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Jのピッチにやさしい風が吹いた24年目の「5・15」~ジェフ千葉vsロアッソ熊本~

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
(写真:アフロスポーツ)

■フクアリ今季最多1万4163人

4月に発生した熊本地震の影響で5試合が延期になったロアッソ熊本が5月15日、36日ぶりに復帰し、J2第13節ジェフユナイテッド千葉戦を、アウェイのフクダ電子アリーナ(千葉)で行った。試合は0-2で敗戦となったものの、巻誠一郎をはじめとする選手たちは、感極まりながら復帰の第一歩を踏み出した。

フクアリには、ジェフ千葉ホームゲームの今季最多となる1万4163人のファン・サポーターが詰め掛けていた。報道陣は日本代表戦並みの約160人。試合後の取材エリアは、通常のJリーグ仕様のレイアウトでは記者やテレビカメラが収まらないため、なでしこジャパンやU-23日本代表戦に準じたスペースと導線が敷かれていた。

試合後の取材は穏やかな空気の中で進められた。ピッチで繰り広げられた90分間の気持ちのこもったプレー、両チームのスポーツマンシップ、そして、スタンドの両チームサポーターが見せていた感動や温かさの残り香が漂うような取材時間だった。2016年5月15日、フクアリにはやさしい風が吹いていた。

試合前、犠牲者に捧げられた黙祷。キックオフの笛と同時に始まった真剣勝負。練習不足の影響で徐々に熊本イレブンの足が止まり、DFラインが下がっていった後半は、千葉がプロフェッショナル魂を見せた。後半11分、サイドチェンジのパスから最後はMF町田也真人が先制ゴール。同29分には同じく町田が熊本GK畑実にプレッシャーを掛けてミスを誘い、勝利を大きくたぐり寄せる2点目を決めた。

相手の隙を逃さず攻め込む姿勢は、J2というプロの舞台でともに戦う熊本に対するリスペクトでもあった。一方で、接触で倒れる選手がいれば熊本も千葉も敵味方関係なく気遣いを見せていた。

試合後は熊本の選手・チームスタッフが「がんばろう!九州・熊本 熊本とともに。絆180万馬力」「皆さまのご支援ありがとうございます」と書かれた横断幕を持ってスタジアムを1周した。千葉側の席のサポーターも最後までほとんどが残って熊本イレブンと熊本サポーターにエールを送った。

■「J」は思いやりの軸となりうる場

93年5月15日。今はもう取り壊されてしまった国立競技場で、Jリーグは開幕した。観衆は5万9626人。カクテル光線と、高揚感のあるギター音が印象的なJリーグ公式テーマ曲に彩られた開会宣言。ヴェルディ川崎と横浜マリノスという選ばれし2チームの激突は、見る者を興奮させた。日本人はあの日、「Jリーグ」という幸せを手にしたのだった。

ただ、華やかさばかりだったあのころ、四半世紀後のJリーグに、全国津々浦々で愛されるクラブがこれほど多く存在していることを想像できた人はいただろうか。Jのピッチが、これほど人を思いやる声であふれる場所になることを想像できた人はいるだろうか。

今はそれが現実になった。Jリーグは、草創期を彩った先人たちが思い描いた以上の人の温かみが生まれる場となっていた。2016年5月15日にフクアリにあった光景は、阪神淡路大震災や東日本大震災の経験を通じ、サッカーという存在が勇気や思いやりの気持ちを生み出していくための軸となりえることを、多くの人が知ることになっている証だった。

03年から10年まで千葉でプレーした巻にとっては、復帰初戦の相手と場所が千葉だったことにも感慨深い思いがあるだろう。地震直後から先頭に立って情報を発信し、さまざまな活動を行ってきた巻は、この日も多くのことに全力を尽くした。

ミスで2失点目を喫した畑に対しては、「彼は被災で家がなくなって避難所で生活し、特別な思いの中で試合に臨んでいた。精神的にも肉体的にも誰よりも難しい準備の中でピッチに立っていた」と慮り、失点直後に「下を向くな。俺たちがが助けるから前を向こう」と声を掛けていた。

「正直、勝点1でも熊本に届けたかった。1ゴールでも、1本でも多くのシュートでも届けたかった。ただ、どんなに苦しくても最後まで足を前に運び続けた。そういう意味では胸を張って熊本に帰れる。もう一度いい準備をして、次の試合に臨みたい」。巻はそう言った。道のりは険しいが、これからは歩いていく姿を見せることそれ自体が九州・熊本の人々に力を与えることになる。

24年目の5月15日は、多くの人々の心に刻まれる一日になった。それは、ロアッソ熊本にとって、そしてサッカーファンにとって、新たな未来への大事な一歩だった。

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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