「ダム底セシウム」報道に複数の誤り 毎日新聞、3度目の訂正は見送りへ

毎日新聞2016年9月25日付朝刊1面、3面

毎日新聞が先月下旬、福島第一原発周辺のダムの底に放射性セシウムがたまり続けていることを報じた記事で、同社がこれまで訂正した部分以外にも複数の誤りがあることが、日本報道検証機構の調査でわかった。毎日新聞社も当機構などの指摘を把握しているが、改めて訂正を行う考えは示さなかった(【既報あり】=ダム表層水のセシウム「1.63Bq/L」→「検出下限値未満」に訂正 毎日新聞、証拠・参考資料などの詳細版はGoHoo参照)。

問題があったのは、9月25日付朝刊1面トップ「ダム底 高濃度セシウム/福島第1周辺 10箇所8000ベクレル」と3面の「クローズアップ」「質問なるほドリ ベクレルって何?」。

1面には「国立環境研究所(茨城県つくば市)は近く、複数のダムで本格調査に乗り出す」、3面にも「ダムのセシウム総量調査に着手する国立環境研究所の林誠二・研究グループ長は…」という記述があった。しかし、林誠二さんによると、複数のダムの調査は5年前から続けていることで、これから調査を始めるものではないという。また、林さんらは、今年度から科学研究費助成を得て、ダム底のセシウムが溶け出す可能性を調べるための実験などに取り組むものの、「ダムのセシウム総量調査」を行う計画はないという。林さんは「(そのような調査は)予算的に不可能で、予定していないことを実施すると申し上げるわけがない」と困惑している。これについて、毎日新聞社(社長室広報担当)は、当機構に対し「(記事に書かれた)本格調査とは、今年度から科学研究費助成を得て、ダム底のセシウム総量やセシウムが水に溶け出す可能性に関する調査に着手することを指しています」と回答した。

また、3面「クローズアップ」には、「これまでの調査によると、微生物が活性化し、アンモニアが水中に増える夏場は、ダム低層の水のセシウムが表層の1.5倍になることが確認された。アンモニウムイオンがセシウムイオンより強く土に吸着するため、セシウムが溶け出している可能性があるという」と記されている。これについても、林さんは、毎日新聞の記述とは逆に、セシウムイオンの方がアンモニウムイオンより強く土に吸着する性質があるといい、土に吸着しているセシウムが水に溶け出すには、「高濃度のアンモニウムイオン」が必要で、通常の水環境では起きないと指摘。毎日新聞側にも、この記事の説明では誤解を与えると強く指摘していたという。林さんらが横川ダムを調査した結果は、夏場でも低層水のセシウム濃度は0.6Bq/L未満と極めて低いレベルにとどまっていた。毎日新聞の記事には「今のところ、人体に影響しないとされるレベルだが」との断り書きがあったが、具体的な数値は示されていなかった。これについて、同社は、当機構の問い合わせに「セシウムが溶け出すには高濃度のアンモニウムイオンが必要で、記事はそうした状況が夏場に起こる可能性を指摘したものです」と回答した。

林さんは、「ダムの底にセシウムがたまっていること自体はすでに知られていた事実で、最近の調査で明らかになったことではない」とも指摘。「ダムにたまっているセシウムを浚渫(しゅんせつ)、除染する場合、再汚染や経済的なリスクが圧倒的に大きいと考えられるので、現時点ではしない方がいい。ただ、何もしないでいいということではなく、研究的アプローチでダム底のセシウムを監視し、ダム決壊など万が一のリスクも検証する必要はある」とも語り、そうした考えは8月中旬ごろに取材にきた同紙記者にも伝えていたという。

この記事をめぐっては、掲載直後から複数箇所に疑問点が浮上し、10月4日付朝刊で、ダムの表層水から1~2Bq/Lのセシウムが検出されたかのような記載を「検出下限値未満」に訂正。その後、説明が不十分との批判を浴び、6日付朝刊で「検出下限値の意味を十分に理解しないまま同省(引用注:環境省)のデータを引用し、社内のチェックも不十分でした」などと釈明する記事を掲載。さらに、9日付朝刊で、ダム底のセシウムが「濃縮」しているとの表現や、解説記事の「年間摂取量の基準値は全年齢で100ベクレルと定められています」などの記述や図などにも誤りがあったとして、改めておわび記事を出した。

【解説】抜本的な訂正報道改革を

毎日新聞の「ダム底セシウム」報道に多数の誤りがあった問題は、ネット上での指摘や批判が発端となり、放射能汚染に関する報道や訂正報道のあり方に様々な議論を巻き起こした。一方で、今回の誤報を当初から指摘していた森口祐一東大教授(元国立環境研究所)は、社内チェックの不備を指摘しつつ、「住民の不安に向き合うことは必要。誤報があったことで本当の問題が見えにくくなることも懸念している」と”誤報の副作用”にも言及した。

日本報道検証機構の調査では、問題の記事は地方部記者のチームが主体となって書かれ、放射能について詳しい知識をもっている科学環境部の十分なチェックを受けていなかったとみられる。朝日新聞が2014年5月のいわゆる「吉田調書」スクープ報道=同年9月10日に記事の取り消しを発表=で、ごく少数の記者が秘密裏に記事化を進め、掲載前に上層部や他の部署から十分なチェックを受けていなかった問題が指摘されていたが、その教訓が今回生かされていなかったことになる。

指摘を受けた後も、小学生新聞に同じ誤報を掲載するなど情報共有もできていなかった。毎日新聞には紙面を事後的にチェックする仕組みとしてベテラン記者で構成される「紙面審査委員会」があるが、ニュースサイトに公表された9月30日の会議録要旨をみる限り、今回の記事を審査した形跡がない。有識者で構成される「開かれた新聞委員会」も、ジャーナリストの池上彰氏ら多忙な委員に委嘱し、月に1、2回程度集まってもらっているが、迅速かつ徹底した検証を行う仕組みになっているとは言い難い。

朝日新聞「吉田調書」問題では、外部の指摘を踏まえた調査や訂正が遅れたことも問題視され、「訂正報道の改革」も焦点になった。その後、朝日新聞と読売新聞は昨年から訂正記事をすべて第2社会面に、従来より目立つ見出しで掲載。朝日はデジタル版にも訂正を載せる運用を始めた。だが、毎日新聞は、目に見える訂正報道改革をほとんど行っていなかった(「訂正」の題字フォントが微妙に大きくなったが、普通の読者は気づかないだろう)。今回、当初の10月4日付訂正記事が「小さすぎる」という批判も出たが、今回特有の問題ではない。新聞の訂正記事というものは、ほとんど常に「遅い、小さい、分かりにくい」(毎日新聞に限らず)であったのである。

もとより、人間は誰でも、誤りを認めるのは消極的になりがちなものである。訂正記事を出すかどうかを担当部署に委ねる慣例自体に限界があるのではないだろうか。たとえば、編集部門から独立性の高いオンブズマン(ニューヨークタイムズのパブリック・エディター)のような常勤職を設け、問題が浮上したら内部調査を行い、訂正の内容についても勧告できる(編集部門が従わない場合は、見解を公表できる)権限を与える、というのはどうか。それくらいの抜本的改革を行わない限り、「訂正は迅速に、分かりやすく」という聞き飽きた号令だけでは、同じことが今後も繰り返されるだろう。(楊井人文)