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映画『恋妻家宮本』が伝えたかった【パパが料理をする「わけ」とは】

吉田大樹労働・子育てジャーナリスト/グリーンパパプロジェクト代表
(写真:アフロ)

恋妻家【こいさいか】

妻への思いに気が付いた夫のこと。

言葉にすると新しいけど、

世界中の夫のなかに必ず眠っている気持ち

※愛妻家のようにうまく愛情表現出来ないので、気持ちが伝わりにくいのが欠点。

1月28日(土)からロードショーが始まる『恋妻家宮本』。「家政婦のミタ」や「○○妻」、「女王の教室」などの脚本を手掛けてきた遊川和彦さんの初監督作品だ。原作は、重松清さんの『ファミレス』だが、遊川監督が大胆に脚色し、揺れ動く夫婦関係をコミカルに、そしてハートウォーミングに描き出している。

この物語で1つのカギとなるのが、「料理」。しかも夫(男性)が作る料理だ。中年になり料理教室に通うようになった主人公の宮本陽平(阿部寛さん)は、ある日、本に挟まった「離婚届」を偶然発見してしまう。妻の美代子(天海祐希さん)に問いただそうとするが、なかなかそのきっかけをつかめない。自分の人生を自分で決断せずに来てしまった陽平が活路を見い出そうと、「料理」に没頭するようになる。果たして妻にその思いは通じるのだろうか。

プロデューサーの福山亮一さんは、「今回の作品はキャスティングにこだわった。自分の気持ちを伝えるのが下手な主人公。愛はずっと愛していなきゃいけないけど、恋はその瞬間その瞬間で伝えていくということ。モントリオール映画祭でも盛況だった。外国人にも理解できるものだと感じた」とこの映画に対する手ごたえを話す。

ネタバレになってしまうので、あらすじはこんなところでやめておいて、今回は、『恋妻家宮本』とパパ料理を推進している「日本パパ料理研究会」(代表:滝村雅晴さん)がコラボし、この映画の試写を観たパパたちが料理を作る「わけ」を語り合った。座談会の会場となったのは、この映画の料理のアドバイスをした料理研究家・行正り香さんが経営する新橋にある「フードデイズ (Food/Days)」。行正さんと滝村さんを交えて、座談会が行われた。

ここで座談会に参加したパパたちを紹介したい。

おがた淳信さん・・・杉並区在住の2児(小3息子、年長娘)のパパ

樋口哲也さん・・・府中市在住の2児(中3、中1の姉妹)のパパ

五十嵐丈敏さん・・・板橋区在住の1児(年長娘)のパパ

橘信吾さん・・・江東区在住の2児(5歳、2歳の兄弟)のパパ

笠原浩昭さん・・・八王子市在住の1児(7歳娘)のパパ

サトウワタルさん・・・さいたま市在住の2児(小6、小5の姉妹)のパパ

今回参加したパパたちは普段から料理をしている人が多い。先進的なパパだからこそ、その悩みも先進的、と言われれば一概にそうとは言えない。まず、普段の「料理」との付き合い方や、今回の映画を観た感想について語り合った。

おがたパパ――自分は一人暮らしが長かったので妻より料理がうまい自信はありました。2人の子どもたちにとって食べることは教育の一環という感じ。妻や子どもの笑顔を想像しながら作ってます。食べるとみんなキゲンが良くなります(笑)。食べることは生きること。だから、料理はしっかりと作らなければと思ってます。

樋口パパ――うちはいま妻に片思いをしているような感じです(笑)。妻の期待に応えようと料理に励んでます。結婚前から料理はできましたが、誰かのことを思ってご飯を作るのはいいですね。妻や子どもたちの、健康のため、笑顔のために作ってます。食べてくれる人がいるのは幸せなこと。劇中で、料理教室に通う陽平はなぜ妻の美代子のためにもっと料理を作らないのか不思議に思ってましたが、それを覆したラストシーンには泣かされましたね。

