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北朝鮮ミサイル発射――春節への冷や水を浴びた中国

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

7日午前、北朝鮮が事実上の長距離弾道ミサイルを発射した。北朝鮮を説得できない中国にとって春節への冷や水とも言える。北朝鮮が発射予告期間を前倒しした期間「2月7日~14日」は、ちょうど中国の春節連休に相当していた。

◆中国では北朝鮮が「春節」に焦点を当てたとみなしている

今年の中国の春節は西暦の2月8日だ。毎年一週間ほどの春節連休を設定しているが、今年の連休は「2月7日~2月13日」である。

そのため2月6日に北朝鮮が発射予定期間をそれまでの「2月8日~2月25日」から「2月7日~14日」と前倒ししたことに関して、中国では「北朝鮮はどうやら春節の時期に照準を当てているらしい」という見方が広がっていた。

事実、2月6日の中国のネットは「観察者網」が「朝鮮は春節ごろに長距離弾道ミサイルを発射するらしい  王毅がめずらしく厳しい言葉」というタイトルの情報を発信したと伝えた。

「観察者網」自身のURLが見つからないので、確認したい方は、たとえば「網易軍事」や、「中国航空新聞網」などをご覧いただきたい。それらはいずれも「情報源は観察者網」と書いている。

これは「北朝鮮が、わざわざ発射予告期間を中国で最もにぎやかに祝う春節連休にしたことに対する、王毅外相のいら立ち」を表したものだ。

その報道の中で、中国政府通信社の「新華網」が2月5日に行われたロシアのラブロフ外相と中国の王毅外相との電話会談における王毅外相の厳しい言葉を報道しているところを見れば、おそらく2月4日に北朝鮮から戻ってきた武大偉・朝鮮半島問題特別代表から、すでに発射予告期間の変更を聞いていたものと推測できる。

王毅外相はラブロフ外相との電話会談で以下のように述べたとのこと。文中、「朝鮮」とあるのは「北朝鮮」のことで、中国では「北」を付けずに北朝鮮を指すことが多い。

――もし朝鮮がミサイル技術を用いて衛星を発射するとすれば、これは国連安保理決議に違反し、国際社会の同意を得られず、このような挑戦をすることは結果的にもっと大きな対価を支払わなければならい事態を招くだろう。しかし対話こそが朝鮮の核問題を解決する唯一の道だ。対話こそは朝鮮半島問題の唯一の正しい解決の道なのだ。対話は既に失敗に終わっているという声があるが、六カ国協議が中断したここ8年の間に情勢は悪化している。私(=王毅外相)はアメリカのケリー国務長官とも共通認識に達しており、アメリカは「制裁が目的ではなく、対話のテーブルに着くべきだ」と認めている。目下のカギを握っているのは、米朝双方の決断なのである。

◆習近平国家主席がパククネ大統領と電話会談

観察者網はさらに、中国の外交部(外務省)が「2月6日に、習近平国家主席と韓国のパククネ大統領との間で電話会談が行われた」ことを報道したと伝えている。パククネ大統領が習近平国家主席に「安保理の北朝鮮への制裁決議を支持してほしい」と伝えたそうだ。

1月7日付けの本コラム「北朝鮮核実験と中国のジレンマ――中国は事前に予感していた」などでも触れたが、北朝鮮が水爆実験と称する核実験をおこなった後、日米、日韓、米韓の首脳同士は電話会談しているが、中韓首脳はしていない。パククネ大統領の方から何度も習近平国家主席に電話会談を申し入れたが、反応がなかったとのことだった。

原因は、昨年末に突如として開催された日韓外相会談で、韓国側が二度と再び国際社会において、いわゆる「慰安婦問題」を持ち出さないと約束したからだ。韓国と対日歴史共闘をしようと、中韓蜜月を演出してあげていた習近平国家主席としては、韓国側のこの誓いによりユネスコの世界記憶遺産に「慰安婦問題」を韓国と共同で登録申請しようともくろんでいたハシゴを、いきなり外された形だ。

だから北が核実験をしようと、韓国を守るために中韓首脳間の電話会談にさえ応じないという姿勢だったのだが、北の暴走が止まらない現実に直面し、習近平国家主席側が折れた形である。

中国の足元を見透かした北の「ならず者」のやりたい放題の暴走。

「油と食糧の供給を遮断する」という、その暴走をとめる手段を持ちながら、防波堤を無くしてしまうことへの懸念から実行できないでいる中国のジレンマは、もう尋常ではない。

