好きになれば好きになるほど売上がアップする、お客様のタイプとは?
営業や販売員が、お客様のことを好きになることがあります。「営業とお客様の間柄」を超えて、親しい間柄になるということです。このような関係を構築すると、お客様は営業の虜となり、気持ちよくお金を支払ったり、他のお客様を紹介してくれるようになります。なぜ、このようなことが起きるのでしょうか。本日は「好意の返報性」という心理現象を使って解説していきます。
「好意の返報性」とは、人は好意を受けられると、それを返したくなるという習性のことで、ミラーリング効果とも言います。自分のことを気に入ってくれる人に対して、人は好意を感じます。反対に、自分のことを煙たがっている人に対しては、無意識のうちに嫌悪を覚えてしまうものです。この「好意の返報性」は営業の世界でとてもわかりやすい指標です。
ただ、すべてのお客様が「好意の返報性」という心理現象によって意思決定に影響を与えるかというと、そうではありません。「自燃客(20%)」「可燃客(60%)」「不燃客(20%)」に分類して考えてみましょう。
■「自燃客(じねんきゃく)」…すぐ「感化」され、購買欲を燃やすお客様
■「可燃客(かねんきゃく)」…信頼できる相手になら「感化」され、購買欲を燃やすお客様
■「不燃客(ふねんきゃく)」…購買の際に他者に「感化」されることのないお客様
他人に感化されやすいかどうかを表す「同調性バイアス」のレベルによってお客様を3種類に区分します。経済合理性に基づいて、ロジカルに意思決定するのが「不燃客」です。「不燃客」には、購買の意思決定をする場合、「好意の返報性」という心理現象は影響を与えないかもしれません。しかし他の「自燃客」「可燃客」には、期待できる心理効果と言えます。したがって、80%のお客様には有効である、ということです。
「Xモータースの社長さんにはいつもお世話になっているから、もし誰か知り合いで車を買うという人がいたら、真っ先に紹介しますよ」
「取引先の工場長とは10年来の付き合いだ。これまでの付き合いを考えると、多少の無理は聞いてあげたい」
という発言は、営業の世界であればどこででも耳にする話です。「日ごろからお世話になっているから、何かあればあの営業から買ってあげたい」「ここまでやってもらった以上、せっかくならあの人に注文を出したい」という発想です。正直なところ「不燃客」にとっては、とんでもない考え方かもしれません。まったく合理的な価値判断とは言えないからです。
しかし、どうせ誰かに頼むなら、自分が気に入っている人に頼むはずです。そして「気に入っている人」というのは、「好意の返報性」で考えると、自分のことを気に入ってくれる人です。下心丸出しで近寄ってきた営業ではなく、自分のために、いろいろな役立つ情報を提供してくれたり、家族や自分の健康、仕事についてなど、いろいろと「気にかけてくれる」人です。関心を寄せてくれる人です。
マザーテレサの、大変有名な言葉があります。それは、
「愛の反対は無関心である」
です。
単純に、自分のことを自社商品を買ってくれるお客様としか見ていないような営業は、「お客様としての自分」に関心はあっても、それ以外には何の関心もない。つまり無関心である、ということです。
しかし、
「ホームページ見ましたが、また大きなイベントを開催するんですね。お忙しいでしょう」「最近、髪型を変えましたね」「お子さんって、もう小学校に入られたんですよね。けっこう大変ですね。幼稚園に通っていた時期とはまた違う大変さがありますから」「お父様の調子はいかがですか。入院されたと聞きましたが」「部長に昇進されたそうですね。本当におめでとうございます」「最近、腰の状態が悪いと聞きました。こちらの温泉が効くらしいですよ」
文章だけですと、営業がお客様にすり寄るための「わざとらしい社交辞令」にも読めるかもしれません。しかし、何度も何度も顔を見せ、親しくなり、自然体でこのように話すことができるようになれば、そのような「社交辞令」には聞こえなくなってきます。次の会話を読んでみてください。
「高橋さん、先日はお子さんの運動会だったんじゃないですか」
「ああ。そうなんですよ。長谷川さんのお子さんは先週だという話でしたね」
「ええ。ウチはもう小学校6年生ですから、親もいろいろと役柄が増えて大変です」
「そうですよねェ。私のとこはまだ2年生ですから、これからですよ。……あ、そうそう、この前紹介してくれた映画、ビデオで借りてきました。凄く興奮しました」
