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怖い?今、ブラックメタルは本場ノルウェーでどうなっているのか 。世界中から押し寄せるブラックパッカー

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
ノルウェー最大のブラックメタル祭 Photo: Asaki Abumi

ノルウェー人にとってブラックメタルは「誇り」

「今や世界中で代表的な音楽ジャンルとなったブラックメタル。ノルウェー音楽であり、ノルウェーが得意とする音楽ジャンルとして確立し、クールでユニークなものと考えられている」。そう語るのは、ノルウェー最大のブラックメタル祭インフェルノの主催者であるルーナル・ぺーテルセン氏。

黒い衣装、金切り声、反キリスト、顔を黒と白に塗った化粧。ブラックメタルという音楽ジャンルを明確に確立させたのは、1990年代のノルウェーだった。バンドのメイへムをはじめとする中心人物たちは、教会放火、自殺、殺人事件などの数々の犯罪行為を犯したことで知られており、そのエピソードは今も伝説となっている。

髪を振り乱し熱狂するファン Photo:Asaki Abumi
髪を振り乱し熱狂するファン Photo:Asaki Abumi

世界中から集まるブラックパッカー

聖地ノルウェーを思い、ノルウェー語を学び、音楽が生まれた土地を肌で感じようと夢見るファンは多い。今、世界中からバックパッカーなる「ブラックパッカー」と呼ばれるファンたちが、ノルウェーの新たな観光客となりつつある。

イタリアでもブラックメタルは人気がある Photo: Asaki Abumi
イタリアでもブラックメタルは人気がある Photo: Asaki Abumi

インフェルノ祭の会場で、オスロ在住でイタリア出身という3人のファンに出会った。

フェルナンド「ノルウェーはブラックメタル好きにとっては、シンボルのような国」

ルクテザード「14歳からロックが好きで、北欧神話からブラックメタルに入っていった」

ラウラ「ヴァイキングや北欧神話に興味があって、ユニーク路線を突き詰めようとしたら、ブラックメタルにたどり着いたの」

観客には外国人ブラックパッカーも多い。ブラックメタリストたちの中には、「お前たち、来てくれて、ありがとう!ところで、俺はノルウェー語で話せばいいか?英語か!?」と舞台で聞き、言語をすぐさま英語に切り替える者も多い。

かつては恐れられたブラックメタルとメイへム

幼稚園で働いているというぺーテルセン氏 Photo: Asaki Abumii
幼稚園で働いているというぺーテルセン氏 Photo: Asaki Abumii

ノルウェー音楽と宗教に血塗られた歴史を刻んだブラックメタルが、母国の国民たちに受け入れられるまでには数年かかったと、ぺーテルセン氏は振り返る。

「90年代は、教会放火の事件などで怖がる人もいた。自治体からのサポートでなる別の音楽祭では、メイへムが出演リストにいると知った瞬間、オスロ市が助成金をださないと抗議したことも。その時は、メイへムは出演を辞退しなければいけなかった。今は、メイへムが危険視されることはない。このインフェルノ祭もオスロ市から助成金を得ているが、今年の参加者にはメイへムもいる」。

ブラックメタリストには幼稚園で働いている人が多い!?

典型的なブラックメタルの恰好をしているぺーテルセン氏だが、実は普段は幼稚園で子どもの世話をしている、優しいお兄さんだ。自身もバンドで活躍している。「普段もこの格好」と話す同氏だが、保護者からクレームがくることもないと言う。「ブラックメタルのバンドには、副業として幼稚園で働いている人がたくさんいるよ」と笑う。

ノルウェーではブラックメタルへの偏見は薄れつつある

国内音楽の動向に詳しいミュージック・ノルウェー社のポール・ディッメン氏は、ブラックメタルは「いい人と、いい音楽の集まり」と解説する。

「外見から、どうしても勘違いされることはあるでしょう。ただ、私の個人的な意見を言うと、ブラックメタル界には、特に親切な人たちが集まっているという印象を受けています。もちろん、一部には異なる人生観を持った人もいるでしょうが。ここにきているファンの人々の多くは、宗教には批判的でしょうね。かつては、宗教がノルウェー社会で大きな影響力をもっていましたから。インフェルノ祭に来ている人たちの多くは、教会から脱退しているでしょう」。

ブラックメタルのイメージは、国内と国外で異なるとぺーテルセン氏は語る。「ノルウェー人はブラックメタルへの理解が深いので、今は怖がる人は少ない。ただ、他国ではまだまだ昔の事件の印象をもっている人が多いかもしれないね」。

厳しい規則から解放され、自由になった音楽

最後に、ブラックメタルという音楽のあり方に変化はあったかどうか、ぺーテルセン氏に聞いてみた。「90年代初旬は、ブラックメタルが“どうあるべきか”という厳しいルールがあった。殺害されたメイへムのユーロニモスは、リーダー的存在で、彼から“合格”がなければ、音楽をすることは許されなかったんだよ。今は、もっと自由に音楽を楽しむことが許されている」。

インフェルノ祭でトリを飾ったメイへム Photo: Asaki Abumi
インフェルノ祭でトリを飾ったメイへム Photo: Asaki Abumi

インフェルノ祭も、開始当初は国内から大きな批判を浴びた。なぜなら、開催時期が復活祭(イースター)という宗教的な祝日の期間中だからだ。ノルウェー人が、雪山でスキーをし、卵型の箱に入ったチョコレートを食べている期間だ。一方で、反宗教的なファンたちは、オスロ中心地で髪を振り乱し、金切り声に浸る。ノルウェーの宗教の歴史において、大きな変化を象徴している対照的なシーンともいえる。

インフェルノ祭で最終日にトリをつとめたのはメイへムだった。来年も、多くのブラックパッカーたちが、復活祭の時期にオスロを目指してやってくるのだろう。

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Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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