五十嵐パパ――料理は結婚前から作っていたけど、自分の場合はある程度味が保証されているカレーやシチューが多かったですね。結婚してからは自分で調味料を使って調理をするようになりました。料理にはパワーをもらえます。たまねぎを炒めたときにその匂いを嗅ぐと元気がみなぎります。本当に料理に感謝です。いろいろと作れるようにはなりましたが、結局娘からのリクエストは簡単なフレンチトースト(笑)。この映画を観て、料理を作って人に喜んでもらえることの幸せを実感しましたね。喜んでもらえる人がいるということ自体が幸せなんです。

橘パパ――自分はあまり料理が得意ではないのですが、滝村さんのパパ料理講座のおかげで具材や調味料の分量をきちんと量ることから始めて、レシピどおりに作ればおいしい料理を作ることができるのがわかって自信が付きました。映画では、夫婦関係に関心を寄せられがちですが、お母さんが不倫の末にその相手と自動車事故に遭ってしまう陽平の教え子である井上克也(あだ名・ドン)に強く興味を持ちました。親子という視点でも考えさせられる映画でしたね。

笠原パパ――自分も一人暮らしが長かったので料理はいまでも日常的に作っています。親子のコミュニケーションにとって料理は不可欠ですね。例えば、娘は、パパが作ったうどんを「パどん」、おでんを「パでん」、スパゲティを「スーパーゲッティ」などと言って、愛称を付けてくれて喜ばせてくれます。滝村さんのパパ料理講座に親子で参加させてもらって気づいたことは、作ってあげることだけに満足している自分。改めて親子で一緒に作ることの楽しさを学びました。『恋妻家宮本』というタイトルがおもしろいですよね。「愛妻家」ではなく、「恋妻家」。この発想はいままで自分にはありませんでした。これまでよく「愛妻家」と冗談めかして言ってましたが、「恋妻家」という発想はとても新鮮でしたね。娘が将来独立して夫婦2人になったときにどういうふうになるのかを垣間見たような映画でした。

サトウパパ――自分は50歳を過ぎたので、主人公・陽平が50歳ということもあり、年齢的に陽平の気持ちに理解できました。普段子どもの視点から物事を考えずにきてしまっていることが多いのですが、劇中では陽平が幼少期の頃から『ファミレス』内で起こる人生を左右する出来事が幼い陽平の視点で描かれているのがおもしろかった。月日も過ぎれば、夫婦ともどもお互いシミやしわが増えますよね。それはお互い様です。家に帰ったらちょっと妻に優しくなれるような映画でしたね。

滝村さん――劇中、妻の美代子が料理教室に足しげく通う陽平に対して「楽しそうね」というセリフは胸に刺さりましたね。パパが料理をすべて担うというよりは、適度にお互いが役割分担をすることも大事なのではないかと思いました。妻が夫に先立たれたあとに、残った妻が認知症になってしまったという話を耳にします。「誰かのために料理を作っていたこと」が実は認知症の予防には大事なのではないかと思いました。日本パパ料理協会の1つテーマが、「家族のために作ろう」なのですが、その役目を奪い過ぎてしまうと妻を認知症にさせてしまうかもしれませんね。パパだけが楽しんではいけない。だからこそ、ラストシーンで陽平が伝えようとした自分だけが楽しむのではなく妻を喜ばせることに気づいたというのは大きなメッセージですね。お互いの役割をシェアできたことは夫婦を長く続けるためには必須の要素化もしれません。

行正さん――料理をするということは生活の一部です。料理を作ることで、生活にリズムが生まれるんだと思います。そのリズムを夫婦で作っていくことが大事なんだと思います。

写真左から、行正さん、おがたパパ、樋口パパ、五十嵐パパ
写真左から、行正さん、おがたパパ、樋口パパ、五十嵐パパ

「パパが料理を作ること」自体で夫婦が、そして家族が幸せになるのではなく、「料理」というツールを使うことによって、夫婦関係しかり、家族関係しかり、それがどう起動していくのかを実感させられる映画と言える。

特に夫婦関係については、どのパパも苦節がありそうだ。

樋口パパ――妻から言われてドキッとしたのは、けんかをしたあとに妻から「あなたは料理も作れるし、家事もできるから、私はいなくてもいいじゃない」と言われたとき。彼女の存在がないと自分はダメなんだという思いが伝えきれていないのではないかと思いましたね。

