Yahoo!ニュース

【参院選】「長時間労働の是正」を与野党で本気度チェック

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)
長時間労働が是正されれば生活時間も確保されます(写真:アフロ)

もうすぐ参議院選挙です!

あまり盛り上がっていないようにもおもえて大変残念ですが、参議院選挙です。そして、この参議院選挙では労働分野についても重大な争点が盛りだくさんです。

例えば、長時間労働是正、同一労働同一賃金、解雇の金銭解決制度、最低賃金などなど。。。

そのなかで注目したいのが、「長時間労働の是正」です。実は、この「長時間労働の是正が重要」であることについては、実は与野党認識は共通しています

まずは与党。今年6月2日に出したニッポン一億総活躍プランにはこんな記載があります。

(長時間労働の是正)

長時間労働は、仕事と子育てなどの家庭生活の両立を困難にし、少子化の原因や、女性のキャリア形成を拒む原因、男性の家庭参画を拒む原因となっている。・・・略・・・・長時間労働の是正は、労働の質を高めることにより、多様なライフスタイルを可能にし、ひいては生産性の向上につながる。今こそ長時間労働の是正に向けて背中を押していくことが重要である。

出典:ニッポン一億総活躍プランより抜粋

この引用部分は、長時間労働がどれだけ社会にとって有害であるか、的確に捉えていると評価できます。

長時間労働は、性別問わずの家庭生活など生活時間を奪い、女性のキャリア形成を奪い、少子化の原因・生産性低下の原因でもあるのです。

野党四党(民進・共産・生活・社民)においても、今年4月19日、その名も「長時間労働規制法案」を国会に提出しており、長時間労働の是正をうたっています。

詳しくは、'''こちら'''に法案概要が紹介されています。

野党も、この長時間労働の問題点を同じように良く把握しています。

要するに、与野党共通で、長時間労働是正が重要だといって選挙を戦っているわけです。

それなら、長時間労働是正は争点では無いと考えたくなりますが、そこはちょっと待って欲しい。これこそが、本日のテーマです。

長時間労働是正の要否は争点では無いが、即効性・実効性ある対策を出せているかどうかは重要な争点です

先に結論を言い切ってしまいました。

与野党どちらが本気で取り組もうとしているのか、即効性・実効性のある対策を示せているのか、与野党で対策の中身には大きな違いがでてきます。

与野党それぞれ、労働基準法の法規制に関してどのような対策を示しているのか、みていきます。

まず与党の対策

労働基準法については、労使で合意すれば上限なく時間外労働が認められる、いわゆる36(サブロク)協定における時間外労働規制の在り方について、再検討を開始する。

:|ニッポン一億総活躍プランより抜粋

この実現プラン本文には実施時期が明記されていませんが、図表化されたロードマップをみると、2018(平成30)年末までとなっています。詳しくは'''こちら'''の38頁部分の図をご覧下さい。

36協定における規制の在り方について「再検討を開始する」(=「是正する」ではなく「再検討」だけ。「再検討」した結果、現状維持でも大丈夫ということ。)に、2018年末までかける(今から2年半)という点にスピード感があるかについても、きちんと目を向けて評価をすべきでしょう。

与党は、上記のニッポン一億総活躍プラン(38頁図の部分)で野党の四党案が出している労働時間の上限規制やインターバル規制にも触れられています。

長時間労働是正や勤務間インターバルの自発的導入を促進するため、専門的な知識やノウハウを活用した助言・指導、こうした制度を積極的に導入しようとする企業に対する新たな支援策を展開する

インターバルに触れられている点は評価できますが、企業に対する支援策だけ。法的な規制とは評価できませんので、実効性があると言えるかは疑問符です。もちろん、変革する気が無い企業には無視すれば良いので喜ばしいでしょう。法規制されないのですから。

野党はどうか?

次に、野党の長時間労働規制法案はどうでしょうか?

この法案は、「過労死ゼロ、ワークライフバランス日点、労働生産性向上のため、労働時間の規制等を行う」と謳われています。

詳しくは'''こちら'''に法案概要が紹介されていますが、要点を解説すると以下の点です。

以下は、いずれも労働基準法の改正として、法律改正による厳しい規制を念頭に置いています。

1つめ。

労働時間の延長の上限規制

⇒ 36協定による労働時間の延長に上限を規定 具体的には「省令で決定」

これは、与党が法規制を見送り企業の自主的な是正に委ねたのと比較すると、明確な法規制として提案されている点が大きく評価できます。

とはいえ、具体的な上限の内容等が示されていないのと、具体的な規制を「省令で決定」するという点は、経済界への影響を考慮して柔軟性が確保できるメリットがある反面、規制が緩められかねないのではないかという点を指摘しておきたいところです。

