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【連載】暴力の学校 倒錯の街 第22回 嘆願署名の中心人物

藤井誠二ノンフィクションライター

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嘆願署名の中心人物

事件直後から、宮本被告の「減刑嘆願署名運動」に動き出したのが元同僚の井上正喜である。井上は嘉穂高校定時制に長く勤め、そこでは卓球部の顧問を二五~二六年間つとめた。近大附属の専任講師になったのは、一九八五年。九四年の三月には、近大を六十六歳の定年で退職していた。近大附属に来てからは卓球部の顧問はしなかったが、宮本といっしょに顔を出した。二人は、嘉聴高校と近大附属の卓球部顧問同士という仲を含めると、二七~二八年の付き合いを続けてきたことになる。

井上の名で書かれた七月二十五日付の、「嘆願署名のお願い」はこんな文面だ。

《酷暑の候、皆様にはますますご多忙のことと拝察致します。

この度の、宮本煌が犯した痛ましい事件につきましては、誠に遺憾な出来事と痛感します。本人はいま囹圄の身となり、通夜葬儀にも参列できない自己の立場を悔い嘆き、反省の日々を送っていることと思います。

宮本は、福岡大学卒業後直ちに近畿大学附属女子高校に赴任し、現在まで二八年を大過なく奉職してまいりました。スポーツマンらしく明るく朗らかな性格で常に人に親しまれ、先輩には礼儀正しく後輩、生徒の指導に誠意をもって当たってこられました。無名の女子校の卓球部を十数年間連続して高体連筑豊地区優勝の栄冠に輝くまでの実績をつくられたのも、愛情に基づく共に汗にまみれた指導によるもので、力による暴力を背景とした結果ではありません。多数の卓球部OGが、よりよき社会人として各所に活躍しております。また筑豊卓球関係者の中心的人物として、企画、運営、競技の各方面に活躍を続け、現在に至っていますことは、皆さまご承知のとおりであります。卓球での細心の責任感にあふれた熱心な態度は、そのまま立派な社会人としての彼の特性を表しているものと思われます。常に暖かく人に接し、相手の意見をくみ入れることのできる視野の広い人物です。筑豊地区の卓球関係者として、今後の普及、発展、卓球を通しての人間育成に欠くことのできない人材だと痛感いたしております。このような宮本が、今度のような事件を惹き起こそうとは、魔がさしたとしか思われません。

皆さまには、発起人の意のあるところをおくみ取りのうえ、宮本のために、嘆願書に署名をお願い申し上げます》

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ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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