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ブリュッセル同時テロ事件の背景とタイミング―ISによるテロ攻撃は加速するか

六辻彰二国際政治学者
(写真:ロイター/アフロ)

3月22日、ベルギーのブリュッセルにあるザベンテム国際空港と地下鉄でほぼ同時に爆発事件が発生しました。このうち空港での爆発によって少なくとも10人が死亡し、約100人が負傷した一方、地下鉄では少なくとも20人が死亡し、約130人が負傷しました。3人の実行犯のうち2人は自爆し、ベルギー当局は残る1人の行方を追って、全土の警戒を最高レベルに引き上げ、各地で強制捜査に乗り出しています。

翌23日、「イスラーム国」(IS)が犯行声明を出しました。ISは犯行声明のなかで米国主導の有志連合に与する国への攻撃をさらに続けることを宣言しています。

ISによる犯行声明は、大方の予想通りだったといえると思います。ただし、今回のテロ事件の背景は、その場所やタイミングを含めて、様々な要因の積み重ねがあったといえます。その一方で、ISによる中東・北アフリカ外でのテロ攻撃が今後ますます加速するだろうことも確かとみられます。

なぜブリュッセルか

今回、ブリュッセルが標的になったことは、偶然とはいえません。2015年11月のパリ同時テロ事件に関与していた嫌疑で、モロッコ系フランス人のサラ・アブデスラム容疑者が3月18日に逮捕されたのは、やはりブリュッセルでした。パリでの事件では、ISがブリュッセルを拠点に計画を立て、実行したことが既に伝えられています。

ただし、パリの事件に関与した関係者が逮捕されたことは、今回の事件の引き金になったとみられるものの、それがブリュッセルでの同時攻撃をもたらした要因の全てとはいえません

ブリュッセルにはEUの本部があります。いわばEUの本丸を抱える土地への攻撃は、ちょうど9.11でマンハッタンとペンタゴンが標的になったように、それだけでもイスラーム過激派にとってシンボリックな意味をもちます。それは特に、後述するように、EUがシリア難民の処遇をめぐって3月18日にトルコとの間で協定を結び、これがイスラーム圏とりわけアラブ圏で必ずしも好意的に受け止められていないタイミングだっただけに、尚更です。つまり、「ヨーロッパによってムスリムが冷遇されている」というイメージの中心地への攻撃は、イスラーム圏における支持を集めるという観点からも、その意味をくみ取ることができるのです。

これに加えて、ブリュッセルへの攻撃は、ヨーロッパ内の分裂を加速させる点においても、その重要性を見出すことができます。現在のヨーロッパで、「ブリュッセル」には「ヨーロッパ・エリートの集まり」という特別な意味があります。EUはギリシャ債務問題やシリア難民受け入れなどでメンバーに負担増を求めてきましたが、これに対して各国では極右政党などを中心に、反EU感情が急速に広がっています。その際、ちょうど日本で「永田町」や「霞が関」が「我々の生活を顧慮しない権力者の集まり」という主旨の隠語として用いられるように、ヨーロッパ各国で「ブリュッセル」は「EUメンバーとはいえ、基本的には別の国のことに、頭ごなしに口を出してくる連中」という意味合いで用いられがちです。つまり、ブリュッセルはヨーロッパ統合の一つの中心地であると同時に、それであるが故に、ヨーロッパ内部の軋轢や摩擦の焦点にもなっているのです。

ところで、もともと各国の極右勢力に移民排斥の動きを加速させることは、イスラーム過激派にとって「ヨーロッパにおけるムスリムの迫害」のイメージ化にとって好都合でした。今回のテロ事件がEUの中心地を襲ったものであることは、各国における移民排斥運動を刺激しないはずはなく、それは引いてはイスラーム過激派の宣伝戦にとって好都合といえます

なぜ今か

先述のように、アブデスラム容疑者が逮捕されたことは、今回の事件の一つの引き金になったとみて間違いないでしょう。後述するように、シリアやイラクでISは一時の勢いを失い、勢力圏の拡大は頭打ちになっています。そのなかで、ISにとって中東・北アフリカ以外での「人目につく」場所でのテロ活動はこれまで以上に重要性をもっており、昨年11月のパリ同時テロ事件はその一つの「成功例」でした。その当事者の生き残りが逮捕されたことは、「ISが追い詰められている」というイメージを増幅させ得るもので、ISにとっては支持者予備軍を引き付けるために、アブデスラム容疑者逮捕のニュースを打ち消すようなインパクトをもつ「宣伝材料」が必要な状況に立っていたといえるでしょう。

ただし、ISにとって「不利な状況」をイメージさせる状況は、この数ヵ月で他にも生まれており、これも今回の事件を醸成した背景といえます。なかでも、シリア和平協議はISにとっても大きな影響をもちます。

2016年1月に国連の仲介で始まったアサド政権と反体制派の間の和平協議は、アサド大統領の処遇をめぐって難航しましたが、2月に米国やロシア、国連などによって構成される「国際シリア支援グループ」が、アサド政権とシリアの反体制派の間の一時停戦を目指すことで合意。その後、3月14日には和平協議が再開され、さらにロシア軍は電撃的に一部が撤退を開始しました。このタイミングでプーチン大統領が撤退を決定したことに関しては、様々な観測が流れています。しかし、いずれにせよ、ロシアと米国がそれぞれの利害からであるにせよ、ISなど以外に対する攻撃を停止すると合意したことが、海外勢力だけでなくアサド政権と反体制派のなかでISがますます孤立した印象を与えたことは確かです。これもやはり、ISに「勢いがあるイメージ」の挽回をはからせる一因になったといえるでしょう。

