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習近平訪米、最初のお迎えは?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

22日にシアトルに着いた習近平国家主席は歓迎会で講演をしたが、それに合わせたように米国防総省は9月15日の中国軍機と米軍偵察機の異常接近について発表し批難した。同時に米国女性の人権問題も浮上。中国の反応は?

◆先ずは経済で惹きつけて

米国時間の9月22日に西海岸のワシントン州シアトルに着いた習近平国家主席は、ワシントン知事やシアトル市長などと会談し、米中両国は新たな大国関係のもと、「衝突せず」「対抗せず」「互いを尊重する」ことを原則として、協力しながら互いに発展したいと述べた。

つぎに第3回米中知事フォーラムに参加し、アメリカ50州の40数省と姉妹関係を結んでおり、両国は地方の友好関係に頼り「人と人の支持」を重視したいと笑顔を振りまいた。

カリフォルニア州のブラウン知事の発言を、中央テレビ局CCTVはクローズアップした(カリフォルニア州サンフランシスコ市議会が同日の22日に慰安婦像設置に関して全会一致で採決したことに関しては別途論じる)。

夕方はワシントン州政府と友好団体が主宰したレセプションに参加しスピーチした。会場のテーブルには既に料理が並べられており、中国人とアメリカ人が交互に並ぶという座席配置になっている。長すぎるスピーチに必ずしも熱気に満ちた表情ではなかったが、CCTVでは「拍手で何度もスピーチが中断された」と報道している。

習近平国家主席が「反腐敗運動は政治的な権力闘争でない」と強調したことが筆者には新鮮だった。

主たるスピーチの内容は「中国は永遠に覇権を唱えず、国連憲章を中心として世界の平和的発展を願う」「中国を色眼鏡で見ないでほしい」「食い違いを乗り越えて、互いに尊重し合い、ウィン‐ウィンの関係を築きたい」「中国経済は安定成長を続けているので安心してほしい」「外国の投資環境を有利なものにし、知的所有権を守る」「中国は法治国家であり、人権を尊重する」「サイバーセキュリティの安全対策を米中両国で検討したい」など、弁明が多かった。

これは本コラム「習近平訪米の狙い」で書いた「増信釈疑」(疑念を釈明して晴らし、信頼を増加させる)の「釈疑」の部分だが、「増信」に関しては「中国は5年後には10兆ドルの商品を米国から輸入し、対外投資は5000億ドルを超える」ことを強調することを忘れなかった。

23日はボーイング社を訪れて組み立て工場を見学し、航空機300機購入という大盤振る舞いでボーイング社を惹きつけた。中国の国有企業が製造する中国旅客機とボーイング社が合弁して旅客機の最終組み立て工場を中国に建設することでも合意した。しかし現地ボーイング社の社員は、自分たちの雇用が奪われるのではないかと抗議している。

習近平国家主席はその後、中米両国企業の大代表団が参加する米中企業家座談会で講演し、つぎのように語った。

――米中貿易には巨大なポテンシャルがある。2014年、中国は外国企業から1285億ドルという世界一の直接投資を受けている。中国の中間層(中産階級)は3億人に達しており、米国の人口に匹敵する。未来の10年では2倍(6億人)となり、世界の巨大市場となる。これからの5年間で、アメリカから10兆ドルに相当する輸入を実行する計画であり、観光客は5億人を越えるだろう。われわれはアメリカの大企業が中国で支社を設立し、中小企業が中国で新たな事業を開拓していくことを待っている。

マイクロソフトやアップルなど、注目の企業が参加している。

中国の本心としては中国人民解放軍30万人削減に伴い、軍のハイテク化を狙っているので、笑顔を振りむきながらも、実はアメリカのハイテクのノウハウを中国のものとしたい魂胆がある。

また、まずはアメリカの経済界を惹きつけ、25日の米中首脳会談で提議されるであろう対中強硬姿勢を和らげる魂胆も丸見えだ。

◆習近平シアトル到着に合わせた米国防総省非難声明

アメリカの国防総省(俗称ペンタゴン)は、9月22日、「9月15日に中国軍機が米軍の偵察機に接近した」として、中国の軍事行動に対する非難声明を出した。

事態が起きたのは「9月15日」だ。

中国東部の黄海上空で、中国軍 のJH7戦闘機2機がアメリカ軍のRC135偵察機に急接近し、危険な行動をとったということだ。

なぜ、わざわざ、習近平がシアトルに到着した「9月22日」を選んで発表した思惑はどこにあるのか?

そこには次の米大統領選に対する共和党側のオバマ大統領に対する牽制とも解釈することができる。

アメリカ議会では上院下院とも共和党がオバマ大統領の民主党の議席を上回り、圧倒的な優位を保っている。次期大統領選で民主党候補が当選するのか共和党が当選するのかは、アメリカ国民の大きな関心事だ。共和党としては、習近平と「蜜月を演じてきた」オバマ大統領をこき下ろし、大統領選に勝ちたいという強い渇望があるだろう。

そのためには、習近平訪米は「攻撃のための」またとない絶好のチャンスだ。

そうでなくとも、米国防総省は快い対中感情を持っていないと、中国政府関係者は言う。

中国側の軍事関係ウェブサイトは「米国が積極的に偵察を強めてきた」と主張し、「米軍RC135はなぜこんなにまで頻繁に中国の偵察に来るのか:偵察の狙いは二砲核兵器だ」と断罪する。

「二砲」とは何のことかというと、これは中国人民解放軍の中の最も機密性の高い「中国戦略ミサイル部隊」で、アメリカはその能力と核兵器があるか否か、また中国の迎撃能力がどれくらいであるかを試すために頻繁に中国上空に接近するようになった。

米偵察機が沖縄にある嘉手納基地から飛び立ち頻繁に偵察に来るようになったのは今年の5月からで、特に9月3日に中国が軍事パレードを行った後は頻度を増した。

それは習近平訪米を快く思わない共和党系列の仕業だと、中国政府関係者は釈明した。「ターゲットは中国ではなく、オバマ大統領だ」と彼は断言する。「習近平との蜜月を、いい加減でやめろ、というオバマに対する威嚇でしかない」、「つぎの大統領選で共和党が勝利するためだ」と吐き捨てた。

さて、どうだろうか…。

◆人権問題でも逆風――女スパイとして中国で逮捕されているアメリカ人

9月22日付「ウォールストリート・ジャーナル」6カ月前に訪中し、スパイとして拘留逮捕されているアメリカの女性事業家ファン・ギリスについて報道した。彼女は全くのビジネス目的で訪中したのに、帰国しようとして立ち寄った中国南部の珠海で拘留され、その後逮捕されている。彼女の夫のジェフ・ギリスが9月20日に弁護士に相談し、習近平訪米に合わせてメディア公表したものだ。

中国当局はこの件に関して何ら説明をしておらず、彼女は全くの冤罪で無実だ、だから一日も早く釈放してほしい、というのが夫ジェフ・ギリス氏の主張である。

中国内ではこのようなことは日常茶飯事なのに、習近平が22日の歓迎会の講演で「人権問題」に関しても触れ「人権を尊重している」として「法治国家」を強調しているのは笑止千万といえるだろう。

おまけに習近平は同日、中国国内に対して「国家安全法を強化せよ」という指示をアメリカから出している。「社会の安定のため」というのが、その理由だ。

習近平にとっては、どうやら前途多難な訪米となりそうだ。

中国の「新型大国関係」は「一方通行」であり「独りよがり」であったことに、気がつくといいのだが…。

以上は習近平訪米の第二報である。また追いかけて分析したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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