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「台湾人に中国法適用」報道は誤り〈解説:法務省の見解とは〉【追記あり】

楊井人文弁護士
日本、中華人民共和国、中華民国のパスポート

毎日新聞は9月13日付夕刊1面で「蓮舫氏『台湾籍残っていた』代表選継続 説明食い違い、謝罪」と見出しをつけた記事を掲載した。この中で、「日本政府は台湾を国として承認しておらず、台湾籍の人には中国の法律が適用されるとの見解を示している」と記していたが、16日付朝刊でこの記述は「誤りでした」とする事実上の訂正記事を掲載した。

朝日新聞も、8日付朝刊「政治家と国籍 論点は 蓮舫氏『念のため』台湾籍放棄」で同様の誤った解説をしていた。しかし、訂正という形ではなく、16日付朝刊で法務省が「台湾出身者に中国の法律を適用していない」との見解を発表したことを伝えた。

東京(中日)新聞も8日付朝刊の「Q&A」や9日付朝刊特報面の解説記事で同じように誤った説明していたが、訂正していない。日本報道検証機構が朝日、毎日、東京の各新聞社に質問を出していた。このほか、共同通信、時事通信も同様の誤報をしていたが、法務省が一連の報道を否定する見解を示したことを続報している。

一連の報道については、法務省民事局第一課が14日、「我が国の国籍事務において、台湾出身の方に、中華人民共和国の法律を適用してはおりません。」(文言は全文ママ)との見解をメディア向けに発表していた。

【解説】そもそも外国の国籍法を「適用する権限」はない、という見解〈追記あり〉

日本政府は、国際私法上も国籍事務処理上も、台湾出身者に中華人民共和国の法律を適用する、との立場はとっていない。一連の報道は、台湾出身者が日本国籍を取得した時点で中国の国籍法の規定により台湾籍が自動的に喪失する(というのが日本政府の立場である)との誤解を与えるもので、誤報であると言わざるを得ない。

しかし、毎日新聞だけ「誤り」と認めたものの、きちんとした「訂正」記事を出したメディアは一つもなかった。「取材時の法務省側の説明に問題があった」という認識で訂正しなかったのだとすれば、疑問である。読売、産経、日経の記者も同様に取材したと思われるが、「台湾出身者に中国法が適用される」などという誤報はしていない。仮に法務省側の説明に問題があったとしても、きちんと取材、調査すれば、そうした誤報は起きなかったはずである。しかも、一連の誤報は、蓮舫議員や民進党関係者、代表選の投票権者の認識に影響を与えた可能性がある。誤報をした各社は、取材対象者に責任転嫁することなく、「防げた誤報」の経緯を検証すべきではないか。

とはいえ、中国と台湾がからむ国籍の問題はたしかに複雑であるので、より正確な理解のために少し解説しておきたい。

まず、日本政府は、台湾出身者の私法上の法律関係(こうした外国人の法律関係の分野を「国際私法」という)については、台湾で実効性のある法律(「中華民国法」、いわゆる「台湾法」)を適用するとの立場をとっており、裁判実務上の扱いも確立している。2006年6月14日、杉浦正健法務相が衆議院法務委員会でその旨答弁し、2000年4月24日にも森脇勝法務省民事局長が同委員会で同様の見解を示し、台湾法適用の余地を認めた最高裁判決の事例を紹介していた。「台湾籍の人に中華人民共和国の法律が適用される」という記述は、国際私法に関する過去の政府見解や実務に照らして明らかな誤りである。

ただ、国籍法については、国際私法とは異なり「公法」的性格もあるため、上記政府見解が当然に当てはまるわけではない。国籍事務上、中国大陸出身者も台湾出身者も、表示上「中国」籍と扱われているが、それが台湾出身者にも中華人民共和国法が及ぶという立場を意味するわけでは、当然ない。

