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常総市大水害 伝わらぬ被害実情 SNSを活用した正しい情報共有と生活再建支援を。

吉川彰浩一般社団法人AFW 代表理事
9月10撮影、常総市新井木町交差点風景。

9月10日、茨城県常総市全域におよんだ大水害の模様は社会に大きく伝えられました。

その広域冠水から1週間、部分的に残るものの常総市全体としては排水された状態となっています。

交通インフラが整いつつある状況から、多くのメディアが現地入りしています。ですが被害実情が社会に正しく伝わらないという問題が発生しています。被害実情が伝わらず、被害救済支援の停滞、生活再建の遅れが課題として浮彫になってきました。

なぜ被害が長期化しているのか、その原因をお伝えすると同時に、正しい被害情報入手先としてSNSを利用した「地元コミュニティ」をご紹介します。

まず被害実情を知る前に、常総市を知らない方には、地域特徴と被害経緯を知って頂きたいと思います。

常総市は大きく「石下地区」と「水海道地区」に分けられます

常総市という名前になったのは約10年前、それまでは「石下町」「水海道市」に分かれていました。現在の常総市を南北に分けて北が「石下地区(旧石下町)」、南が「水海道地区(旧水海道市)」になります。

常総市には西部に鬼怒川、東部に小貝川、二つの大きな川が流れています。

今回の大水害で甚大被害に遭われた地域は、この二つの川に挟まれた地域になります。水海道地区で避難が遅れた原因の一つに逃げ場がなかったという事が挙げられます。

また約30年前に起きた「小貝川決壊」による洪水は、現在の水海道地区へ甚大な被害を与えました。その記憶からも鬼怒川から東側に逃げることは出来なかったことも挙げられます。

常総市で海抜が低いのは水海道地区

常総市三坂町(旧水海道市)で起きた鬼怒川決壊の水は、北から南へと流れて行きました。単純な高低差によるものです。約30年前の「小貝川決壊」時も低い水海道地区が甚大被害にあいました。そして現在、常総市の「市役所」は水海道地区にあります。

常総市大水害は北から南へと広がり、そして行政機能がある水海道地区までの冠水は、1日のうちに起きました。冠水初期時、混乱および情報不足に陥った原因は、石下地区で起きた決壊対応を進めている間に、行政機能が失われた事が原因となっています。

現地情報発信機能が喪失、メディア情報が便りとなった事で起きた問題

洪水はライフラインである電気を喪失させました。合わせて情報共有の要でもある「携帯電波」が喪失した事も情報不足を招いた原因となっています。そのような情報を外部に頼るしかない状況ではTV(航空からの映像)だけが頼りになりました。

常総市で被害に遭われた、避難された方々も、冠水被害状況はTVでしか得られない状態になりました

しかしながら、メディアによる情報には限界がありました。それは詳細被害を伝えるに当たり、現地入りが冠水により阻まれたという点です。それにより、ニーズに合わない情報の中、復興へ歩むこととなりました。

広域床上冠水により、メディアが入る事が出来なかった

冒頭のイメージ写真でもある通り、社会に被害実情を伝えるために、内部に入る事が困難な状況で始まりました。その実情は、広域冠水により常総市役所が孤立した模様、冠水で取り残された方々の模様として、社会に大きく伝わっています。

メディアが入れるようになった頃には、排水が終わっている。冠水程度が伝わらない故に起きた問題

9月14日撮影。水が引き、一見被害は少ないように見える。
9月14日撮影。水が引き、一見被害は少ないように見える。

メディアが現地で情報が拾えるようになる。ニュースキャスターが立っている場所は身の丈を越える冠水があった場所です。それがすっぽり抜けて伝わっています。冠水当時を伝える「絵」がないのが原因です。前述した通り「入れなかった」事が根本にあります。

同家屋内
同家屋内

洪水の怖さはここにあります。水が引くと外見は日常に戻るからです。洪水を経験された事のない方にとっては「水が引いた安心」に直結してしまいます。一見すれば被害が少なく見えると誤解を受ける地域の実情は、家屋の中に入れば床上浸水により、想像よりも大きな被害を被っています。

「大規模冠水とはいえ、被害は最少で済んでいる」といった誤った認識へと繋がっています。それは増幅され、実情被害に合わぬ、支援縮小の問題へと発展していく問題があります。

長引く避難生活の原因

通常、平野部での洪水被害の避難生活は数日のうちに解除されます。ライフラインの復旧が迅速に行われるからです。

しかし常総市の避難生活が長期化した背景には、複数要因が重なってことで起きた「特殊水害」と呼べる状況があります。

9月10日撮影。常総市 水海道さくら病院前
9月10日撮影。常総市 水海道さくら病院前

1.冠水により「移動手段である車」が喪失常総市全体で起きている大きな問題の一つに、移動手段である「車」が水没により使えない事態が挙げられます。車が使えない状況では被災された方が、自力で物資調達を行うことが出来ません。それは移動手段を外部に頼ることになり、復興の遅れに直結してしまいます。水没した車の復旧、新たな車の調達が課題になっています。

2.ライフライン復旧の遅れ

1)6日続いた広域停電

洪水被害から6日目、ようやく常総市全体の停電が復旧しました。これが広域冠水である事を良く表している事例です。漏電火災、漏電による感電を防止するため行われた停電です。排水が終わった地域から漏電確認、東京電力電気設備の確認が行われ、解除されていきました。