過激派予備軍リクルートの観点からみたもう一つのタイミング

これに加えて、先述のように、3月17、18日にEUとトルコ政府の間で、シリア難民に関する合意が成立したことも、今回の事件に多少なりとも影響を与えたとみることに無理はないでしょう。この合意に従って、ギリシャに滞在するシリアからの「移民」はトルコに送還され、トルコが一人引き受けるごとに、トルコ領内に滞在する「シリア難民」をEUが受け入れることになります。これにともない、EUはシリアから約270万人の難民を受け入れるトルコが求めていた難民支援として、60億ユーロを提供することも約束しました。つまり、「混乱に乗じてEUに入り込もうとするシリア人」は排除するが、「間違いなく難民と認められるシリア人は受け入れる」、そのためにトルコとの間でシリア人を「交換」する、というものです。

この合意は、「人道的観点から、そして『人権・人道を尊重するという国際的立場を維持する観点』から難民を受け入れないわけにいかないものの、国内政治的な要因からヒトの流入を制限したい」EUにとって、いわば苦肉の策と呼べるものです。「不法移民」の疑いのある者は送還し、「難民」という認定を得た者だけを受け入れることで、相反する要望を実現しようとしたのです。また、これによって、NATO加盟国でありながらも関係がギクシャクしてきたトルコの要望を無視しないことにもつながります。他方、トルコからみれば、難民保護のための資金を調達できます。

ただし、その一方で、西側内部でもこの交換に関する批判はみられます。アムネスティ・インターナショナルなどの国際人権団体は、「一対一」のヒトの交換が国際法に抵触する可能性があると指摘しています。さらに、イスラーム圏なかでもトルコ以外の国では、この合意が「シリア難民の苦境を救うことになるか」を疑問視する意見もみられます。例えばアル・アラビアは、トルコの人権状況から、送還された人々の処遇への懸念を示す英国の研究者の見解などを紹介しながら、暗にこの取り引きを批判しています。このようにトルコとの間でシリア人の交換が行われることは、少なくとも「人権尊重を謳いながらも、それに反してムスリムの人権を軽視するヨーロッパ」のイメージをイスラーム圏に流布するものといえます。

これらに鑑みれば、このタイミングでブリュッセルが攻撃されたことは、不思議ではありません。ISにとっては、数多くの支持者を集めることが組織としての生命線です。「ISが勢いを失っている」というイメージを払拭し、さらに「ムスリムをヨーロッパが虐げている」というイメージが広がるタイミングで、EUの中心地で目立つ攻撃を行うことは、その実際の効果よりも、組織の維持拡大という観点からみた効果が大きいといえるでしょう。

鎮圧と拡散の悪循環

先述のように、ブリュッセルでのテロ事件で犯行声明を出したISは、今後とも「十字軍勢力」に対する攻撃を続けると明言しています。そして、この宣言には多分の信憑性があるとみた方がよいと思われます。

「グローバル・ジハード」を掲げたアルカイダと異なり、ISは「イスラーム国家建設」の大方針のもとで登場し、それが多くの支持者を引き付けてきました。したがって、中東・北アフリカ外での活動は、当初はISに感化された、現地の支持者による散発的なものがほとんどでした。

ところが、昨年のパリの事件の頃から、その様相には変化がみられます。「シリア帰り」と呼ばれる、実戦経験を積んだプロフェッショナルなテロリストたちが、組織的・計画的に、しかも不特定多数の人々を対象に、攻撃を仕掛けてきています。

以前にも書いたように、この方針のシフトは、「ISがシリアやイラクで活動を活発化させるにつれて」生まれたというより、「ISがシリアやイラクで勢いを削がれるにつれて」生まれてきたものです。つまり、本拠地での戦闘で手詰まり感が漂うなか、ISにとって支持者と資金を集めるためには、より人目につく場所で、しかも支持者予備軍の関心や共感を集めやすいタイミングや場所で、テロ攻撃を行うことが欠かせない手段になっています。その意味では、シリアやイラクで鎮圧されるほど、ISは域外での活動に活路を見出しやすい環境にあるといえるでしょう。

これに拍車をかけているのが、メディアを通じたイメージの拡散です。パリの事件と同様、今回のブリュッセルの事件も、世界中のニュースがこれでもちきりになったことは、それだけでISにとっての「成果」といえます。さらに、同様の被害があったとしても、西側先進国が標的になった際、メディアの露出度は開発途上国でのそれと比べて、明らかに高いと言わざるを得ません。多くのメディアが西側先進国のメディア企業からニュースを購入している以上、当然と言えば当然かもしれませんが、「伝える力」が強い側の一方的な伝え方が、開発途上国における広範な不満を呼んだとしても不思議ではありません。そして、そのような不満をもつひとの全てがテロリスト予備軍になるわけでないにせよ、先進国に対する広範な不満の土壌を形成する要素になることは確かで、ISはむしろそれを利用しているともいえます。この観点からすると、今後ともISがより人目につく場所でテロを起こさないと想定することは、非現実的と言わざるを得ません。

このように考えてきたとき、仮に米軍がシリアやイラクに地上部隊を派遣し、現地勢力を壊滅させたとしても、その飛散や転移までも防ぐことは不可能とみられます。したがって、軍事活動そのものがIS対策として全く無意味とはいえないまでも、それだけでは不十分とみられます。つまり、武力鎮圧という「外科手術」的な対応に加えて、支持者予備軍がリクルートされにくい社会を創るという「漢方治療」的な対応が、今さらながらその重要性を高めているといえます。したがって、ブリュッセルの事件を受けて、ヨーロッパで移民排斥の動きなどが加速することは十分予想されるとしても、それはむしろISを利するものになり得るとさえいえるでしょう

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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