そこで、法務省がメディア向けに示した「我が国の国籍事務において、台湾出身者の方に、中華人民共和国の法律を適用してはおりません」との見解が問題となる。これは、中華人民共和国法の効力が台湾出身者にも及ぶかどうかや、台湾出身者にどの国籍法が適用されるのかに関する日本政府の見解を示したものではない。この見解の意味について、同省民事局第一課の担当者は、当機構の取材に対し、これは台湾出身者に限った見解ではなく、日本政府はいかなる外国の国籍法も「適用する権限・立場」にないという、ごく当たり前の原則を確認したものにすぎない、と説明した。つまり、法務省の見解は、大陸出身者について中華人民共和国国籍法を適用する権限がないことも含意しているわけである。外国の国籍法を解釈・適用し、外国の国籍の得喪を決定できるのは、あくまでその外国政府だけであって日本政府はではない、という立場を説明したにすぎないというのである。(*1)

他方、日本の国籍法は、国籍唯一の原則をとり、重国籍を解消させ、あるいは防止する法政策を採用している(ただし、日本の法体系上、重国籍状態をただちに「違法」と評価しているわけではなく、重国籍者を前提にした法規定も存在する。法の適用に関する通則法38条1項但書参照)。そこで「国籍の喪失」を「外国国籍法の適用」によって判断できないにしても、何らかの形で判断することは必要となる(国籍の喪失は戸籍記載事項。戸籍法施行規則35条)。

日本の国籍実務はどうなっているか。帰化申請などに詳しい複数の行政書士などによれば、国籍事務を取り扱う法務局は、「中華人民共和国」国籍を持つ人が日本に帰化する場合には中華人民共和国政府が発行する「国籍証書」(外国籍取得時に中国籍が自動喪失することを証した書面)の提出を、「中華民国」国籍を持つ人が日本に帰化する場合には中華民国政府・内政部が発行する「国籍喪失許可証書」の提出を求めている。あくまで、日本政府は、実態を踏まえて、しかるべき外国政府の部署が作成した「文書」に基づいて外国国籍の得喪を判断しているのであって、中華人民共和国国籍法や中華民国国籍法を解釈・適用して判断しているわけではない。

日本政府が正式に承認していない「中華民国」国籍の取り扱いは、複雑である。上記のように「台湾人の日本への帰化」の場合は、「国籍喪失許可証書」の提出を求め、未承認の「中華民国」国籍も「外国国籍」の一種と認識して「重国籍状態」を認めない運用をしているようである。しかし、「日本人の台湾への帰化」の場合は、日本政府は未承認の「中華民国」国籍に帰化しても無国籍になるとの立場を前提に、日本国籍の離脱を認めていない。つまり、日本政府は、「未承認国籍と日本国籍の併存」状態を事実上容認しており、少なくとも国籍法11条にいう「外国の国籍」は未承認国家・政府の国籍は含まないとの立場を採っていることになる。だとすると、国籍法の他の条項の同じ文言にも、同じ解釈論が当てはまるとみるのが自然かもしれない。

【追記】

金田勝年法務大臣は10月18日の閣議後定例会見で、「台湾出身の重国籍者については、法律の定める期限までに日本国籍の選択の宣言をし(国籍法第14条第1項)、従前の外国国籍の離脱に努めなければならない(国籍法第16条第1項)」「台湾当局から国籍喪失許可証の発行を受けることは、国籍法第16条第1項の外国国籍の離脱の努力に当たる」との見解を初めて示した。一方、金田法相は14日の定例会見では、台湾当局発行の国籍喪失許可証が添付された外国国籍喪失届は戸籍法第106条の外国国籍喪失届として受理しない運用をしていることも明らかにしていた。これを受け、蓮舫氏は15日、「国籍喪失許可証」が添付された外国国籍喪失届が受理されなかったことを受けて、戸籍法第104条の2による国籍選択届を出したと発表した。

台湾人が日本国籍を取得した場合における法務省の立場はこれまで明確でなかったが、「中華民国」国籍(表示上は「中国」籍)も「外国の国籍」の一種とみなして、国籍選択義務(国籍法14条1項)および外国籍離脱努力義務(法16条1項)が適用されるとの立場を公式に明確にしたとみられる。

(*1) なお、この政府見解は当然に司法機関に及ぶわけではない。裁判所では、外国の国籍法を「適用」して判断している事例もあり、極めて稀であるが「中華民国国籍法」を適用した例もみられる。

(*2) 金田勝年法相が重要な見解を示したので、解説に追記しました。(2016/10/18 18:15)

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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