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「私は生き残りたい」深刻化する人身取引に揺さぶられるベトナム【後編】だまされ売春させられる女性の苦悩

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ベトナムの少女。若い女性が人身取引被害に遭う事例がある。筆者撮影、ハイフォン市。

経済成長著しく、注目を集めるベトナム。だが、ベトナムは人身取引という大きな問題に直面している。この記事の【前編】では、ベトナムのストリートチルドレンや人身取引被害者の支援組織「ブルードラゴン・チルドレンズ・ファンデーション」の取り組みや、日本の国際協力機構(JICA)による人身取引被害の予防と人身取引被害者保護に向けた全国レベルのホットラインの設置プロジェクトについて伝えた。今回の【後編】では、ベトナムにおける人身取引被害の実情をリポートしたい。

◆少数民族が被害者に? 人身取引の実態に残る不明点

ハノイの路地。筆者撮影、ハノイ市。
ハノイの路地。筆者撮影、ハノイ市。

【前編】で伝えたように、ベトナムでは人身取引の被害が広がっている。この半面、ベトナムでは、どういった人たちが人身取引の被害に遭っているのだろうか。

「少数民族の女性の被害が多いと言われているのですが、統計がないのでよくわからないのが実態です」

JICAの人身取引対策専門家である小川佳子さんはこう話す。

JICAの支援で設置した人身取引対策のためのホットラインは、ベトナムの最大民族キン族の話すベトナム語を使って相談を受け付けている。だが、少数民族はそれぞれ独自の言語を持つ。共通語であるベトナム語を使える人も少なくないが、ベトナム語以外の言語を日常的に使っているケースも多い。

ただし、小川さんは「電話をかけてくるのは男性が多く、被害者の父親など男性の親族が電話してくることが多いようです。家族の中で、ベトナム語の話せる人が電話をしているという可能性もあり、少数民族からかかってきていることもあると思います」と説明する。

ベトナムの親子。ベトナムの人は家族を大事にすると言われる。筆者撮影、ハイフォン市。
ベトナムの親子。ベトナムの人は家族を大事にすると言われる。筆者撮影、ハイフォン市。

日本の外務省のHPによると、ベトナムは54に上る民族を抱える多民族国家だ。最大の数を有するキン族が総人口約9,250万人のうち約86%を占め、残りは53の少数民族となっている。

ただし、少数民族の生活水準や経済状況、学業達成、健康状態などは一般的に、最大民族のキン族と比較して、不利な状況にあると指摘されている。

経済状況や学業達成の状況などからリスクにさらされる懸念が大きい少数民族が、人身取引の被害に遭うケースが少なくないとみられている。

しかし、具体的な統計がないため、被害者の背景が十分には明らかになっていないのだという。

人身取引の被害を減らすための効果的な対策を打ち出すには、現在起きている人身取引の実態を解き明かすことが欠かせないだろう。人身取引の実態をより深く明らかにすることが、今後の課題になりそうだ。

◆近隣諸国だけではなく「世界」に売られていく人身取引の被害者

ベトナムの女性。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの女性。筆者撮影、ハノイ市。

では、ベトナム人の人身取引被害者は、いったいどこに連れて行かれるのだろうか。

2004~2009年にベトナム人の人身取引被害者が連れて行かれた先は、中国が全体の60%を占め、ほかにはカンボジアが11%、ラオスが6.3%と、ベトナムと国境を接する近隣諸国が多かった。

一方で、その他の国に連れていかれた人が22.7%もいたという。

小川さんは、「ベトナムは戦争時に多数の人が国外に出た経緯があり、世界中にベトナム人のコミュニティがあるためか、人身取引についても連れて行かれる場所は多様で、イギリスや中東、さらに旧社会主義圏というケースもあります」と説明する。

ベトナムは、フランスによる植民地支配、日本軍の仏印進駐を経て、故ホー・チ・ミン国家主席が1945年9月2日に独立を宣言した。

しかし、その後、ベトナムは長期間にわたる戦争を経験する。そして、1975年のサイゴン陥落を経て、現在のベトナム社会主義共和国が成立したのは1976年のことだ。

こうした長い戦争と社会主義国の成立という流れの中で、ベトナムからは多数の人が陸路で、あるいは船に乗り、別の国を目指した。読者の中には、「ランドピープル」「ボートピープル」という言葉を思い浮かべる人も少なくないだろう。

そうした人たちは米国やフランスなどの欧州諸国、豪州、そして日本などに「難民」として受け入れられた後に、定住していく。

ベトナムの女性と子ども。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの女性と子ども。筆者撮影、ハノイ市。

さらに、ベトナム戦争終結後、東西冷戦の中、「戦後」ベトナムの対外関係は旧社会主義陣営との関係を中心としていたが、その際にベトナム政府が労働者をソ連、東ドイツ、チェコスロバキア、ポーランドなど旧社会主義諸国に送り出した経緯がある。

こうした旧社会主義諸国に送り出されたベトナム人の中には、後に帰国した人もいるが、中にはそのまま現地に残った人もおり、今もロシアやドイツ、チェコ、ポーランドなどにはベトナム人コミュニティが存在するという。