「そうですか。それは良かったです。また紹介しますね。ところでお車の調子はいかがですか」
「好調です。ただ、ブレーキをかけるときに変な音がするときがあります」
「あ、そうですか……。それでは、ちょっと見せていただけませんか。もし必要でしたら、整備工を一人呼びますので」
「いつも悪いね。今度、叔父さんのひとり娘が大学を卒業して車を買いたいって言っていたので、そのときはよろしくお願いします」
「大学をご卒業されるんですか。それはそれは、おめでとうございます。ぜひ、ご紹介いただけたらと存じます。ありがとうございます」
「小さな頃から可愛がってた娘なんですよ」
「そうですかァ。まるで高橋さんがお父さんのようですね。もしその娘さんが結婚するなんて言ったら、高橋さんが動揺してしまうんじゃないですか?」
「いやいや長谷川さん、そこまで入れ込んでるわけじゃないんですが」
「いずれにしても本当にありがとうございます。いつもこのようにご紹介いただけて、私は本当に嬉しいです。せっかくですから、その娘さんが気に入るようなご提案をさせていただきます」
……最後まで読むと、どちらが営業で、どちらがお客様か、何となくわかるでしょう。高橋さんがお客様で長谷川さんが営業です。しかし最初のほうの会話だけでは判然としないはずです。それぐらいこの二人は「営業とお客様」という間柄を超えた仲になっています。
もし長谷川さんが「不燃客」であれば、営業とこのような関係を築くのは難しいでしょう。何となく「しっくり」こないと感じるからです。営業には、必要なことを必要な分だけ、適正な価格でやってもらえればいいだけ。無駄なお喋りもしたくないし、営業という立場の人に心を許しても何の得もないと「不燃客」なら感じます。叔父さんの娘が車を買いたいと言っても、それは自分で決めればよいことで、自分が出しゃばることではないと判断することでしょう。
「自燃客」はどちらかというと、お調子者で、お節介焼きです。「大学を卒業して車を買うというのなら、私に任せなさい。私がいいセールスマンを紹介してあげるから」と、頼んでもいないのに申し出てきます。営業にとっては、とてもいいお客様です。
なぜこのお客様(高橋さん)は、叔父の娘さんに車のセールスマン(長谷川さん)を紹介したくなるのでしょうか。おそらくこの娘さんは、高橋さんのことが好きなのでしょう。高橋さんもまた、この娘さんのことを気に入っています。「好意の返報性」です。そして高橋さんはセールスマンである長谷川さんのことも好きです。セールスマンの長谷川さんは、お客様の枠を超えて高橋さんとのお付き合いを大事にし、何かあれば気にかけてくれる存在だからです。ここでも「好意の返報性」という心理現象が働いています。
高橋さんは、叔父の娘さんと、セールスマン高橋さんを引き合わせたがっています。どちらも好きな方だからです。そして相手のことが好きだからこそ、相手の喜ぶ顔が見たい、と思うのです。
「好きな人の喜ぶ顔が見たい」
という心理を、営業は絶対に忘れてはなりません。
高橋さんがセールスマンの長谷川さんを紹介した後、娘さんからすぐ電話がかかってきます。
「本当にありがとう。長谷川さんって凄くいい人だね。車のこと、全然知らない私にいろいろ教えてくれた。どういう視点で車を買ったらいいか、オプションを選んだらいいか。そして損害保険に入るなら、どんな内容にしたらいいか、すっごく丁寧に教えてくれたよ」
この娘さんからこのように電話がかかってきた高橋さんは、とても満足です。しかも長谷川さんと会ったその日に電話をかけてきました。この「スピード感」は重要です。そしてセールスマンである長谷川さんの良さも的確に見抜いています。もしも、紹介したにもかかわらず、この娘さんの反応が鈍いと、どうなるでしょうか。1ヶ月ぐらいしてから、「そういえばあの件はどうなったんだろう」と高橋さんが思いだし、この娘さんに電話してみました。
「ああ、車を紹介してもらったよ」
「それで、どうだった?」
「どうだったって? あのセールスマンに言われたとおりの車を買ったけど」
「え? 買ったのか? 何も聞いてなかったけど……。ところで、すごくいい提案をしてくれただろう? 長谷川さんは本当にお客様思いの人なんだよ」
「ふーん。そうなんだ」
「そう思わなかったか?」
「言われてみればそうかもしれないけど、車のセールスマンなんて、誰でもあんな感じじゃないの?」
