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固定残業代は、「ブラック企業」が良く似合う?

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

固定残業代が、残業代を払わず長時間労働をさせるために、若者を使い捨てにするいわゆる「ブラック企業」で数多く利用され、違法の温床長時間労働の温床となり、社会問題化しています。

固定残業代は、「正しく」運用すると、基本的に使用者にメリットがない制度です(残業代不払いのための違法な運用が摘発されないとう場合はあり得ますが、それは違法行為を前提とする運用は論外)。

この文章の目的は、実際に固定残業代に関する裁判をいくつも経験した弁護士の立場からの問題提起です。

1 固定残業代って何?

いわゆる固定残業代制度には、以下の2パターンがあります。

a基本給のうち一部を残業代とするパターン

基本給20万(基本給に残業代5万円を含むもの)

b基本給とは別に残業代を支払うパターン

支給総額20万円(内訳:基本給15万円、5万円の定額残業代)

どちらのパターンも、支給総額が20万円であること、残業代として5万円であることは同じで、法的にはほぼ同じ問題があります。

この2パターンを、固定残業代として説明していきます。

この固定残業代が採用されている会社で、固定残業代があるから、「何時間働いても残業代はない」「労働時間も記録していない」といった会社は、数多く存在します。そして、固定残業代があるから、それが当然だと誤解している労働者が多数存在します。

結論からいえば、全て違法な運用です。こういった固定残業代の運用で働いている方は、会社に労働時間を搾取されていて、長時間労働の温床となっているのです。

2 固定残業代の「正しい運用」を理解しよう

実は、この固定残業代の「正しい運用」は、とってもハードルが高いです。

固定残業代が「正しい運用」となるのは、基本給のうち割増賃金部分が明確に区分された合意があり、固定残業代に対応する残業時間が明示され、その残業時間を超えた場合には差額賃金を支払っていることが必要です(小里機材事件・最高裁判決昭63.7.14労判523号、東京高裁判決昭62.11.30労判523号)。

例えば、近時の最高裁判決であるテックジャパン事件・最高平24.3.8(労判1060号)の櫻井龍子裁判官補足意見は、固定残業代制度の悪用によって、時間外賃金未払いが横行する現状について、以下のように述べて、警告を発しています。

該当箇所を引用しましょう(太字は、引用者によります)。

使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは、罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため、時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。

~(中略)~

便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが、その場合は、その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。

ですから、まず、「正しい運用」では、使用者は、固定残業代があってもタイムカードなどで労働者の労働時間管理を行い、固定分を超える分の差額賃金計算をして差額支払する義務があるのです。

「固定残業代をつかって、残業代計算の労務管理コストを削減しよう!」

だから、こんなアドバイスは、最高裁判事が警告を発する脱法指導になります。しかも、残業代不払いは単なる違法ではなくて、立派な「犯罪行為」ですから、犯罪行為の教唆という犯罪行為となります。

労働法を理解しようとせず、無知のままこんな指導している専門家(社労士さん、税理士さん、さらには弁護士)がいるなら、その蛮勇には驚きを禁じ得ません(まぁ、大変残念ながらいらっしゃるんでしょうね)。

正しい運用:「固定分を超える分の差額賃金計算をして差額支払いをする」

これは、すごく計算が面倒です。

少なくとも、単純に残業時間に応じた残業代を支払った方が、はるかに簡単で、労務管理コストは削減できます。

例)基本給20万、5万円の固定残業代のケース

5万円に残業が何時間分含まれているか、こんな計算で算出することになるでしょう。

・15万÷月の所定労働時間=1時間の時間単価。

・5万÷時間単価に割増率加算=固定残業代に対応する残業時間

*8時間・週40時間超過、早朝深夜、休日、休日+深夜と、残業時間によって割増率が変化するため、単純に残業時間一律で算定できません

・超過分の労働時間が残業代支払対象。

・労働時間を管理し、超過分の支払

正しい運用であれば、わざわざ固定残業代を採用する方が、労務管理コストが増えるのは明らかでは?

それでも、固定残業代が広まっているのは、違法を前提にした、脱法指導が蔓延しているからに他なりません。

3 固定残業代の合意がない違法事案がほとんど

固定残業代は、「正しい運用」は、先ほど述べたとおり、基本給のうち割増賃金部分が明確に区分された合意があり、固定残業代に対応する残業時間が明示され、その残業時間を超えた場合には差額賃金を支払っていることが必要です。

例えば、私が担当した、ニュース証券事件(東京地裁平成21年1月30日・労判930号)。この事案は、就業規則で、「月30時間を超えて時間外労働した者に時間外手当を支給し、月30時間を超えない時間外労働に対する部分は基準内賃金に含まれる」とされていたケースですが、基準内賃金のうち割増賃金にあたる金額がいくらか明確ではないとして、固定残業代制度が無効とされています。

このニュース証券事件の判旨のように、先ほど述べた複雑な計算を行い、労働者に対して、「固定残業代に対応する労働時間を明示する」ことも必要です。

これは、労働者が、自分が何時間分の残業代が予め給料として支払われていて、何時間を超えたら残業代が支払われるのか、契約当事者として、知っているべきと言う理屈。ごくごく、まっとうな考え方です。

ですが、多くの違法な固定残業代事案の運用が社会にひろがり、違法の温床長時間労働の温床となっているのです。

4 真っ当な使用者こそ怒るべき制度

残業代不払いは、企業間の公正な価格競争を阻害するという意味でも、問題があります。

法律を守っている真っ当な企業(25~60%の割増賃金も負担)は、違法な残業代不払いでコスト節減した企業と、不公平な価格競争を強いられています。

とりわけ、人件費が大きな比重を占める産業にとって、残業代不払いを行う企業との価格競争は、著しい不公平を生み出します。まじめに、労働時間削減のために必死になって経営努力(経営努力自体にもコストがかかる)している使用者からすらば、残業代不払いという犯罪行為によって、著しい不公平が生じているのです。

本来は、使用者からも、このような固定残業代の悪用に対して、厳しい批判があがっていいはずなのです。

5 固定残業代を悪用した犯罪行為を撲滅しよう

このように、固定残業代は、違法の温床、長時間労働の温床となっています。

もちろん、「正しい運用」を行っていれば、問題ありませんし、長時間労働の温床にもなりません。ですが、使用者にメリットのない固定残業代(正しい運用)を、敢えて導入する企業なんて、いないのでは?

皆さんも、ご自分や、ご家族の給与明細、もう一度確認してみてください。

6 最後に

現在政府で長時間労働を抑制することにもつながるとして、残業代ゼロ制度を導入しようとしています(詳しくは、先に書いた記事をご覧下さい)。

長時間労働抑制のために、新しい制度を入れる必要はありません。こういった、今ある法律でも違法になる、固定残業代のような違法の温床を、しっかり取り締まればいいだけです。

労働時間の上限規制が無駄だとは言いませんが、取締まりを伴わなければ、絵に描いた餅です。現状の固定残業代の取り締まり状況は、どうでしょう。。。。

仮に新しい制度を入れるなら、もっとも効果があるのは、割増賃金率のアップ+厳格な取り締まり(運用)だと思います。

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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