相は相手国が攻撃の意思を表明していない段階でも行使は可能との見解を示した」と投稿していた問題も指摘した。この点について毎日新聞側は言及しなかったが、小川氏は31日朝、「私も『これでは『先制攻撃』が認められることにならないか』と誤解を招くツイートをしました。そのことをおわびし、このツイートを削除します。申し訳ありませんでした」とツイッター上に投稿し、7月28日の投稿を削除した。

このほか、「当機構の指摘に対し毎日新聞社が回答もせず、本記事に関する事後対応をとらなかったこと」について各委員の見解を求めていたが、それについては言及がなかった。

当機構は「開かれた新聞」委員会に、質問に対する回答をファックスまたは紙面上で明らかにするよう求めていた。現在選任されている4名の外部委員のうち、荻上チキ委員(評論家)=今年1月就任=と鈴木秀美委員(慶応大教授)の見解は明らかにされなかった。

毎日新聞は2000年10月、全国紙で初めて人権侵害などの苦情を審査、提言する第三者機関として「開かれた新聞」委員会を設置。現在、1、2ヶ月に1回程度の割合で委員会の議論が紙面とニュースサイトで紹介されている(参照=毎日新聞「開かれた新聞」委員会のページ)。

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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