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ノルウェーが誇るスキー競技が揺らぐ 4人に1人が「クロカン選手はドーピングしている」と信じる

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
唇の治療薬が禁止薬物だったヨーハウグ選手 Photo: Asaki Abumi

たった3か月で、金メダル王者である2人のクロスカントリースキー選手が、薬物検査の陽性反応で問題となった。今、スキー大国ノルウェーの評判が大きく揺らぎ始めている。

2人の選手に共通していることは、選手が記者会見で泣き、自身のトップアスリートとしての責任を全否定し、「自分は被害者・無実であり、チームドクターに責任がある」と強調したことだ。

また、クロカンを愛する国民が、「選手は運動能力を向上させるためにしたわけではない(と信じたい)」と主張し、体調が悪くて治療薬が必要だった「かわいそうな」選手の擁護にまわる風潮に、他国のライバル選手がいら立ちを募らせている。

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1人目スンビー選手 ぜんそく治療薬を無許可で使用問題

マッティン・ヨンスルー・スンビー選手は、無許可で喘息(ぜんそく)の治療薬を使用した。ノルウェー・スキー連盟は、責任は選手ではなく、連盟とチームドクターにあると謝罪。しかし、そもそもの問題は、「誤解を招いた、わかりにくい世界アンチ・ドーピング機関WADAのルール」にあると非難した。

スンビー選手も、「システム弱体化のせいで、私が代償を払わなければいけない、不当な結果」であり、「私自身は何も悪いことはしていない」と、自身は犠牲者であることを強調していた。

ノルウェーの「クロカンを信じたい」風潮は、何かがおかしい

これに対しては、他国からも批判が強く、フランスの Maurice Manificat選手は、ノルウェーのダーグブラーデ紙にこう語っていた。「選手にも責任はあり、難解な規則やドクターだけに罪を押し付けることはできない。ノルウェーの人々は、それを信じてしまう。ノルウェーではクロカンは偉大すぎて、なにをしても許されてしまう。狂気ともいえるけど、それは少しだけ美しいともいえる。ノルウェー人が信じているものは、信じがたい。なにかがおかしい」。

私にもやはり責任があった、とスンビー選手は心境の変化

ヨーハウグ選手のリップクリームによるドーピング報道がでる直前、スンビー選手はノルウェー国営放送局に対して、自分にも責任があったと心境の変化を語った。

「私が責任逃れをしたと、人々が思ったことは、とても理解ができます。それは、時間が経つごとに実感しました。今回の騒動は、100%私の責任です」

これらの出来事の後に起きたのが、ヨーハウグ選手だったのだ。

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2人目ヨーハウグ選手 日焼けした唇の治療薬に禁止薬物が入っていた問題

同選手は記者会見で号泣し、自身の責任を全否定した。

両選手の記者会見は、業界関係者や他国のライバル選手にとっては、「またか」、「また、ノルウェーのクロカンか」だったのだ。それは、討論番組で、ノルウェーの文化大臣も、「私がショックを受けたのは、またクロカンだったからです」と、苛立ちながら口にしたことだった。

4人に1人が、「クロカン選手はドーピングしていると思う」

ノルウェー国内では、今でも選手を擁護しようという風潮が目立つ。しかし、さすがにトップアスリートたちとスキー連盟をみる目は変わってきているようだ。

16日の国営放送局が発表した世論調査で、ノルウェー人のおよそ4人に1人にあたる24%が、「ナショナルチームのクロカン選手はドーピングしていると思う」と答えた。

ノルウェー・スキー連盟を信頼できるかという問いに対しては、24%が「とても~少し信頼できない」、38%が「大きく~とても信頼できる」と回答。

スンビー選手のぜんそく騒動におけるスキー連盟の対応については、「悪い」が45%、「良い」が10%、その中間で妥当と答えたのは30%だった。

号泣記者会見後、ヨーハウグ選手をかばう声は寄稿という形で、さまざまなメディアで報道されていた。批判記事よりも、かばう記事のほうが多い印象を筆者は受けている。厳しい報道に対して、「まるで、いじめだ」という声もあった

ヨーハウグ選手は、現在ノルウェー・アンチ・ドーピング機構からの判決を待っている。その間、ナショナルチームの合宿に参加することを発表。これに対して、スウェーデンやフィンランドだけではなく、国内からも「なぜ、そこまで自由なのだ」、「他国なら不可能だ」と驚かれた。批判をうけてか、同選手は合宿参加を断念した。

世論調査の結果に対して、VG紙のスポーツ・コメンテーターである Welhaven氏は、国民のクロカンに対する信頼度が下がっていると指摘。「我々のナショナルスポーツの危機。ノルウェー国民との離婚になりかねない」と警報を鳴らしている。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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