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イジメられるとなぜ心だけでなく体も痛みを感じるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
photo by Masahiko Ishida

イジメられると混乱する脳

子どものイジメ、最近はあまり報道されなくなりましたが、実際はどうなんでしょう。文科省が昨年発表した2013年度のイジメ調査では、小学校でのイジメは過去最多だったようです。現場でイジメと認識される件数と実態には大きな差がある、とも言われています。現実的にイジメが根絶されるのは難しいのではないでしょうか。我々の中に、これまでの記事で紹介してきたような「助け合いの遺伝子」「共感の遺伝子」があったとしても、こうしたイジメ行動はなかなかなくなりません。

私も小学校中学年の頃、すごくイジメられた経験があります。イジメられて感じるのは心の痛みです。体験者ならわかると思いますが、本当に胸のあたりが痛む。

被験者にボール投げ遊びをさせ、彼らの脳をfMRIでスキャンした実験(*1、米国、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究者らによる論文)では、この精神的な苦痛は肉体的な苦痛と共通の部分があることがわかっています。脳には、前帯状皮質(ACC)と呼ばれる部位があり、ここは報酬予測や意志決定、共感、情動といった認知機能に関係しています。

この実験では、被験者の一人をボール投げ遊びから仲間外れにすると、前帯状皮質の活動に混乱が起き、体が痛みを感じるのと同じ脳の反応が起きた。こうした反応が観察された脳の部分は、実際に痛くなくても痛さを予想しただけで活発に働くことが知られていて、仲間はずれ以上にひどくイジメられた脳は、さらに強く痛みを感じるようです。

イジメられた脳は社会的な恐怖を感じる

また、集団からイジメられると、人間はうつ状態になったり引きこもりになったりします。マウスを使った実験(*2、米国、イェール大学の研究者らによる論文)によれば、イジメっ子マウスからイジメを繰り返されたマウスは、イジメをしないほかのマウスも怖がるようになります。

こうした行動を観察することにより、イジメが引きこもりの原因になっている可能性が強く示唆されました。クラスメートのみんなが怖くて学校へ行けない登校拒否と同じです。

この実験で、イジメられているマウスの脳を観察すると、記憶に関係した脳内物質BDNF(脳由来神経栄養因子)の遺伝子の活動が増え、同時にさまざまな遺伝子で混乱状態が起きていました。具体的には、17個の遺伝子の働きが減り、代わりに309個の遺伝子が新たに活発化し、この中の127個の機能は約一カ月後でも残っていたのです。

遺伝子の機能に、正常な状態とは異なった変化が生じていたというわけですが、混乱が起きていた脳の場所は、神経伝達物質のドーパミンを中脳辺縁系に伝える通路です。ここは、快感とか学習意欲、感情などに関係している部分になります。ちなみに、中脳辺縁系は抗うつ剤や統合失調症の薬などのターゲットにもなっている部分です。

イジメられると脳が反応し、BDNFが増え、それが社会的な恐怖心につながっていく。こうした脳の動きは、社会的、集団的なイジメという制裁に対し、遺伝子の発現が活発化するなどして脳が変化して防御反応をしているんじゃないか、と考えられています。

イジメは肉体的な暴力と同じ

マウスの研究をしたイェール大学の研究者らは、イジメられっ子マウスの遺伝子を改変し、BDNFが増えないようにしてみたそうです。すると、いくらイジメられても、マウスはイジメをじっと受け入れるようになった。脳の防御反応を自分で抑えつけてしまったのです。

もちろん、これでイジメが解決するわけじゃありません。しかし、引きこもりなど、社会への拒否反応をやわらげる治療に役立てられるのではないか、とも考えられています。

ところで、失恋やパートナーの死、イジメなど、我々が精神的な痛みを感じたとき、肉体的な痛みのように感じるのは「社会的な生物」である人間に備わった機能かもしれない、と多角的な例を挙げた説明もあります(*3、カナダ、トロント大学の研究者による論文)。集団にとって脅威となる存在を排除する役割もある一方で、こうした機能は社会的な「報酬」と関連しているため、ネット上などで不当に批判されるのも同じ「苦痛」を伴うのでしょう。

こうしたことを考えてみると、精神的な苦痛は肉体的な痛みをもともなうからこそ、イジメやハラスメントをする側にとって葛藤も快感もあるのかもしれません。誰でも肉体的に痛めつけられるのは嫌です。しかし、それよりも精神的な苦痛のほうが耐えにくい。精神と肉体は密接につながっています。

イジメが「犯罪」的なのは、単に反社会的とか倫理に反しているからだけではありません。力による暴力行為と同じことだからでもあるのです。

(*1:Naomi I. Eisenberger, Matthew D. Lieberman, Kipling D. Williams, "Does Rejection Hurt? An fMRI Study of Social Exclusion", Science, Vol.302, 10. OCTOBER. 2003.
(*2:Olivier Berton, Colleen A. McClung, Ralph J. DiLeone, Vaishnav Krishnan, William Renthal, Scott J. Russo, Danielle Graham, Nadia M. Tsankova, Carlos A. Bolanos, Maribel Rios, Lisa M. Monteggia, David W. Self and Eric J. Nestler, "Essential Role of BDNF in the Mesolimbic Dopamine Pathway in Social Defeat Stress", Science 10 February 2006:Vol. 311 no. 5762 pp. 864-868
(*3:Geoff MacDonald, "Social Pain and Hurt Feelings", Cambridge Handbook of Personality Psychology, (pp.541-555). Cambridge: Cambridge University Press., 2009

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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