笠原パパ――自分は料理を作る前に調理に使った洗い物も自分で全部洗ってから食事を始めたいタイプなんです。手持無沙汰な妻に「あれやって」「これやって」というのはどこで言ったらいいのかわからず、一緒にご飯を作ったりするのはなかなかできないですね。

サトウパパ――妻によく言われるのは、「言わなきゃわからない」ということ。黙っていても感づいてほしいとか、態度でわかってほしいと夫は思いがち。そうではないと気づかされることが多い。

行正さん――日本の夫婦はあまり名前で呼び合わないのも夫婦関係がギクシャクしてしまう原因なのではないかと思ってます。『パパ(お父さん)』『ママ(お母さん)』だと男女の関係になりづらい。お互い男女であることを意識し合うためにも名前で呼び合うことは大切です。劇中で美代子が息子の結婚・独立を機に、陽平にお互いを名前で呼ぼうと提案しますが、名前で呼ぶことで男女の関係に戻れると思ったのではないでしょうか。もちろん、最初はテレもあってすぐには慣れないと思うので、意識して続けていくことが大事ですね。夫婦であっても男と女という部分が大切だということを伝えた映画だと思っています。そのきっかけが「料理」なんです。家族の映画でもありますが、夫婦のやり直しの映画でもあると感じます。

今回集まった皆さんはまだお子さんも小さく「パパ料理」という定義が当てはまりますが、陽平は「パパ料理」からは卒業してしまっている世代です。ある意味やり直しが利きません。パパ料理に取り組む人たちは、早い段階でその重要性に気づいているんだと思いますが、それに気づけなかった人たちは「どうすればいいんだ!」となってしまいますね。この映画を観ることが1つのヒントになると思います。

サトウパパ――そういう意味では、自分と同じ世代の50代の男性に響く映画なのではないかと思います。是非1人で観に行ってほしいですね。

橘パパ――逆にうちの場合はまだ子どもが小さいので、夫婦で観るのもおもしろいかもと思いました。

おがたパパ――うちは夫婦で観ると気まずいかもです(笑)

滝村さん――タイトルで料理を感じることはできませんが、終始、料理を通じてメッセージを発信している映画ですね。多くのパパたちに、この映画を是非観てほしい。

陽平役を演じた阿部寛さんは、妻・美代子役の天海祐希さんとの対談の中で、

「料理教室に陽平が通ったのは、夫婦にとってよかれと思ってやったことだけど、それが妻を寂しい気持ちにさせてしまった。そういうことは実生活でほかにもあるかもと思った。50代で子供が巣立った後の夫婦が、再び男女として向かい合うことは僕にはまだ想像の世界。でもそれまで二十数年、中心にいた子供がいなくなったら戸惑うことは想像できる。だからそこからまた2人でスタートという、リセット期になるんでしょうね。」

(1月1日付朝日新聞広告特集「映画『恋妻家宮本』公開記念スペシャル対談」より)

と話している。結婚、子育て、そして子どもの独立を経て、夫婦関係を再構築していく必要がありそうだ。今回集まったパパたちは、子育てには積極的で料理などの家事も基本的には困らない。だからと言って、夫婦安泰というわけでもない。筆者の場合は、離婚を経験し、いまはシングルファザーとなっているが、もっと会話が必要だったとも思う。どれだけコミュニケーションを取っても取り過ぎることはないのではないか。

料理をするだけではなく、料理をすることで妻や子どもたちに何を伝えられるか。そんなことを意識させる映画と言っていいだろう。

また子どもとの関係も映画では重要なポイントとなっている。子どもとパパ料理の関係についても話が及んだ。

写真左から、橘パパ、笠原パパ、サトウパパ、滝村さん
写真左から、橘パパ、笠原パパ、サトウパパ、滝村さん

樋口パパ――自分の娘が入院して彼女が病院食を食べているときに、自分が作った味噌汁が飲みたいと娘に言われたときはとてもうれしかったですね。

おがたパパ――劇中で陽平が美代子にプロポーズをする際に、「俺は、美代子の作った味噌汁が飲みたい」というセリフがあったのですが、すごくおいしいわけではないかもしれないけど、子どもにとって親が作る料理って受け継がれていくと思うんです。自分の母親の味噌汁はおいしかったですが、自分もそうありたいと思いますね。

