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【体操】朝日生命を優勝に導いたウズベキスタン出身の美魔女

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
全日本団体選手権優勝の立役者であるチュソビチナ

38歳が優勝の立役者

先ごろ千葉・幕張メッセで行われた体操の全日本団体選手権で、女子の朝日生命が優勝を飾った。

予選では日体大などの後塵を拝して4位にとどまっていたが、予選の得点を持ち越さない決勝では、出場した3選手(美濃部ゆう、野田咲くら、オクサナ・チュソビチナ)が全4種目でいずれもミスのない演技を披露。予選1位の日体大が平均台で落下や転倒などの大過失を連発したのを横目に着実に点を稼ぎ、見事に頂点に立った。

92年バルセロナ五輪から12年ロンドン五輪まで6大会連続出場

今回の朝日生命の優勝で、関係者や体操ファンを驚かせたのがウズベキスタン出身のチュソビチナ選手だ。

本名は、オクサナ・アレクサンドロブナ・チュソビチナ。1975年6月19日に旧ソ連のウズベキスタンで生まれた38歳の超ベテランが体操を始めたのは、8歳のときだった。

抜群の脚力と体操センスを持つ少女の名は旧ソ連体操界で瞬く間に広がり、90年にソ連ナショナルチーム入り。16歳で出た91年世界選手権で団体金メダルを獲得すると、ソ連が崩壊した後は独立国家共同体(EUN)のメンバーとして92年バルセロナ五輪に出場し、ここでも団体金メダルを獲得した。

バルセロナ五輪の後は出身地であるウズベキスタン国籍で活動を続け、96年アトランタ五輪に出場。その後は、同郷のレスリング選手との結婚、アキレス腱断裂、長男出産と激動の日々を乗り越えながら、00年シドニー五輪に出場した。

長男が白血病に…治療費を体操で稼ぐ

10月の世界選手権では個人スポンサーになっている体操キャンプのブースに登場
10月の世界選手権では個人スポンサーになっている体操キャンプのブースに登場

最大の試練が訪れたのは02年。99年11月に出産した一粒種の長男アリーシャ君が急性リンパ性白血病を発症したのだ。チュソビチナは自身の練習拠点としていたドイツで息子の治療をすることを決意し、治療費を稼ぐために賞金大会にも出ながら04年アテネ五輪出場。06年にはドイツ国籍を取得し、08年北京五輪にはドイツ代表として出場した。

09年に再びアキレス腱を断裂したがまたしても乗り越え、10年以降は指導者と競技者の2足のわらじを履いて現役を続行。12年ロンドン五輪には再びドイツ代表として出場し、女子体操選手として初の五輪6大会出場を果たしている。

チュソビチナのすごいところは抜群の脚力を存分に生かした跳馬で、今も世界トップクラスに君臨していることだ。33歳で出た北京五輪では、種目別跳馬の銀メダルを手にし、ロンドン五輪では37歳で同5位入賞を果たしている。

そんなチュソビチナに再び転機が訪れたのはロンドン五輪後の12年12月。愛知県豊田市で行われた豊田国際体操競技会に出場した際、元日本女子チーム強化部長の塚原千恵子氏に「朝日生命の小さい子を見て欲しい」と声を掛けられたのだ。

16年リオデジャネイロ五輪出場を目指すことを決意していたチュソビチナにとって、「朝日生命の一員として日本の試合にも出て欲しい」という要請を受けたのは願ってもないことだった。13年からは家族のいるウズベキスタンを拠点にしつつ、スケジュールを調整しながら来日し、子どもたちの指導をしながら練習している。

幸いなことに、愛息のアリーシャくんの病状は回復したそうだ。今ではウズベキスタンの学校に普通に通い、ボウリング競技に打ち込む毎日。「息子は11月18日に14歳になります。今は健康。病気は大丈夫になりました」と話す表情は母親そのものだ。

跳馬は今も世界トップレベル

「日本で仕事ができて、試合にも出られて塚原千恵子さんに感謝している。年齢は38歳だけど、心はまだ18歳」と言うチュソビチナは、「日本でも20歳を超えて体操を続ける選手が増えればいいと思います。私は練習が好き。体操を愛しているから続けています。続ける秘訣は練習、練習、さらに練習。自分がやっていることを愛すること、心を捧げることです」と言葉に力を込める。

チュソビチナは38歳になった今でも、4種目とも一定レベル以上の演技構成をこなしている。技の難度を表すD得点は、段違い平行棒が5.7、平均台が5.9、ゆかが5.6。これら3種目は世界トップレベルとまではいかないが、全日本団体決勝で「伸身ツカハラとび1回半ひねり」を決めて14.600という圧巻の最高得点を出した跳馬では、今も存在感抜群。「来年の世界選手権に向けて新たな技に挑戦しているので、それを見てください」とまだまだ上を目指している。

「私は精神的に折れることを感じたことがありません。ただ、もっと重要なのは周囲にそう見られないことです」という言葉からは、これぞプロフェッショナルという姿勢が浮かび上がる。

北京五輪、ロンドン五輪を経験した美濃部ゆうは「チュソビチナさんのような選手が海を渡って来てくれているからには、私たちも全力でやらなければいけないと思う」と、メンタル面での好影響を口にする。また、不慣れな器具でもすぐに合わせられる能力の高さや、アップなしでも技に入れる姿にも刺激を受けているという。

村上茉愛を高く評価

「チュソビチナ」と言えば、10月にベルギーで行われた世界選手権の種目別ゆかで4位入賞を果たした村上茉愛(池谷幸雄体操倶楽部)が演技に取り入れているH難度の技(後方伸身2回宙返り1回ひねり=伸身ムーンサルト)の名でもある。

言わずともがな、これはチュソビチナが世界で初めて成功させた技。世界選手権で村上の演技を見たというチュソビチナは、「表現力も豊かでとても良い演技だったので、本来であるなら十分3位以内に入れたと思う。私が審判なら、2位か3位にしたと思いますよ」と日本の新鋭を高く評価した。

「目標は16年リオデジャネイロ五輪。20年東京五輪? それはまた様子を見てから考えましょう」

155センチメートル、43キロの小柄な美魔女は、含みのある笑みを浮かべた。世界をまたにかけて闘う女性アスリートはいつまでも輝き続ける。

●リンク:個人スポンサーになっている体操キャンプ(音が出るので注意してください)

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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