2つめ。

インターバル規制の導入

⇒ 始業後24時間を経過するまでに、一定時間以上の継続した休息時間の付与を義務化。具体的な時間については構成労働省令で決定。

これも、与党が法規制を見送り企業の自主的な是正に委ねたのと比較すると、明確な法規制として提案されている点が大きく評価できます。

ですが、ここでも、具体的な時間を「省令で決定」するという点は、規制が緩められかねないのではないかという残念。

とはいえ、労働時間延長の上限規制、インターバル規制を、きちんと法的規制にまで高めている点が、与党との大きな違いとなります。

さらに、野党案にはこんな対策が出ています(3つめ)。

裁量労働制の要件の厳格化

⇒ 使用者が健康管理時間を把握・記録し、上限の範囲内とする措置をとることを導入の要件化

この裁量労働制の要件の厳格化の意義は、政府が先の国会で提出して継続審議となっていた労基法改正案(いわゆる「残業代ゼロ法案」または「定額¥働かせ放題法案」)と比較することで明瞭になります。

裁量労働制は、現在も長時間労働の温床となっていると警告されている制度です。労使で一定の手続を経ることで労働者が長時間労働をしても、事前に決められた労働時間しか働いていないことにされてしまいます(労働時間のみなし制度)。

具体的に'''政府の労基法改正案'''は、裁量労働制を大幅に緩和して、以下の2類型を追加しています。

ロ 事業の運営に関する事項について繰り返し、企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用し、当該事項の実施を管理するとともにその実施状況の評価を行う業務

ハ 法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用した商品の販売又は役務の提供に係る当該顧客との契約の締結の勧誘又は締結を行う業務

例えば、分かりやすいのが 「ハ」の制度。

これは、法人を顧客とする課題解決型提案営業を対象にしていますが、ほとんどの営業があてはまると言えます。

要するに、商品の販売だけの営業は対象外ですが、何らかの顧客ニーズに対して営業職が提案を行う営業は、適用対象に含まれてしまう可能性が高いのです。

結論としては、法人営業の労働者全般に対して適用できる、緩い要件になっています。

この裁量労働制で指摘しなければならないポイントは、年収要件が無いことです。

年収の低い新卒の社員(営業職でも多数存在します)について、顧客ニーズに対して提案を行うタイプの営業は、この裁量労働の対象とされかねないのが、政府が提出している法案の内容です。

野党案に戻りましょう。

この政府法案(「残業代ゼロ法案」または「定額¥働かせ放題法案」)と比較することで、野党の長時間労働に対する対策が明確になります。

◆政府⇒ 裁量労働制の規制緩和拡大

◆野党⇒ 裁量労働制の要件厳格化(労働時間把握と規制)

野党案は、さらに特色があります。それは、長時間労働規制の実効性担保のため、4 労働時間管理簿(労働時間の記録をさせる⇒刑罰付)、5 違反事例の公表です。

長時間労働による労災事件などで困るのは、きちんと悪質な使用者ほど、客観的な労働時間記録を怠っていることです。現状では、悪質な使用者ほど、長時間労働をさせても労働者が事後的に立証できないが故に、責任を免れてしまうケースが多発しているのです。

労働時間管理簿の創設は、そんな裁判実務を良く理解した、現場に即した実効性のある対策です。

また、4違反事例を公表することは、ほとんど予算を使わずに違法企業を駆逐できる実効性の高い制度です。

もう一つのポイント

与野党の長時間労働是正に向けた本気度チェックで忘れて行けないのは、既に少し説明した政府法案(「残業代ゼロ法案」または「定額¥働かせ放題法案」)の評価。

この点は、私が所属する日本労働弁護団の意見書や、ブラック企業被害対策弁護団のマンガ「ブラック法案によろしく」で詳しく解説されているのでそちらをご覧下さい。

この法案については、あらゆる労働団体、法律専門家から、長時間労働を加速させる、ブラック企業に栄養を与えるものだと強く警告されています。

与党を支持すれば、もれなくこの労基法改正がセットでついてくるのです。

おわり

いかがだったでしょうか。

与野党ともに重大性は認識している長時間労働是正。この記事が、その本気度、即効性・実効性のある対策をだしているのかのチェックとして、皆さんの投票でご参考になれば幸いです。

そして、何よりも大切なこと。それは、私たち一人一人が、きちんと投票することですね。みんなで選挙に行きましょう!!

なお、以下の記事もぜひぜひご参考に。

高度P制(残業代ゼロ)法案は参院選の重要争点です

渡辺輝人弁護士

【雇用・争点】残業代ゼロ法案は大きな争点であるのに争点化されていないのはナゼ?佐々木亮弁護士

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

嶋崎量の最近の記事