行正さん――うちも子どもが入院したときに娘が「あれ食べたい」「これ食べたい」といってくれたのはうれしかった。けど帰ったら「パエリア食べたい」と言われたときはずっこけました(笑)。食べたい物がある子どもは強いと思います。食べたい物のために一生懸命エネルギーを削いでいこうとします。だから自分自身もあれが食べたい、これが食べたいと言い続けたいと思っています。

サトウパパ――うちのかみさんも食べるのが生きがいと言っています。あと、祖母も入院したときにはしきりに「フライドチキンが食べたい」と言ってました。病院食は薄味なので、健康的ではありますがが、生きるエネルギーにはなっていないのではないかと思いました。うちのかみさんはそれを見抜いていたようでしたね。

笠原パパ――確かに具体的なものが食べたいと言えることは大事だと思います。子どもがただ「スパゲティが食べたい!」というのではなく、「カルボナーラが食べたい!」と具体的に言えることが大事なんだと思います。

滝村さん――子どもと一緒にご飯食べることと、子どものためにお弁当を作ることの役割は違うと思っています。お弁当を食べているときに、お弁当を作った人はそのおいしそうに頬張る顔を見ることができません。僕が最初に料理を始めたきっかけは目の前で「おいしい」と言ってくれる人がいたからです。それが作る楽しさにつながりました。しかしお弁当の場合は、全部食べたか、残されているか、どうかです。劇中でドンが入院中の母親のためにお弁当を作るシーンがあるのですが、食べたシーンはありません。親子にとってお弁当は究極のコミュニケーションなんです。パパにとってはもう半歩高いステージかもしれませんね。

ただ、これだけ毎日作っているのでうちの娘たちもパパの料理を気に入ってくれていると思ってましたが、子どもたちに好きなものを尋ねたら「いちご」と「桃」だったときはショックでしたね(笑)

樋口パパ――料理に見返りを求めちゃダメなんですよね。料理って家事の中でも派手なものですよね。リアクションも返ってきやすい。でもそれ以外の家事だってたくさんあります。洗濯物を干しても子どもたちからのリアクションはまったくありません。そういうことをやっているんだぞということを子どもたちにも伝えていきたいですね。

行正さん――基本的に自分の好きな料理を作ることが大事だと思っています。子どもが好きな料理を作ろうとすると期待ばかりが大きくなって、それがプレッシャーになってしまいます。子どもの要望を常に受け付ける必要はないのではないかと思います。

最後に、参加したパパたちに妻のことを愛しているのかを聞いてみた。個別の回答は差し控えたいが、常に愛している状態をキープするのは難しいと口々に語っていた。行正さんは「夫婦は価値観のぶつけ合い」と話すが、夫婦によっても温度差は異なる。その時々で妻に恋心を持ったり、持たなかったり。3組に1組が離婚する世の中で、すべての人が気持ちを保ち続けることはできない。だとしたら、心のメリハリをつけることが持続的な愛につながっていくのかも、と感じさせる座談会だった。

「恋妻家」という言葉は果たしていまのパパの気持ちにフィットしていくだろうか。その動向を見守りたい。

『恋妻家宮本』(製作:2017『恋妻家宮本』製作委員会)は、1月28日(土)より全国映画館にてロードショーがスタートする。

http://www.koisaika.jp

労働・子育てジャーナリスト/グリーンパパプロジェクト代表

1977年7月東京生まれ。2003年3月日本大学大学院法学研究科修士課程修了(政治学修士)。労働専門誌の記者を経て、12年7月から2年間ファザーリング・ジャパン代表。これまで内閣府「子ども・子育て会議」委員、厚労省「イクメンプロジェクト推進委員会」委員を歴任。現在、内閣官房「「就学前のこどもの育ちに係る基本的な指針」に関する有識者懇談会」委員、厚生労働省「子どもの預かりサービスの在り方に関する専門委員会」委員、東京都「子供・子育て会議」委員などを務める。3児のシングルファーザーで、小・中・高のPTA会長を経験し、現在は鴻巣市PTA連合会会長。著書「パパの働き方が社会を変える!」(労働調査会)。

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