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2016 ドラフト候補の群像/その1 今井達也[作新学院高]

楊順行スポーツライター
強烈なスピン量で指先が"焦げる"という今井達也(写真:岡沢克郎/アフロ)

いまさら、その速さには驚かない。なにしろ優勝した甲子園では、152キロを最速として、登板全試合で150キロ台を連発したのだから。それよりびっくりしたのは、U18に出場する高校日本代表の壮行試合だ。大学日本代表の猛者たちを相手に、8回から登板した今井は、先頭打者にいきなり151キロをマークするなど4者連続三振。結局2回を5三振、内野安打1本に抑えてしまう。甲子園の決勝からわずか6日の快投にも今井は、

「変化球でカウントを取れるところを見せたかった」

と涼しい顔だ。対照的なのは、直球に見逃し三振を喫した森川大樹(法政大)の驚愕。

「低い、と思って見逃した球が、ボール1個分伸びてきた。大学でも、あまりいない」

受けた九鬼隆平(秀岳館)によると、「投げたら、沈むのが普通。でも今井の球は、低めから上がってきます。あんなスピンのストレートは、見たことがない」。日本代表で、のきなみ高校トップ級の球を受けた女房役がこうである。どこまでスケールが大きいのか……。

とはいえ夏の甲子園までは、全国的には無名だったのだ。昨夏も、県大会ではエース格でありながら、不安定な制球が災いして甲子園ではベンチ入りからもれた。秋の新チームでも、文星芸大付に準決勝で敗れたのは自身の暴投からだった。今井が振り返る。

「2年までの段階では、ただ速いボールを投げるだけで打者を見るということができなかったんです」

球は速くても、1試合5、6個の四球はざら、という制球難。このままじゃ、使えない……小針崇宏監督に突き放され、今井の目の色が変わった。夏前から、練習に集中するために寮に入っていたが、以後ブルペンでの投げ込み量が一段と増した。毎日200球。また冬のトレーニングでは、夏の栃木県大会6連覇を目ざすために、

「徹底して6にこだわってきました。シャドウピッチングなら600回、腹筋なら60回を6セット、ポール間走なら6本……」

並行して増量にも取り組み、チーム内のライバル・入江大生の8キロ増にはかなわないが、4キロ増量。今春の県大会こそ背番号18で、マウンドには一度も立つことがなかったが、その春に1番を背負った入江によると、

「もともとピッチャーとしてはスピード、変化球のキレ、今井にはかなわない。コントロールもよくなっています」

という納得の成長ぶり。最後の夏にようやく、今井は背番号1を取り戻したわけだ。

真っ直ぐも、変化球のキレもいい

そして……作新にとって、6年連続の夏の甲子園である。尽誠学園との初戦で151キロをマークして13三振を奪い、完封一番乗りを果たした今井は、花咲徳栄との3回戦は中盤から登板したドラフト候補の高橋昂也に投げ勝ち。準々決勝では木更津総合の好左腕・早川隆久との投手戦を制した。木更津総合・五島卓道監督はいう。

「7月、練習試合で対戦したときはまだ、球がばらついていた。それが甲子園では、まるで別人のような変わり方ですね」

スタンドをどよめかせる152キロのストレートに加え、「カットボール、スライダー、カーブ、チェンジアップ……真っ直ぐよりも、今井のよさは変化球のキレだと思います」と鮎ヶ瀬一也捕手が語るように、変化球を精密に、低めに集める投球には、なかなかつけいるスキがない。

この試合では、ピッチャーとしての資質の高さも見せた。2点差に詰め寄られた7回、なお二死一、二塁の場面。二塁走者のリードが大きいと見た作新の遊撃手・山本拳輝が、けん制のサインを出そうと二塁キャンバスに寄りかけたまさにその瞬間、今井がどんぴしゃりのけん制で二走をタッチアウトとし、ピンチを断ったのだ。山本がいう。

「あのけん制はノーサインです。ふつう、自分のサインを受けたキャッチャーから今井に合図を送るんですが、あそこはサインを出す前、ベースに入ろうとしている自分に今井が合わせてくれた。ランナーがちょっと無警戒だったのを、よく見ていたんでしょう」

明徳義塾との準決勝では、2点を先制した初回、一死満塁のピンチを招く。打席には、打力を買われて抜擢された1年生の谷合悠斗だ。今井のフォームを分析した明徳の狙いは、直球一本。だが「ギアを二段上げた」今井は、狙われているとわかっても151キロの直球から入り、最後は真ん中149キロのストレートで遊ゴロ併殺、終わってみれば大差勝ちだ。バスターを多用するなどしぶとく攻略を仕掛けてきた北海との決勝では、3回に自己最速タイの152キロで三振を奪うなど、9回を7安打1失点で完投。結局今井は5試合中4試合を一人で投げ抜き、41回で44三振の自責5は防御率1.10と、抜群の安定感で優勝投手に輝くことになる。

この夏は控えながら、昨秋、捕手として今井の球を受けた水口皇紀はいう。

「今井はときどき"指先が焦げる"というんです。中指の先に血豆ができ、また固まり、血が出て、また固まるらしい。それだけ指にかかっているということで、プロ野球のピッチャーによくあるらしいですね。またこの大会中も、部屋に行くと右手に持ったボールをずっと遊ばせている。そうやって、指先の繊細な感覚を養っていたんだと思います」

かくして今井は、大会前にビッグ3と呼ばれた花咲徳栄の高橋、横浜の藤平尚真、履正社の寺島成輝に肩を並べた、いや、実績では超えた。ちなみに、今井が2回で5三振を奪った大学代表との対戦で寺島は、「大学生は、決めにいった球もファウルしてくる」とレベルの差を痛感した。また、日本代表として今井の投球を間近に見た藤平は、「今井のように、からだ全体をうまく使って、キレのあるボールを投げなくてはいけない」と語っている。

となると……世代ナンバーワンは今井。そういっていいのかもしれない。

●いまい・たつや/投手/1998年5月9日生まれ/180cm72kg/右投右打

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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