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アジア、アフリカでのテロの連鎖はなぜ加速したか-IS封じ込めによる二重の逆効果

六辻彰二国際政治学者
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

1月12日、ブルーモスクなど歴史的名所が集まるトルコのイスタンブールの一角で自爆テロが発生し、10名が死亡しました。続いて1月14日、今度はインドネシアのジャカルタで同時多発的な攻撃により2名が死亡。これらのテロ事件は、いずれも「イスラーム国」(IS)によるものでした。

トルコとインドネシアはいずれもイスラームを国教とは定めていませんが、国民の大半がムスリムという点で一致します。また、いずれも冷戦期から外交的には西側に近いため、1990年代以降にイスラーム復興(イスラームに熱心なひとが増え、イスラームにのっとった社会や政治を目指すべきという気運が高まる様子)が加速するなかで、それぞれの政府がしばしばイスラーム過激派から標的にされてきた点でも共通します。2014年6月のISによる「建国宣言」の後、トルコとインドネシアからはそれぞれ、少なくとも400名、60名がシリアに渡ったとみられます。トルコとインドネシアで相次いだテロ事件は、ISの活動範囲がアジアにまで拡大していることを示します。

ただし、トルコやインドネシアにISから狙われやすい条件があること自体は、今に始まったことではありません。このタイミングでISによるテロが拡散し始めた直接的な契機には、イラクとシリアにおけるIS封じ込めがあげられます。そして、ISによる海外テロの増加は、対立するアルカイダ系組織の活発化をも誘発しています

ISのシフトチェンジ

まず確認すべきは、ISとアルカイダの間にあった違いです。

2003年に設立された「イラクのアルカイダ」(AQI)を母体とするISは、その名の通り、当初はアルカイダ・ネットワークを構成する一組織に過ぎませんでした。しかし、その後、方針をめぐってアルカイダ本流と対立。世界各地で米国とその同盟者を標的にするテロを行う「グローバル・ジハード」路線を重視するアルカイダ第二代指導者アイマン・ザワヒリに対して、後にISの最高指導者となったアブバカル・バクダディは「イスラーム国家の樹立」を主張したため、最終的に2011年に前者が後者を「破門」した格好になりました。その後、AQIは「イスラーム・レバントのイスラーム国」(ISIL)に解消され、これがシリア西部を占拠したうえで、2014年6月にイラク北部にまたがる領域で「イスラーム国」の樹立を宣言したのです。

その後も、ISの主な活動は、シリアからイラクにかけての領域に集中していました。神出鬼没の「グローバル・ジハード」と比較して、領域を限定する「イスラーム国家の樹立」は、敵対勢力から狙われやすくなります。実際、米国が主導する有志連合は2014年8月からイラクで、9月からシリアで、それぞれ空爆を行ってきました。

このようなリスクがある一方で、「イスラーム国家の樹立」は支持者を集めるのに格好の手段になってきました。アルカイダもインターネットを通じて支持者に「グローバル・ジハード」を呼びかけてきましたが、その実施のほとんどは、それぞれの社会に不満を抱く支持者予備軍に委ねられ、アルカイダは単に喚起するだけでした。

それと比べて、ISによる「イスラーム国家の樹立」は、それぞれの社会に不満を抱く支持者予備軍に対して、「理想的な社会の建設に加わること」を呼びかけるものです。これはテロリスト予備軍にとって、一人あるいは少人数で、生まれ育った国などでテロを決行するより、心理的ハードルの低いものといえます。実際、「建国宣言」からわずか3ヵ月で、世界中から約1万5,000人もの支持者がシリアに渡ったとみられます。これまでにないアジェンダを設定することで、ISは数多くの支持者を集めることに成功し、これがイスラーム過激派の世界における主流派の座をアルカイダから奪う大きな原動力になったといえるでしょう。

ところが、2015年後半から、ISの方針には微妙なシフトチェンジがみられるようになりました。これまでシリアとイラクにまたがる領域にほぼ集中していた活動が、世界中に広がるようになったのです。英国の国際軍事情報企業によると、2015年の7月から9月にかけてのISの攻撃回数は全世界で1086回にのぼり、2978人が死亡しましたが、これは同年4~6月と比べて65.3パーセント増加しており、前年比で81パーセントの増加になります。そして、2015年11月にパリで129名の死者を出す同時多発テロ事件が発生したことは、記憶に新しいところです。

IS封じ込めの効果と逆効果

このように2015年後半からシリアとイラクの外でISによるテロ活動が急増したことについて、昨年10月の段階でAFP通信は「米軍主導の有志連合による対IS空爆が限定的な効果しかもたらしていないことを示唆している」と寸評を加えていました。

しかし、今年に入ってからの情勢を勘案すると、この指摘はややポイントを外していたように思われます。2016年1月、有志連合はISがシリアとイラクでの支配地域の三分の一を失ったと発表。2015年5月にイラクのラマディやシリアのパルミラを制圧した後、ISは守勢に回っているといいます。この発表を信用するならば、昨年後半の段階で、既にシリアやイラクでISの活動は制限され始めていたことになります。実際、ラマディは2015年12月にイラク軍の総攻撃によって奪還されました

だとすると、ISがシリアとイラクの外でテロ活動を活発化させたのは、シリアやイラクでISの勢いが「なくなっていなかったから」ではなく、それが「なくなりはじめていたから」と考えることができます。つまり、それが有志連合やロシアによる空爆によるものか、あるいはアサド政権や反アサド武装組織の活動の結果なのかはともかくとして、ISがシリアやイラクで一時の勢いを失い始めたとするなら、それが海外での活動のウェイトを増やす契機になったといえます。

