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「市民と距離が近い」ノルウェーの政治家とは

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
小学生ほどの女の子たちに政策を提案される市長 Photo:Asaki Abumi

ノルウェーの政治家といえば、「市民との距離が近い」ということが特徴としてよく挙げられる。そのことを実感した1日があった。

昨年の秋、地元の秋祭りの取材で、首都オスロから電車で1時間ほど離れた地域ローデを訪れた。人口は約7千人。2015年冬に、難民申請者が大勢やってきた時期に、「1日難民1000人」を緊急で受け入れた町としても取材したことがある。

秋祭りの取材ではあったのだが、驚いたことがあった。それがレーネ・ラフソル市長の地元での人気ぶりと、地方議員たちの働きぶりだった。

秋祭りは、地元の食材や文化をPRするための自治体の主催だったために、市長自らが案内してくれた。その時、違和感を感じて、驚いたことがあった。現場で通りすがる地元の人々が、笑顔で市長に次々と声をかけてくるのだった。まるで、友達のように。

※ノルウェーには市町村の区別がないので、この記事では「市長」という言葉で統一

「市長さん!聞いて、聞いて。私たち、いいことを思いついたのよ!安全に道を歩けるように、歩行者専用道路をもっと作るべきだと思うの」(冒頭写真)。

祭りの大型テントの中で、テーブルに座っていた女の子たちが、そう市長に語りかけた。

「子どもが政策を提案してくることは、よくあるのですか?」と聞くと、「そうですね。子どもの声は特に大事です。我々大人は一切口をはさまずに、子どもたちが自由に私たちに意見していい、という時間を設けたこともありますよ」。

現場でさらに驚いたことが、筆者が祭りの撮影中、市長やほかの地方議員も、必死にイベントの手伝いをしていたことだった。市長たちはスタッフ専用の上着に着替え、来場者を案内し、バーで酒の販売などを自らしていた。

飲み物を販売する市長(中央)とスタッフ Photo: Asaki Abumi
飲み物を販売する市長(中央)とスタッフ Photo: Asaki Abumi

首都オスロの政治家は、ここまで自ら現場で動くことはない(オープニング挨拶だけして、すぐさまその場を去る)。これは、大都市を離れた地方だからこそ、見ることができた光景なのかもしれない。

その場で質問がある時に、丁寧に教えてくれていた女性も、副市長であるステンスルー氏だった。

同氏は、右翼ポピュリスト政党とされる進歩党党員。筆者は、進歩党もよく取材するのだが、(移民に否定的な党の取材は)「怖くないのか?」と日本人などに聞かれることがある。そんなことは、一度もない。

市長(右)と副市長(左) Photo:Asaki Abumi
市長(右)と副市長(左) Photo:Asaki Abumi

ノルウェーでは報道だけを見ていると、右翼と左翼、与党と野党が「仲が悪い」ように見える。実は、裏では議論後は仲良くしている、というのが普通だ。ここでも複数の政党の政治家たちが、協力しあっていた。

取材後の夜、移動のバスに乗っていた。「この国にいると、政治家のイメージが変わってくるな」と思っていた時、またまたびっくりさせられた。なんと、ずっと一般人のボランティアかと思っていた運転手の男性も、最大政党である労働党の地方議員だった。なんとも地味な、目立たない地元への貢献ぶり。

最後にもうひとつ、ラフソル市長のエピソードが記憶に残っているので紹介したい。

市長の所属する政党は保守党。現政権は首相が率いる保守党と、進歩党による、連立政権でなりたつ。「難民申請者の受け入れに厳しめの政権」という立場をとっているが、受け入れに真っ向から反対しているわけではない。

クリスマスの雰囲気が漂う12月、市長は自身のフェイスブックにひとつの投稿をした。

難民受け入れ施設でサンタの格好をした市長Photo:Marthe Lundeby
難民受け入れ施設でサンタの格好をした市長Photo:Marthe Lundeby

昨年のクリスマスイブ、私はサンタクロースの格好をして難民申請者受け入れセンターを訪れました。そこで出会ったのが11才のアフガニスタン出身の少女です。言葉が通じなくても、一緒にロゴで遊びました。それは、彼女にとっては、何年間も体験していなかった、平和なひと時だったのかもしれません。

誰かが我々の自治体に来た時、私たち全員に、彼らを受け入れる責任があります。新しいご近所、新しい同僚、新しい生徒として接しましょう。どこの国から来たかは、なんの関係もないのです。

出典:Rene Rafshol

ノルウェーの各自治体の長となる人々は、難民申請者受け入れに「好意的な人」、「懐疑的な人」、「反対する人」のそれぞれの住民の声に、バランスよく耳を傾けなければいけない。それは大きな課題だ。

一生懸命に、地域の人々とコミュニケーションを図ろうとする。立場が上だからと、えらそうにしない。必死に、住民と向き合おうとする。「市民と距離が近い」といわれるノルウェーの政治家に、この日は本当にたくさん出会えた気がした。このような政治家がいるからこそ、国民は選挙に出向き、日常的に政治的な議論が頻繁に交わされ、政治家に必死に声を届けようとするのだろう。

ノルウェーは、年内に国政選挙を控える。首都にいるとオスロ政治ばかりに目が向いてしまうのだが、都市を離れて小規模な自治体に足を運ぶと、また違った側面が見えてくる。ローデで出会った政治家は、オスロの政治家以上に、住民と距離が近く、新たな発見のヒントをいくつも与えてくれた。今年は、ノルウェーの自治体に可能な限り出向いて、取材をしていきたいと思う。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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