こうした世界に広がるベトナム人コミュニティの存在からか、人身取引の被害者が連れて行かれる先も多様だというのだ。被害者の追跡は簡単ではないだろう。

◆「生き残りたい」「故郷に帰りたい」

ベトナムの女性。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの女性。筆者撮影、ハノイ市。

「生き残らなければならない。

故郷に帰る方法を見つけ出さなければない。

私はそう思いました」

これは、人身取引の被害に遭った1人のベトナム人女性の言葉だ。

ハノイ市にある人身取引被害者支援施設「ピースハウス」に保護された人身取引被害者の体験談を集めた[Documentacion/Documentos/Publicaciones%20coeditadas%20por%20AECID/Peace%20House%20Shelter.%20Survivors%20of%20Trafficking%20in%20their%20own%20words.pdf 「Peace House Shelter:SURVIVORS OF TRAFFICKING IN THEIR OWN WORDS」]を読むうち、私は1人の人身取引被害者の女性の言葉を見つけた。

JICA専門家として人身取引対策プロジェクトに派遣された合田佳世さんが「被害者の実情を知るのに参考になります」と、送ってくれたのがこの資料だった。ピースハウスは、ベトナムの女性開発センター(CWD)が運営する人身取引被害者の保護施設で、スペイン国際開発協力機構(AECID)などの支援を受け、被害者保護・社会復帰支援に取り組んでいるという。

一方、「生き残らなければならない」との痛切な思いを発したこの人身取引被害者の女性は、ベトナム北部山岳地帯ラオカイ省のサパで生まれた人だった。

サパはフランス植民地時代に避暑地として開発されたまちだが、女性の家族は貧しく生活は大変だった。

そのため、女性は高校卒業後に進学をあきらめ、中国との国境付近にあるラオカイ市(ラオカイ省の省都)で建設労働者のために料理を作る仕事に従事していた。

この仕事はきつかったというが、女性は仕事を続けた。そして、ある時、友人の紹介で、1人の男性と知り合うことになる。女性は当初、この男性と電話でやり取りしていただけだったが、後に実際に会うことになり、交際を始めた。

一方、ある日、この男性に「中国に行ってみないか」と誘われ、同行したことで彼女の人生は大きな転機を迎える。

中国に行ったものの、そのまま売春宿に連れて行かれ、売春を強要されることになったのだ。

男性にだまされ、売られてしまったのだ。

さらに、この男性はその後にベトナムに戻ってしまい、女性は1人売春宿に残され、そこで何度も激しい暴力を振るわれたり、「従わなければ殺す」と脅されたりし、売春を強制された。追い詰められ彼女は命令に従うほかなくなったという。

自由を奪われ、逃げる方法もない状況に置かれたとき、彼女はなにを考えたのだろう。

想像を絶する事態だが、それでも、女性は「生き残りたい」と思い、決してあきらめることはしなかった。その後、売春宿の「マダム」が彼女に同情し逃がしてくれたことで、やっとベトナムに帰ることができた。

経済成長の時代に、人身取引という苦悩をベトナムは抱えている。筆者撮影、ハノイ市。
経済成長の時代に、人身取引という苦悩をベトナムは抱えている。筆者撮影、ハノイ市。

だが、「生き残りたい」と思ったとしても、すべての人が逃げられるわけではない。

そして、人身取引被害者の保護施設に保護されることのない、人身取引の被害者もいる。

支援組織や各国政府などがベトナムでの人身取引対策事業を進めているが、こうした支援を今後も継続するとともに、さらに支援を広げる必要があるだろう。そして、社会全体で人身取引に対する理解を深め、対策を講じ、これを継続することが求められる。

生き残りたい――。こうした叫びを発する人を増やさないために、なにができるのか。そのことが今、問われている。(了)

■用語メモ

【ベトナム】

正式名称はベトナム社会主義共和国。人口は9,000万人を超えている。首都はハノイ市。民族は最大民族のキン族(越人)が約86%を占め、ほかに53の少数民族がいる。

【人身取引】

「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人、特に女性及び児童の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議定書(人身取引議定書)」 では、人身取引を以下のように定義する。

「搾取の目的で、暴力その他の形態の強制力による脅迫若しくはその行使、誘拐、詐欺、欺もう、権力の濫用若しくはぜい弱な立場に乗ずること又は他の者を支配下に置く者の同意を得る目的で行われる金銭若しくは利益の授受の手段を用いて、人を獲得し、輸送し、引渡し、蔵匿し、又は収受することをいう。搾取には、少なくとも、他の者を売春させて搾取することその他の形態の性的搾取、強制的な労働若しくは役務の提供、奴隷化若しくはこれに類する行為、隷属又は臓器の摘出を含める。」(同議定書第3条(a))

【人身取引とベトナム】

米国務省が発表した「2015年人身売買報告書(Trafficking in Persons Report 2015)」では、各国の人身売買状況について、最上位の「ティア1」(米国の「人身売買被害者保護法」の最低基準を満たしている)、これに続く「ティア2」(最低基準を満たさないが努力中)、最下位の「ティア3」(最低 基準を満たさず努力も不足)にランク付けしているが、ベトナムはティア2に位置づけられている。

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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