2)継続する断水状況

冒頭にお伝えしたように、常総市は元は二つの市(石下市、水海道市)でした。それは水源が違うということも表しています。日々冠水地域は縮小し、現在、常総市全体の水は引きましたが旧水海道市の水源である「水海道浄水場」は6日目に排水された地域にあります。ここからの設備復旧となるため、水海道地域の完全な水道の復旧には、まだ1週間以上の期間がかかることが予測されています。公式には冠水中のため、「時期不明」となっています。

常総市の復興が進まず、避難生活が長期化している背景には、「ライフライン」の復旧に時間がかかっている事が挙げられます。車、電気、水道の喪失の中では、生活基盤の根本である「住まい」の復旧に著しく影響を与えることになります。

広域被害による電気復旧の遅れ、冠水中心部に位置する浄水場、被害範囲が広域である事に加え、車が水没するほどの高さまでの冠水、大きく3つの条件が重なったことで、避難が長期化しています。

災害対策車(排水ポンプ車)
災害対策車(排水ポンプ車)

広域冠水も急ピッチで縮小していきました。それは東北大震災の経験を活かし、大容量ポンプ車が各地で力を発揮したためです。1週間たった今では冠水被害程度を外観で捉えることは困難になっています。被害実情が明らかになるのは今後詳細取材を待つ形になります。「今」を伝える報道では、時系列を知らない方々には実情は正しく伝わりにくい状況になっています。

本当の被害実情を知るのは現地の方々、SNSを適切に活用し早期生活再建を

10日水害発生時、被害に遭われた方々は携帯電波も被害に合い、情報を収集、発信することが困難になりました。これは災害本部となった常総市市役所も同様です。建屋1階が完全に水没し、自衛隊の救助を待つ様子はメディアでも多く取り上げられました。実情を拾うにあたりメディアも、冠水により現地入るすることが出来ませんでした。

情報を必要とする方々が入手出来ない環境、伝えるにも入れない環境が10日当時起きていました。

11日当時、連絡が取れない中、いわき市で見守るしかなかった私は、東北大震災、原発事故の教訓を活かし、初期の情報混乱と不足を補い、そして災害にあわれた方々の早期生活再建のために、SNS(facebook)を利用して、地元情報共有グループを立ち上げました。

常総市に所縁がある方、被災された地域にお住まいの方、限定で始めたグループです。当初20人程度で始まったグループも現在では1,900に登ります。常総市を愛する方々のご協力により、グループは機能し問題解決が進んでいます。日々人数が増え続けています。それは実情は、報道を越え深刻だということも表しています。

被害が長期化した事で、紹介することで起きるリスクよりも、被害に遭われた方々の早期生活再建を最優先し、深刻度を正しく伝えること、適切な支援に繋がって頂きたく、ご紹介いたします。

常総市、地元で正しい情報共有を。ぜってー常総市を復活させる

※お願い 被害に遭われた方々はいまだ渦中にいらっしゃいます。地元中心のコミュニティを形成し、問題解決の場となっています。決して被害に遭われた方々にとって望ましくない(有益でない)投稿などはしないでください。

被災地が一次情報を共有し、被災地の人の繋がりを持って、行政、市民、報道が足りない部分を補い合う、それが適切に課題を解決していき、早期生活再建に繋がることを、東北大震災と原発事故を経験し、かつ復興のお手伝いをさせて頂いている中、私が学んだことです。

報道や個人からの情報は、事実の一端でしかありません。そこからの本当の復興はなく、あらゆるツールを用い、正しい情報を共有し、被害実態にあった救済措置を施していくことが重要です。

そのツールの一つとしてSNSが挙げられます。ですがそれはリスクもはらんでいます。SNSの利便性の高さです。容易に投稿出来ること。不特定多数が閲覧できること。使い方を誤れば、返って混乱を招きます。管理する側、情報を受け取る側、提供する側、全てに有効的に使うための制約が求められます。

大変難しい課題に思われますが、一つの解決策があります。それは「被災され、最前線でご苦労なさっている方々」を最優先するという考えです。これは「ふるさとを愛する思い」という強い絆で統一することが出来ます。

今、常総市はその「思い」で復興に取り組んでいます。しかし被害の深刻さが自己解決できる領域を逸脱し、それが継続している状況です。

その根本原因は「情報の不確かさ」に他なりません。

正しい情報共有の先に早期生活再建があります。

一般社団法人AFW 代表理事

1980年生まれ。元東京電力社員、福島第一、第二原子力発電所に勤務。「次世代に託すことが出来るふるさとを創造する」をモットーに、一般社団法人AFWを設立。福島第一原発と隣合う暮らしの中で、福島第一原発の廃炉現場と地域(社会)とを繋ぐ取組を行っている。福島県内外の中学・高校・大学向けに廃炉現場理解講義や廃炉から社会課題を考える講義を展開。福島県双葉郡浪江町町民の視点を含め、原発事故被災地域のガイド・講話なども務める。双葉郡楢葉町で友人が運営する古民家を協働運営しながら、交流人口・関係人口拡大にも取り組む。福島県を楽しむイベント等も企画。春・夏は田んぼづくりに勤しんでいる。

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