◆中国のネットユーザーのコメント

そのことは、中国のネットユーザーのコメントにも如実に表れている。前出の「網易軍事」にあるコメントの中から拾ってみよう。

●rogerxu266(福建) 2016-02-06 16:39:48 「制裁を支持する。油を断て」

●小王1972 (上海) 2016-02-06 17:48:14 「朝鮮はいま中国に対して友好的ではない。ほぼ敵対と言っても過言ではない。われわれのそばにいる“恩知らずの人”に対して、そろそろ手を下さなければならない。」

●従此456(江蘇省) 2016-02-06 18:40:40 「糧食を断ち、油を断つべき」

●携帯から(浙江省)2016-02-06 18:14:57 「朝鮮はトラブルメーカーだ」

●(新疆自治区)2016-02-06 17:53:05「経済制裁すべきだ。油を断ち、糧食を断つべき!」

●(湖南省)2016-02-06 18:58:14「糧食を断つべき」

●(遼寧省) 2016-02-06 19:35:34 「ときどき思うのだが、朝鮮は(世界の)どの敵対勢力よりも、もっと恐ろしい」

●(広西自治区)2016-02-06 19:32:24 「たった一枚の紙<中朝友好合作互助条約(中朝友好協力相互援助条約)>が、中国を戦車の上に数十年間も縛りつけている」

(筆者注:「中朝友好協力相互援助条約」は1961年に中国と北朝鮮との間で結ばれた条約。20年ごとに更新。現在は2021年まで有効。第二条に「両締約国は、共同ですべての措置を執りいずれの一方の締約国に対するいかなる国の侵略をも防止する。いずれか一方の締約国がいずれかの国または同盟国家群から武力攻撃を受けて,それによって戦争状態に陥つたときは、他方の締約国は直ちに全力をあげて軍事上その他の援助を与える」という「参戦条項」がある。そのため、この中朝条約を「中朝軍事同盟」と位置付けている。中国内には、次の更新のとき(2021年)には、この第二条を撤廃すべきという意見がある。人民の多くも第二条を撤廃すべきと考えており、いっそのこと2021年には更新すべきでないという意見もあるくらいだ。)

●山歌夕唱(三東省)2016-02-06 17:44:18「あなた(中国)が朝鮮に物資と糧食を提供しさえしなければ、金三(金家三代目=金正恩)がこんなに威勢よくやりたい放題のことをできると思っているのか? 供給を断てば、それですむことではないのか!」

このように「供給を断てばいいではないか」という趣旨のコメントは数多くあり、これが人民の声の大半であるということができよう。もちろん他の角度からのコメントもあり、たとえば「韓国から米軍が出て行けば、朝鮮半島はもっと穏やかになる」とか「アメリカが朝鮮半島にちょっかいを出しているのがいけないのだ」など在韓米軍を批難したものや、「核保有国(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国)以外の国は核を持ってはいけないって、不平等じゃない?」など、さまざまな意見がある。

携帯からネットにアクセスするユーザーの数は9億になったということだから、ネットユーザーの声は中国政府にとっては、なかなかに手ごわい。

追い詰められた中国政府は、今では矛先をアメリカに向けようとしている。

世界のほとんどの国は、北朝鮮問題で「カギを握るのは中国」とみなしているが、中国は「なぜ我が国ばかりが?」と不満を持ち、これからは「米朝関係がカギを握る」という方向に持っていこうとする傾向にある。

それが冒頭に述べた「観察者網」の「朝鮮は春節ごろに長距離弾道ミサイルを発射するらしい  王毅がめずらしく厳しい言葉」に書いてある王毅外相の「目下のカギを握っているのは、米朝双方の決断なのである」という言葉なのだ。

事実上の弾道ミサイル発射を中国の春節連休に当ててくる北朝鮮に対し、もはや「切れてしまい」ながらもなお、北朝鮮を切り捨てることができないのが中国の現状と言えようか。中国は今、国連安保理による制裁決議に賛同した場合のシミュレーションを行いながら苦悩している。

北朝鮮を追い詰め過ぎれば、もっと暴走する。そのときに北が武力を行使した時、中国は中朝軍事同盟に縛られて北朝鮮の側に付くのか。その場合はアメリカと戦うことになり、必ず敗北する。したがって、この道は選ばない。それならアメリカ側に付いて北朝鮮を滅ぼすようなことができるのか。ロシアがそれを許さないだろう。いずれにしても第三次世界大戦になる可能性を秘めている。したがって中国としては北朝鮮をそこまで追い詰めるのは危険だと思っているのである。

シミュレーションは正解を見つけることができないまま、中朝首脳会談を交換条件として北を六か国協議の椅子に着かせるかなどを模索している模様だ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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