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児童ポルノ禁止法改正案       重要論点についての〈注釈〉

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士

6月5日に、衆議院で児童ポルノ禁止法改正案が可決されました。その議事録(未定稿)が、みんなの党の山田太郎参議院議員のホームページに公開されています。かなり重要な議論がなされていますので、その議事録の中から今回の重大な改正点である、児童ポルノ(3号)の定義および単純所持の禁止・処罰に関する議論を注釈の形で抽出し、まとめてみました。

2014年6月4日(水)法務委員会(衆議院インターネット審議中継)

■児童ポルノの定義について

【改正案】

第3条3項3号 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部、臀(でん)部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するもの(太字強調部分が改正案、以下同じ)

  • 殊更(ことさら)に・・・一般的には、合理的な理由なく、わざわざとか、わざととかといった意味。当該画像の内容が性欲の興奮または刺激に向けられていると評価されるものかどうかを判断する要素となる。その判断は、児童の性的な部位が描写されているのか、あるいは児童の性的な部位の描写が画像全体に占める割合、例えば時間や枚数といった客観的要素に基づいてなされる。
  • 児童の性的な部位・・・衣服の全部または一部を着けない児童の姿態のうち、児童の性器等、例えば性器あるいは肛門または乳首が露出をしているというもの、さらに性器等のみでは処罰範囲が狭過ぎて、例えば裸の児童を後方から撮影して性器等が写っていないようなものも含めるという趣旨。
  • 強調され・・・描写の方法を含めた写真及び映像等の全体から判断される。例えば、着衣の上から撮影した場合や、ぼかしが入っている場合、あるいは児童が意識的に股や胸を強調するポーズをとっていない場合であっても、性器等やその周辺部を大きく描写したり長時間描写しているかどうか、また、着衣の一部をめくって該当する部分を描写しているかどうかなどの諸要素を総合的に勘案して判断される。
  • 性欲を興奮させ又は刺激するもの・・・一般通常人を基準に判断する。

■所持の一般的な禁止について

【改正案】

第3条の2 何人も、児童買春をし、又はみだりに児童ポルノを所持し、若しくは第2条第3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管することその他児童に対する性的搾取又は性的虐待に係る行為をしてはならない。

  • 本条の趣旨・・・性的搾取または性的虐待に係る行為が許されるものではないことを理念として宣言する規定。
  • 何人も児童ポルノを所持してはならない・・・例えば、児童ポルノ製造が違法化される前につくられた映画や書籍の中には、児童ポルノに該当しうるようなものも含まれている可能性がある。しかし、例えば、図書館、アーカイブス、報道機関、あるいは、出版社などが、みずからの倉庫、書庫などを総点検して、児童ポルノが存在するか否かを点検する必要はない。廃棄、削除等の具体的義務を課すものでもない。

■自己の性的好奇心を満たす目的での所持の処罰について

【改正案】

第7条1項 自己の性的好奇心を満たす目的で、児童ポルノを所持した者(自己の意思に基づいて所持するに至った者であり、かつ、当該者であることが明らかに認められる者に限る。)は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。自己の性的好奇心を満たす目的で、第2条第3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚的により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管した者(自己の意思に基づいて保管するに至った者であり、かつ、当該者であることが明らかに認められる者に限る。)も、同様とする。

  • 自己の性的好奇心を満たす目的で・・・児童ポルノの所持一般が処罰対象となるのではなく、目的によって限定する趣旨。この「目的」は、所持に至った経緯、所持の態様あるいは分量、さらには所持している対象の内容等の客観的事情からの推認によって、「自己の性的好奇心を満たす目的」か否かが立証される必要がある。

研究目的や報道に携わる者が取材の過程で、取材の必要性から児童ポルノを所持するに至ったような場合は、「自己の性的好奇心を満たす目的で」の所持ではない。

児童ポルノを例えば第三者から勝手にメールで送りつけられた場合や、勝手にかばんの中に放り込まれた場合、あるいは他人によって自分のロッカーの中に入れられてしまったような場合は、「自己の意思に基づいて所持するに至った者」に該当しない。ただし、送りつけられた時点では自己の意思に基づくというものでなかったとしても、その後、メールに添付された児童ポルノ画像を開き、当該ファイルが児童ポルノであることを認識した上で、性的好奇心を満たす目的を持って、これを積極的な利用の意思に基づいて自己のパソコンの個人用フォルダに保存し直すなどしたときは、その時点で新たに自己の意思に基づいて所持するに至った者となる。

児童ポルノの取得当時は「自己の性的好奇心を満たす目的」があっても、本改正法の罰則規定施行時点で「自己の性的好奇心を満たす目的」がなくなっていれば犯罪は成立しない。過去に取得した児童ポルノがないかどうか、自宅の書棚や倉庫等を総点検する義務もない。ただし、児童ポルノが発見された場合に、「自己の性的好奇心を満たす目的」での所持か否かは、所持者の内心についての供述だけでなく、(上述のように)児童ポルノの所持の態様、分量、所持している対象の内容等の客観的事情からの推認により認定される。

  • 自己の意思に基づいて所持、保管するに至った者・・・所持あるいは保管開始の時点において、自己の意思に基づいて所持、保管するに至った者。
  • 当該者であることが明らかに認められる・・・自己の意思に基づいて所持するに至ったと思われる者について、真に当該者であるかどうか、厳正な捜査に基づいて客観的な証拠が集められ、それに基づいて立証されなければならないという趣旨。

■いわゆる盗撮の処罰について

【改正案】

第7条5項 前2項に規定するもののほか、ひそかに第2条第3項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を写真、電磁的記録に係る記録媒体その他の物に描写することにより、当該児童に係る児童ポルノを製造した者も、第2項と同様とする。

  • 本項の趣旨・・・いわゆる盗撮を処罰するための規定。
  • ひそかに・・・描写の対象となる児童に知られることのないような態様でという意味。盗撮されていることに児童が気づいてしまった場合であったとしても、ひそかに児童に知られないようにこれを撮影しているような行為も含まれる。
  • 製造・・・製造とは、ひそかに写真等に描写することであるから、「複写」は含まれない。

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以上が今回の改正での重要な論点である、児童ポルノ(3号)の定義および単純所持の禁止・処罰に関する、いわば立法者意思の内容です。これらはあくまでも立法者の解釈ですので、改正法が実際に施行された後でもこのような解釈がなされるという保障はありません。しかし、一つの重要な判断基準であることは間違いありません。

なお、この定義と単純所持の禁止・処罰についての私の疑問と批判は、次のものを参照していただければと思います。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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