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兵役とスポーツ(2)タトゥーを刻んだトップアスリートに待ち受けていた「厳しい現実」

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
プレミア12でも活躍したイ・デウン。(写真提供:SPORTS KOREA)

プロ野球・千葉ロッテマリーンズ投手のイ・デウン(李大恩)が今季限りで日本を離れる。各種メディアで報じられたように、彼もまた兵役のために日本を離れることになった。

そのことについては以前も本欄で紹介した通りだが、現在、イ・デウンの今後は不透明な状態だ。

イ・デウンが入隊を希望していたのは、ソウル市警察庁管轄となる警察庁野球団。プロ野球選手や有能なアマチュア選手の兵役問題を解決しようとKBO(韓国野球委員会)が運営費を持つことを条件に、2005年に設立させた。選手たちは兵役の代替え制である義務警察の身分で、野球を続けることになる。

韓国の人気グループBIGBANGのT.O.Pが受験したのも 義務警察で、彼はおそらく芸能特技兵として申請。キム・デウンは「体育特技」枠を志願したと思われる。

しかし、イ・デウンは義務警察に入隊するために受けた身体検査で不合格になっている。ケガや身体的欠陥があったわけではない。もともと病弱だったわけでもない。現役バリバリのトップアスリートだ。実績からしても合格間違しと、周囲も見ていたことだろう。

だが、義務警察の身体検査の基準には、「(刺青を入れた)施術動機、意味、大きさと露出の程度が、義務警察の名誉を毀損する恐れがあると判断される者」は入隊できないという項目があり、イ・デウンはそれが原因で不合格になってしまったのだ。

(参考記事:千葉ロッテのイ・デウン、タトゥーが原因で選手生命の岐路に)

韓国スポーツ界では昨今、イ・デウンのほかにもタトゥーを入れている野球選手は多い。野球だけではなくサッカー選手にも多く、“韓国女子ゴルフ界の超絶セクシークイーン”アン・シネも左足首の内側にタトゥ―を入れているほどだ。

(参考記事:日本ならどうする?強打者に美女ゴルファー、チアドルまで!韓国スポーツ界、タトゥーに賛否両論!!

アスリートのタトゥーに関しては韓国社会でも賛否両論があるが、まさかそれが原因で兵役問題に支障が出るとは…。それがイ・デウン不合格の報道に接して感じた、率直な感想だ。

現行の基準に則れば、現在、ポルトガルの名門FCポルトでプレーするサッカーのソク・ヒョンジュンなどは完全にアウトだろう。何しろ彼は両腕いっぱいにタトゥーがあるのだから。そんなソク・ヒョンジュンに比べると、イ・デウンのタトゥーは首に入った家族のイニシャルだけだったのだが・・・。

気になるのはイ・デウンの今後である。韓国メディアの報道によると、警察庁野球団は募集人員に満たなかった場合、追加人員を募集することもあり、それがある場合、イ・デウンはタトゥーを消して再度、志願申請する考えを示しているそうだが、警察庁野球団はまだ追加募集計画を明らかにしていない。

そんな中、1989年3月生まれのイ・デウンには刻々とタイムリミットが迫っている。というのも、警察庁の場合、申請日基準で満27歳までとなっており、前回紹介した“尚武”こと国軍体育部隊も2017年12月31日基準で満27歳以下の選手が申請可能となっている。つまり、来年3月で満28歳になってしまうイ・デウンは、今年中に兵役問題を解決しなければ、野球を続ける兵役生活が送れなくなるのだ。

年内中に警察庁野球団へも尚武への入隊も難しくなったとき、イ・デウンはどうなるのか。一般兵として兵役に就くしかない。

最近では男子ゴルフのペ・サンムンが兵役のためにアメリカPGAツアーからの撤退を余儀なくされ、現在はクラブの代わりに銃を握っているが、彼もバットやボールの代わりに銃を持つことになるのだろうか……。

(参考記事:リオ五輪ゴルフ出場を熱望するも、クラブの代わりに銃を手にする韓国の“飛ばし屋”の今

ちなみに2017年度の尚武入隊者の発表は11月24日。警察庁野球団の追加募集がなくとも、もしもイ・デウンが尚武にも志願し身体検査などを受けていれば、このときにイ・デウンの今後が明らかになる。

アスリートたちの人生設計にも大きな影響を及ぼすことになる韓国の兵役。兵役を国民と義務にする国は多いが、スポーツ選手が自分の意志とは関係なく、そのキャリアの積み重ねに変更を迫る国はそう多くはないだろう。

その数少ない国が日本のすぐ隣にある。断腸の思いで日本を離れる決心をしたキム・ミヌやイ・デウンを見ていると、この事実がとてつもなく重く感じられて仕方がない。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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