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簡単!残業代ゼロ法が成果主義賃金とは無関係である理由

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1 「新しい労働時間制度」

今朝から、「新たな成果主義賃金制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)」に関して、大きく報道されました。

たとえばこういった記事やニュースです。

働いた時間に関係なく仕事の成果で給料が決まる新たな成果主義賃金制度(ホワイトカラー・エグゼンプション、労働時間規制の適用除外)に関する厚生労働省の素案が明らかになった。・・・同省は26日召集予定の通常国会に労働基準法改正案を提出し、2016年4月の適用開始を目指す。

出典:毎日新聞 1月8日(木)7時30分配信

厚生労働省は7日、働いた時間でなく成果に応じて報酬を支払う新しい労働時間制度「ホワイトカラー・エグゼンプション」

出典:時事通信 1月8日(木)2時34分配信

厚生労働省は、働いた時間ではなく成果で給与を決める、いわゆる「残業代ゼロ制度」について、年収1075万円以上を対象にする方向で調整していることがわかった。

出典:日本テレビ系(NNN) 1月8日(木)1時44分配信

断言しますが、「新たな成果主義賃金制度」「働いた時間でなく成果に応じて報酬を支払う新しい労働時間制度」「働いた時間ではなく成果で給与を決める」といった制度の説明は、法的には全くの間違いです。

この制度は、単純に「残業代ゼロ法」(別名、「過労死促進法」「ブラック企業合法化法」)と呼ぶのが正解。

少なくとも成果主義とは全く無関係です。

2 なぜ成果主義と無関係なのか

簡単に説明します。

今の制度でも成果主義賃金は、世の中で多数採用されています。

珍しくもなんともありません。

例えば、タクシーの運転手さん。

基本給が全くない完全歩合制の賃金体系が増えています。これは、完全な成果主義の賃金体系です。

トラックの運転手さんや、営業職にもいらっしゃいます。

別に、完全成果主義賃金だからといって、違法ではありません(是非はさておき)。

今でも、成果主義賃金は、可能だし、実際に採用されているのです。

これだけで、簡単に、成果主義賃金体系と残業代ゼロ法が無関係である事が分かるはずです。

*注追記:完全歩合制度でも、残業代支払い義務は免れませんし、最低賃金法の規制もかかります。ですから、仮に労働時間と賃金が例えば最低賃金以下であれば、その分だけ賃金支払い義務は発生します。だからといって、成果主義賃金という「制度」自体が違法になるわけではなく、現行法でも認められています。

3 残業代ゼロ法→成果主義賃金ではない

逆に、残業代ゼロ法が成立しても、成果主義を取り入れない制度も可能です。

仮に年収1200万で残業代ゼロ法の適用を受ける労働者でも、成果主義を一切取り入れない賃金体系は可能です。

全社員が年収1200万、成果は問わず賃金同じ。この制度は、残業代ゼロ法が成立しても可能なのです。

例えば、全員年功賃金。成果に関わりなく一律に賃金が上がる会社。残業代ゼロ法が成立したからといって、成果主義賃金には変更なんてしません。

やっぱり、残業代ゼロ法と成果主義賃金は無関係です。

4 成果をだすため長時間労働をした場合

成果を出すため長時間労働をした場合を考えてみましょう。

現行法:成果を出すために長時間労働したら、残業代を払わなければならない

残業代ゼロ法:成果をだすため長時間労働しても、使用者は残業代払わなくて良い

違いは、残業代が払われるかどうかです。

だからこそ、「新しい労働時間制度」は、残業代ゼロ法と呼ばれるのです。

5 なぜ、「成果主義賃金」と言いたがるのか?

この制度は、2007年に「残業代ゼロ法案」「過労死促進法案」として世論の批判を浴び葬り去られたホワイトカラーエグゼンプションの再来なのです。

だから、

「残業代ゼロ」は隠したい  →  そうだ、成果主義ってことにして騙そう。国民は馬鹿だからな!(グヘヘへ)

こんな発想で、政府のデマゴギーが作られました(確信ある推測)。

これをそのまま報道しているメディアが、政府のデマに加担している訳です。

これは、政府はもとより、この程度のデマを見抜けず報道を続けるメディアも、あまりに罪深いとしか言いようがありません。

繰り返し言いますが、今の労働法は、成果主義賃金を一切否定していません(最低賃金は守らなければならないし、長時間労働したら残業代を払わなければならないだけ)。

労使合意があれば、今すぐ採用すればいいのです。

「お好きにどうぞ」としか言いようがありません。

6 労働時間の長さと賃金がリンクした制度?

良くある誤解ですが、現行制度は、労働時間の長さと賃金がリンクした制度ではないのです。

現行法でリンクするのは、法外残業分の残業代のみ。これによって、長時間労働を抑止しようとしているのです。

労働時間が長くなる→使用者に金を払わせる→長時間労働を抑止

残業代は、要するに長時間労働の歯止め役なのです。その歯止めを取っ払って、残業代を払わずに長時間働かせようというのが、この法律を推進している皆さんの考えです。

ちなみに、経団連の意見がこれ。経団連 「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」。年収400万での導入を求めています。

*以前私の記事で、残業代の存在意義を詳しく解説しています。 

7 成果主義なら長時間労働は抑止される?

ちなみに、私は(少なくとも行き過ぎた)成果主義賃金体系は、長時間労働を促進して、過労死を蔓延させると断言します。

成果を出せば直ぐ家に帰れるから、労働時間は減る

こういった考えは、少なくとも多くの労働者の労働実態とは乖離しています。

長時間労働による労災事故(うつ病や過労死等)で、過度な成果目標が設定されていたり、労働者間の競争をあおることで過重労働が引き起こされているのを私は目の当たりにしています。

会社から、成果を出すためにノルマは課されます。そのノルマを達成しないと昇給はできないどころか、減給の可能性があるの成果主義賃金体系。

ですから、労働者は、成果を出すために、否が応でも長時間労働に結びつきやすいのです。

数多くの職場の実態からは、成果で賃金を決めるなら、より一層厳格な労働時間規制をとらないと、長時間労働が広がるのは明らかです。

8 まとめ

「新しい労働時間制度」は、残業代ゼロ法・過労死促進法・ブラック企業合法化法と呼ぶのが正解です。

成果主義を実現する制度だなんて、騙されないで下さい。

成立しても、単に残業代が払われなくなるだけで、成果主義賃金になるわけではありません。

(追記)2015年1月16日、深夜まで働く方でも相談できるよう、ブラック企業被害対策弁護団は、真夜中の電話相談を開催します。お住まいの地域に近いところへお電話ください。

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弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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