このように鈍い反応が返ってきたら、高橋さんは「しっくり」きません。何となく、残念な気持ちになります。せっかく優秀なセールスマンを紹介したのに、その良さを理解できないなんて……と思うことでしょう。理屈ではありません。「自燃客」の高橋さんは「しっくり」こないのです。
長谷川さんを紹介されたその日に、「本当にありがとう! 今日、長谷川さんって言う人が来たよ。すごく優しい人だった。さすが高橋さん、いい人知ってるんだね」という声が聞けたら高橋さんは満足なのです。長谷川さんから紹介された車を買っても買わなくても、このレスポンスが重要です。「自燃客」に対しては運動神経の良さが問われます。
当然、セールスマンの長谷川さんにもスピーディで感度の高いリアクションが求められます。この娘さんとお会いした後、すぐに電話です。親密な間柄なら、高橋さんのお宅まで出向いてもいいでしょう。
「高橋さん、このたびは本当にありがとうございました。今日の午後2時から1時間ほど、ご紹介いただいた娘さんとお会いしました。22歳とは思えないほどしっかりした方で、高橋さんが仰るとおり、本当に素晴らしいお嬢さんでした。ご提案させていただいたお車のパンフレットとお見積り、そしてご紹介したオプション品などのカタログをお持ちしました。一応、高橋さんにもお伝えしておこうと思いまして」
「なかなか素敵な女性だったでしょう」
「はっきり言って驚きました。今度お勤めになる職場は、お父様の職場に近いところだそうで、本当によくできたお嬢様です」
「そうなんだ。叔父は体が良くなくてね。あの子は頭がいいので、もっと大企業にも就職できたんだ。でも、あえて地元の小さな会社を選んだ。叔父の送り迎えができるように、だ」
「いやあ、素晴らしい。本当に素晴らしいお嬢様です。感動いたしました」
「だろう? 私が入れ込んでる理由がわかった?」
「本当によくわかりました。変な虫がつかないように気をつけなければなりませんね」
……と、このように、営業は相手とペースを合わせてコミュニケーションすべきです。「自燃客」には、とても重要な接し方です。お客様から「あれってどうなりました?」と確認される前に、こちらから報告することが大きなポイントです。
「自燃客」は好きな相手の喜ぶ顔が見たいのです。高橋さんにとっての報酬は、叔父の娘さんが喜んでいる顔であり、セールスマンの長谷川さんが嬉しそうにする顔なのです。ということは、実際に喜ぶ顔を見せることで、高橋さんは満たされます。
よく「お客様の満足度」という言葉を耳にします。この満足度がどのような要素に起因しているのかを、「売る側」は正しく頭に入れておく必要があります。多くの営業が、それが商品やサービスのスペックや利便性にのみ起因していると誤解しています。コンビニでお弁当を買ったり、自動販売機で缶コーヒーを買うのであれば、お客様の満足度は商品と直接リンクします。しかし、人が介在して購買の意思決定をする場合は、お客様が決断するまでの経験プロセスにおいても、満足度を与えられるかどうかがカギとなるのです。
「自燃客」は論理的に考えすぎない、と書きました。それは、単なる性格であることが原因の場合もありますし、精神的に余裕があるからこそ、楽観的に考えるというケースもあります。いずれにしても、お金に余裕がある人が、心に余裕を持ち、楽観的になり、財布のヒモも緩くなりやすい、となるでしょう。ですから当然、営業にとっては、お客様が「自燃客」や「可燃客」であれば、相手を好きになればなるほど売上も上がるし、利益率もアップするのです。
お客様のところへ足しげく通い、額に流れる汗をハンカチで拭きながら頭を下げるスタイルが「昔ながらの営業スタイル」です。義理と人情とプレゼント(GNP)を活用した営業スタイルは古い、アナログだと言われる昨今ですが、営業や販売方法は進化しても、人間そのものは進化していません。今の時代ももちろん、このような「昭和の香りがする営業スタイル」は通じるのです。
ただ、相手が「自燃客」に限られるため、額に汗をかき、頭を下げる営業スタイルだけでは売上目標を達成できないのが現実です。感情表現も大事ですがロジックも大事です。裏返せば、ロジックも大事ですが、感情表現も大事だということです。
まとめると、「自燃客」にはエモーショナル・コミュニケーションを、「不燃客」にはロジカル・コミュニケーションを強く意識すべきです。中間である「可燃客」には、どちらも使いながら、粘り強く対応することが求められます。