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「最も美しい」や「最も楽しい」道順を提案する研究

矢崎裕一データ・ビジュアライゼーション実務家兼研究者
(写真:アフロ)

どこかへ向かう時、電車ならスマートフォンでナビゲーションアプリ、車ならカーナビを使うことと思います。

そういった通常のナビゲーションシステムでは主に、いかに早くたどり着くか(リアルタイム渋滞情報を含む)、もしくは安くたどり着くかが提案されます。これは「早かったり安かったりすることが良いことである」という価値観自体がにすでに組み込まれてしまっているともいえますし、そういう価値観があるからこそ作り出されたともいえそうです。

このこと自体は自明ではあるのですが、しかし人は時には、電車通勤時であっても、ひと駅余計に歩いて新しい景色を眺めながら新しい発見を求めたり、大きい荷物があるときとないとき、違う路線への乗り換えのしやすさで、ルートを変えたりしているはずです。

では「最も美しい」道順や「最も楽しい」道順を提案するナビゲーションシステムはあり得るのでしょうか。そう提案をした研究者がいます。彼の話を聞いてみましょう。

どうやったか

彼のとった方法論としては、大きく2つ。

(c)UrbanGems
(c)UrbanGems

一つ目はロンドンで実施したといいますが、クラウドソーシングを利用して、Google Street ViewやGeographから取得した位置情報を持っているAとBの2つの写真を同時に見せ、どちらがより「美しく、幸せ」にみえるかを人間に選んでもらい、その結果をナビゲーション結果表示に利用する、というものです。実際に美しいと感じるかどうかを住民30人に歩いてもらい検証したそうです。写真を撮った本人以外がタグ付け(評価)に参加できるところが面白いですね。

二つ目は500万枚あるFlickr上の写真と、ポジネガ判定したそのコメント文を利用し、同様のアルゴリズムを用いてボストン版を制作(つまりクラウドソーシングを使わずにFlickr上のテキストデータを用いた)したそうです。こちらでも数十人でテストして実証できたそうです。

美しさを尊重しても12%ほどしか時間が長くならなかったそうです。

(c)Daniele Quercia, Rossano Schifanella, Luca Maria Aiello
(c)Daniele Quercia, Rossano Schifanella, Luca Maria Aiello

誰が考えたのか

これは、バルセロナにあったYahoo Labs(2016年2月にYahoo! Researchへの組織改編にともなって解散)に所属していたダニエレ・クエルチャ氏がLabsに入る前から進めていた研究を、Labsに入ってから三名で結実させ、論文として公表したものです。

The Shortest Path to Happiness: Recommending Beautiful, Quiet, and Happy Routes in the City

欧州においてバルセロナはICT分野で抜きん出た功績を挙げている都市なんだそうで、「初音ミク」の基礎技術をヤマハと共同研究したのがバルセロナの大学とのことです。

初音ミクに使われている技術ってメイド・イン・カタルーニャだったのか!って話

ヤマハ・剣持秀紀氏のVOCALOID開発昔話

ダニエレさんがこの話をTEDで7分くらいで話してますのでよかったらどうぞ。

こういうナビゲーションシステムがあったら、旅行である都市を訪れた人が、まるで住んでいる人のように街を歩く手がかりを得られそうですよね。

今後

この実験のやり方だとスケールさせることが難しそうですが、このやり方を教師データとして機械学習の手法を使えばスケール自体はできそうですね。

客観データ(地形、交通、公的施設、売店や商業施設)はかなりの部分がデジタルデータ化され、実際に一般の方がアプリやウェブで利用していると思うのですが、さらに細微な人の指向性に寄り添うためには、このような主観データといえるものを、コンセプトや絵ではなく、実際のサービスとして提供する必要があるのではないでしょうか。また、主観データの、たとえば「どの通りは危ない」といった統計ではなく評判の情報は、ポリティカル・コレクトネスの観点から客観データとして扱うことはできませんが、リスクを承知の上でそれを知りたい人もいると思うのですが、これも現状のナビゲーションシステムからはすっぽり抜け落ちてしまっています。

毎日の通勤のラッシュアワー、乗っている人が殺伐としているのはその人自身の性質ではなく、環境が人にもたらした結果ではないか、と考えたい私としては、人の、移動のためのモチベーションの類型(通勤、余暇、移動の負荷が高いときetc)に寄り添った、ナビゲーションの価値観の類型(早く、安く、楽しく、静かにetc)を、リアルタイムの状況と照らし合わせながら、交通システムの全体最適と、個々人の快適さ/Quality of Lifeの個別最適が同時に実現する世界を、ビッグデータやA.I.には実現してほしいと願っています。

現実の社会は、複雑系である人間にとってはスタンドアローンな固定値が多すぎる、と思います。A.I.が人の仕事を奪うという警句を右から左へばらまく前に、やるべきことが山のようにあるはずです。

データ・ビジュアライゼーション実務家兼研究者

コード・フォー・トウキョウ 代表/データ・ビジュアライゼーション・ジャパン 発起人/多摩美術大学 情報デザイン学科 非常勤講師/東京大学空間情報科学研究センター 柴崎研究室 協力研究員/千葉工業大学大学院 デザイン科学 修士修了/おもちゃコンサルタント。株式会社ビジネス・アーキテクツにてデザイナー及びアートディレクターを7年間経験後、2008年に独立。近年では、データ・ビジュアライゼーションの実践と普及に関する様々な活動をおこなっている。共著書に「RESASの教科書」がある。

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