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戦争の理不尽を静かに訴える、『この世界の片隅に』生きていくことの悲しさと喜び

渥美志保映画ライター
本格復帰の「のん」が主人公の声を担当。ぴったりハマった最高のキャスティング。

今回ご紹介するのは、先週末に公開され、大ヒットした『君の名は』を超えるほどの大評判の作品『この世界の片隅に』。

太平洋戦争下の広島を舞台に、絵を描くのが得意で、ちょっとぽやーんとした女の子、浦野すずの日常を描く物語です。私はよくある「戦争もの」に描かれがちな、「国のために命を投げうって戦う人たち、その崇高な思い」みたいな感じがすごく苦手なのですが、この映画はそれとは全然違う、戦争中にもあった田舎町のほのぼのとしたささやかな日々を中心に描いたものです。ということで、まずはこちらをどうぞ!

映画の魅力は(本当にいくつもあるのですが)、その最大のものは、なんといっても主人公すずのキャラクターです。気が優しくてのんびり屋なのですが、その「小さな幸せを見つける才能」で、どんな状況にも小さな灯をともします。あまりにマイペース過ぎて時にはやらかしたりもしますが、それがいちいち「クスッ」という小さな笑いになるのも彼女の人柄。

そうした「幸せを見つける才能」は、ひとえにすずの想像力・創造力の豊かさゆえだと思うのですが、アニメの何がいいって、そうやってすずの中に広がる世界を「実風景」と地続きで表現できること。すずの初恋のエピソードでは、海に見える白い波頭が「海に跳ねる白うさぎ」になったりしてすごーく可愛い。

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最近のアニメは3Dをはじめとした技術で「リアル」を追及するものも多いですが、2Dアニメの魅力に満ちている感じ――と思ったら、監督は若い頃からスタジオジブリの映画に参加していた人なんですね。日本独特の可愛らしさ、色と線の柔らかさや美しさ、美しく描き込まれた背景など、どうりで、という感じがします。

さらにもうひとつ、このキャラクターを魅力的にしているのが、この役のボイスキャストで本格復帰を果たした「のん(能年玲奈)」の声です。映画を見てしまったいまとなっては、漫画版を読んでも彼女の声しか聞こえてこない、完ぺきなハマりぶり。あの愛すべきぽわーんとした声と独特のセリフ回しが、ほのぼのとした笑いの場面で観客の心をふんわりと包み、後半でやってくる激化する戦争の場面では、あまりにひどい現実に「離人」してしまう感じを強烈に表現します。そうなんです、舞台は広島ですから、当然ながらあの日がやってくるのです。

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この映画を見ると「それでも生きていく人々の強さ」と「それでも生きていかなければいけない人々の悲しさ」が同時に押し寄せます。大変な時期にもどうにか上を向いて生きてきた人々の小さな幸せが、唐突に蹂躙され一瞬で吹き飛ばされてしまうことの不条理は、当然ながらすごく残酷なのですが、ひどいことが起きているのがわかっていても、あまりに不条理なので事態が飲み込めないという感じがすごく伝わってきます。その上で出てくる「なんにも考えん、ぼーっとしたウチのまま死にたかった」というつぶやきは、本当に痛切です。

そうしたときに、またしても観客を――そして彼女自身を――救うのが、すずの「小さな幸せを見つける才能」なんですね。彼女がラストに見つける「小さな幸せ」には号泣必至。戦争の悲惨を驚くほど攻めた表現で描いてはいますが、「後味が悪い」と感じる人はまずいないと思います。

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これまでのどんな戦争より心をわしづかみにされる、特に「戦争ものは苦手」という女子にも気に入ってもらえる、そして本当に強く響く映画。私個人としては、大ヒット作『君の名は』をはるかにしのぐ傑作だと思います。ぜひぜひご覧くださいませ!

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『この世界の片隅に』

(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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