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中露は同盟へと向かうのか? プーチン大統領の訪中と中露合同演習から読み解く

小泉悠安全保障アナリスト

今月20日、ロシアのプーチン大統領が中国の北京を訪問し、習近平総書記ら首脳部と会談した。

この訪問は以前から予定されていたものではあったものの、ウクライナ危機の最中ということで非常に大きな注目を集めた。

ロシアが西側諸国から軒並み制裁を受け、関係が先鋭化するなかで、ロシアにとっての中国の存在感が非常に大きくなるのではないか、と考えられたためだ。

たとえば4月18日には、キッシンジャー元国務長官を名誉会長とする米国の有力外交専門誌『ナショナル・インタレスト』が「ワシントン最大の戦略的誤り」と題する記事において、現在のオバマ政権は中露との関係を同時に悪化させ、結果的に中露の接近という最悪の結末をもたらしてしまっていると批判している(Ted Galen Carpenter, “Washington's Biggest Strategic Mistake,” The National Interest. April 18, 2014)。

実際、今回のプーチン訪中では、中露の接近を印象づけるいくつかの出来事があった。

もっとも注目されるのは、ロシアから中国への天然ガス売却価格がついに合意されたことである。これは2018年から30年間、合計380億立方メートルという厖大な量の天然ガスを供給するものであるが、それだけに両国の主張する価格が折り合わず、10年もの間交渉が続いて来た。

最終的な妥結価格はまだはっきりしないものの、欧州向けガス価格に近い1000立方メートルあたり350ドル前後に落ち着いたほか、パイプライン建設費用の一部を中国が前払いすることに合意したとも伝えられ、事実ならば中国がある程度、ロシアに対して「折れた」格好と見られる。

ロシアの対日姿勢の変化

しかし、ロシアの国際的な立場が悪化する中で、中国はいわば優位な立場にある。こうした中でガス価格でもある程度、妥協したとなると、中国は水面下で相当の代償をロシアに求めていることが想像されよう。

それが何であったのかは今後明らかになってこようが、そのひとつは、日中間の紛争に対するロシアの立場を変更することであったのではないだろうか。

これまでロシアは中国を「戦略的パートナー」と位置づけながらも、台湾問題や尖閣諸島問題に関与することは頑に拒否し、あるいは中国と領土紛争を抱えるヴェトナムに武器を売却する等して牽制する姿勢さえ見せてきた。ロシアにしてみれば、中国はあくまで「パートナー」であり、中国の対外問題にまで巻き込まれることは避けたいとの計算が働いていたと見られる。これまで実施されて来た中露合同海上演習において、日本近海での実施を主張する中国に対し、ロシアがなるべく差し障りのない海域を主張してきたのはその一例と言える。

ただ、昨年の記事でも触れたように、近年のロシアは少しずつ中国の主張も容れるようになっており、昨年は初めて日本海での演習実施に同意した。

中露合同海上演習の司令部における一コマ
中露合同海上演習の司令部における一コマ

そして今回、プーチン大統領の訪中に合わせて実施された「海上協力2014」演習は、初めて東シナ海北部を実施海域としている。言うまでもなく東シナ海は尖閣諸島を巡って日中が対立する海域であり、同海域での演習にロシアが同意した意義は大きい。昨年、プーチン大統領は訪露した習近平総書記とともに領土保全等の「核心的利益」で協力するとした共同宣言を発表していたが、今回の演習はこれを目に見える形で示したものとも言える。

さらにプーチン大統領は「歴史の歪曲」や「戦後秩序の破壊」に反対するとして、歴史問題でも中国に歩み寄る発言を行ったほか、来年、中国と合同で「日本軍国主義とファシズムに対する勝利」の記念行事を行うと述べた。

中露は同盟へと向かうか?

こうした一連の動きを見れば、冒頭で紹介した『ナショナル・インタレスト』誌の懸念はすでに実現しつつあるようにも見えるが、実態はそこまで単純ではない。

前述のように、ロシアは中国の安全保障問題に巻き込まれることを懸念しているし、中国が政治・経済・軍事のあらゆる面で巨大すぎ、ロシアが対等なパートナーとして付き合うことは不可能であることも理解している。中国しか頼る国がなくなれば、国力差から言ってロシアは中国のジュニア・パートナーにしか成り得ないし、長期的には軍事的圧迫を受けたり、シベリア・極東に対する領土要求を受けかねない。こうした懸念があるからこそロシアは中国と一定の距離を保ち、日本、米国、インド、東南アジアなどとも安全保障上の関係を結んでバランスを図って来たわけである。

さらに衰退の止まらない極東・シベリアの新興を図るためには、日本との経済関係は不可欠だ。

このような事情はウクライナ危機が生じたからといって変化するものではない。

さらに言えば、この危機もどこかで落としどころを見つけて解決が図られる筈であり、西側との関係は一時的には停滞してもこのまま対立が続くことはないとの読みもプーチン指導部には存在している筈である(1999年のユーゴスラヴィア空爆や2008年のグルジア戦争でもロシアと西側は断絶状態に陥ったが、いずれ関係は回復している)。

したがって、現時点でロシアが中国寄りの立場を強めていることはたしかだが、このまま両国関係が緊密な同盟にまで発展するとは考えにくい。

実際、今回のプーチン大統領訪中では、ガス価格と並んで期待がもたれていた武器輸出契約はまとまらなかった。2000年代半ばまで中国はロシア製兵器の最大顧客であったが、度重なる武器技術の無断コピーにより、2000年代後半以降は大型契約がほとんど結べない状態に陥っている。最近ではSu-33艦上戦闘機やSu-35S戦闘機などについても商談があったが、中国側はあくまで技術サンプルとして少数だけを導入したいとしてロシア側と対立し、契約はまとまっていない。

今回の合同海上演習についても、ロシア側はこれまでと同様、潜水艦は参加させず(中国からは1隻が参加)、最重要機密の手の内は明かさないという姿勢を貫いた。

このようにしてみれば、中露は互いを便宜的に必要とする範囲で利用し合う関係であり、同盟のような緊密な運命共同体にまではまだ至っていないと言える。その意味では、今後、ウクライナ危機を巡るロシアと西側の関係がどの程度の段階で緩和へと向かうかが、中露関係の今後を大きく左右すると言えるだろう。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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