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【フィギュアスケート】失敗でさえ自らを輝かせる材料にしてしまうのが高橋大輔だ

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
2013年12月、全日本選手権フリースケーティングの高橋大輔(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

五輪メダリストが震えるほどの緊迫感

顔色を失ったまま、高橋大輔は、声を振り絞るようにして言った。

「緊張感やプレッシャーに負けた。アクセルを降りてから転倒して焦ってしまい、立て直すことが難しかった。その後の演技はあまり覚えていない」

5位と出遅れた織田信成も、「緊張してしまった。(取材エリアに来た)今もまだ緊張が抜けていないくらいなんで」と、おびえ混じりの表情を隠さない。3位と好発進した小塚崇彦も「緊張で足が震えていた」と吐露する。

五輪出場経験を持つ3人(高橋は五輪銅メダリスト)でさえ震え上がってしまうほどの緊迫した戦い。ロッカールームでトップスケーターたちとともに演技順を待ったある学生選手は、「大ちゃんのピリピリムードが凄くて、同じ空間にいるのが息苦しいほどだった」と漏らした。

これが、フィギュアスケートのソチ五輪出場権争いだ。

3枠を巡り、実力者6人が混戦バトル

ソチ五輪代表選考会を兼ねたフィギュアスケートの全日本選手権は21日、さいたまスーパーアリーナで開幕した。最大の注目は、出場枠3に対し、高橋、織田、羽生結弦(ゆづる)、町田樹、無良崇人、小塚という、いずれもグランプリ(GP)シリーズ優勝経験のある6選手がしのぎを削って争う男子シングルだ。

21日はショートプログラムが行われ、史上初の100点超えとなる103・10点をマークした羽生が首位発進し、2位には今シーズンのGPで2勝を挙げている町田、3位には小塚が入った。

一方、高橋は躓いてしまった。

最初の4回転トゥループで回転不足になり、両足着氷。それでもどうにかミスを最小限にとどめたように見えたが、2つ目のジャンプである3回転アクセルで着氷後に突然尻もちをついてしまった。

高橋自身が「自分でも降りたと思ったのにああなって焦ってしまい、その後は立て直せなかった」と話したように、本来ならジャンプでミスをしても、持ち味のステップやスピンでそれをカバーしていくのが高橋の強みなのだが、この日はスピンでも精彩を欠いた。その結果、82・57点という低調なスコア。まさかの4位発進だ。

原因は明らかだ。11月26日の練習でジャンプを着氷した際に右足の脛骨(けいこつ)骨挫傷を負った影響。だが高橋は、「ジャンプの練習ができなかった分、ステップやスピンを気をつけてやってきたのに、それを出せなかったのが残念だった」と唇を噛む。

ここで注目したいのは、高橋が悔しがっていたのが技術的なミスというより、メンタル面で弱さが出てしまったことに対してだということである。

「緊張感やプレッシャーに負けてしまった自分が、演技にそのまま出てしまった。気持ちの面で負けてしまったというところがすごい情けない」。自らを叱責するような口ぶりだ。

さらには、決して軽い症状ではなかった右脛骨負傷を押して、リスクのある4回転に挑んだ意義について聞かれると、「成功しなければ意味がない。そこらへんは勝負なので、頑張ったという意識はない」と自らに厳しい視線を送った。終始険しい顔だった高橋が唯一笑みを浮かべたのは、「僕は負けず嫌いなんで」と言ったときだけだった。

アリーナを自分色に染め上げる

五輪選考会である全日本選手権で、初日4位と大きく出遅れたのは事実だ。だが、高橋はここで意地を見せぬまま終わるような選手ではない。

26番滑走だった高橋の前。25番滑走の羽生の出来映えは素晴らしく、フィニッシュのポーズが決まると同時に観客はスタンディングオベーションを送り、19歳の情熱あふれる演技を称えた。非公式ながら史上初の100点超えとなる103・10点が出ると、会場の興奮はさらに増した。

ふと、前のグループで19番滑走の町田が高得点を出した際、会場のざわめきがなかなか収まらなかったことが思い出された。

しかし、高橋のときは違った。羽生のハイスコアに雀躍するような空気感は、高橋がリンクに足を踏み入れたと同時に消えた。

一瞬にして会場を自分色に染め上げる。たぐいまれな表現力を持っているからであるのはもちろんのこと、谷あり山ありのスケート人生、七転び八起きのスケート人生を送ってきた高橋だからこそできることだろう。

「あしたのフリーは気持ちでいくしかない。足がしんどかろうが、痛かろうが、試合はある。自分の気持をしっかり持って、今日の悔しさをつなげていきたい」

思い返せば、今シーズンのグランプリ初戦となったスケートアメリカではジャンプの失敗で4位に沈んだが、続いて出たNHK杯では見事に立て直して優勝し、「高橋大輔ここにあり」を印象づけた。ショートプログラム4位からのフリーの演技。谷の深さは山の高さへとつながっていく。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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