多くのイスラーム過激派にとって、「人目を引くこと」は組織の拡大再生産に不可欠の要素です。それは支持者をリクルートするだけでなく、予備軍から資金を自発的に提供してもらう(あるいは恐喝して提供させる)ための宣伝材料になります。

ISは油田を確保していることで知られますが、「建国」を宣言した2014年段階のISの収入の内、石油収入は占領地での強奪や徴税の6分の1、強奪品の転売の5分の1に過ぎなかったともいわれます。それに加えて、2014年後半から資源価格が下落したことに鑑みれば、ISの収入がかつてほど潤沢でないことは、想像に難くありません。ISは戦闘員に400ドルの給料(外国人戦闘員は倍額)を支給していますが、今年1月にはこれが半減されたと報告されています。つまり、資金や人員を調達するために、ISにはこれまで以上に、シリアやイラクの外で「人目を引く活動」を行う必要性に迫られているといえます。

そして、ISにとって、シリアやイラクの外でテロ活動を行うことは、さほど難しいことではありません。先述のように、ISには世界中から外国人戦闘員が参集してきました。彼らは言語などが共通の出身地別の部隊に編成されています。これにより、人的ネットワークを築いた「シリア帰り」は、出身地でのテロ活動の中核を担うことになります。ISが犯行声明を出したパリの事件で、フランス国籍やベルギー国籍をもつ実行犯の多くにシリア渡航歴があったことは、これを象徴します。

つまり、シリアやイラクでの勢いに陰りがみえたことにより、ISは一度捨てた「グローバル・ジハード」を活発化させることで、生き残りを図っているといえるでしょう。

斜陽の老舗・アルカイダの抵抗

ISが各地で連続的にテロ事件を引き起こしていることは、多くの国の人々にとってだけでなく、ISと対立するアルカイダにとっても脅威といえます。それは、イスラーム過激派の世界で主流の座から引きずり降ろされただけでなく、ISが「グローバル・ジハード」に乗り出すことで、これまである程度の「住み分け」があった路線でまで競合するシーンが増えたからです。その結果、ISによるシリアやイラクの外でのテロ事件は、アルカイダの活動を活発化させる契機になっています。

1月15日、西アフリカのブルキナファソの首都ワガドゥグで、国連職員など外国人が多いホテルが襲撃され、29名が死亡。治安部隊との銃撃戦により、170人以上の人質は解放されました。この事件では、アルジェリアに根拠地をもつイスラーム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)が犯行声明を出しています。

同じく1月15日、東アフリカのソマリアではアフリカ連合(AU)平和維持部隊の基地が、同国に拠点をもつアル・シャバーブによって襲撃されました。さらに、21日に今度は首都モガディシオのビーチにあるレストランが襲撃され、少なくとも19名が殺害されました

AQIMとアル・シャバーブはアルカイダの系列に属します。ISの台頭後、タリバンやボコ・ハラムなど他の組織と同様に、これらの一部にもISに寝返る動きはありますが、「公式には」いまだアルカイダ系です。これらアフリカを代表する二つのアルカイダ系組織によるテロ活動には、もちろんそれぞれの背景や事情があるにせよ、イスタンブール(1月12日)とジャカルタ(1月14日)での事件の後、こうも矢継ぎ早に無差別殺傷事件を引き起こしたとなると、そこにはISの「露出度」が高くなることへの警戒を見出すことができます

アルカイダにしても、「人目を引く」活動によって資金や人手を確保する必要性があることは同様で、この点においても両者は競合します。つまり、ISが「人目を引く」活動をすればするほど、アルカイダを刺激し、それがアフリカで相次ぐテロ活動を促したといえるでしょう。

外科手術的な対応の過不足

こうしてみたとき、シリアやイラクでISが勢力を縮小させることは、それ自体が好ましいものであったとしても、それで世界がテロの脅威から解放されることを必ずしも意味しないといえます。ここに、国境にしばられないテロ組織の壊滅を目指すことの難しさがあります。

1月21日、米国をはじめ有志連合での軍事活動に参加する欧米7カ国の国防相がパリに集まり、ISが後退しているという認識で一致したうえ、「ラッカとモスルというISの権力中枢を破壊すること」で合意しました。その記者会見で、アシュトン・カーター米国防長官はISを「ガン細胞」に例え、その「世界中への転移と戦う」と言明しました。

ISを「ガン細胞」に例えること自体は、異論がありません。以前にも述べたように、ISの台頭は貧困、格差、不公正といった、イスラーム世界にとどまらない現代世界が抱える矛盾によって促されました。いわば本体である世界の不健全さのなかで生まれたISは、ガン細胞のように、本体を侵食しています。ただし、「切除」のみを強調するカーター長官の発言からは、その「ガン細胞」がなぜ生まれたか、なぜ拡散するかに関する意識をうかがうことができません。

既にみてきたように、根拠地での勢力低減がISをしてグローバル・ジハードを加速させてきたことに鑑みれば、転移を防ぐために中枢を切り落とすという外科手術的な対応は不可欠であっても、本体の健全さを多少なりとも回復させて「ガン細胞」が転移しにくい状態にすることもやはり欠かせません。言い換えるなら、さまざまな不公正の是正がおざなりにされたままで軍事活動のみに力を傾注することは、イスラーム過激派に引き付けられる支持者予備軍を減らし、グローバル・ジハードの脅威から世界を解放するという観点からみれば、限定的な効果しか期待できないのです。ISとアルカイダのテロ・レースが加速する状況は、むしろ長期的な取り組みの必要性を、改めて浮き彫りにしているといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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