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人はなぜ偽りの自白をするのか:袴田事件、再審開始決定:冤罪を防ぐために

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

■袴田事件、再審開始決定

1966年に静岡県で一家4人が殺害、放火された「袴田事件」で強盗殺人などの罪に問われ、死刑が確定した袴田巌死刑囚(78)の第2次再審請求審で、静岡地裁(村山浩昭裁判長)は27日、「重要な証拠が捜査機関に捏造(ねつぞう)された疑いがある」として、再審開始を認める決定をした。

出典:袴田事件、再審開始決定=「証拠捏造の疑い」―逮捕から48年・静岡地裁 時事通信 3月27日Y!

開示証拠に含まれていた袴田死刑囚の供述テープは、「自白」した15日後に録音され、警察の取り調べに犯行を認めた内容。弁護団はテープを鑑定した結果から、「『秘密の暴露』はなく、無実の人の虚偽の自白だ」と主張する。

出典:図解・社会】袴田事件の確定判決と検察・弁護側の主張(2014年3月)時事ドットコム

「重要な証拠」と「自白」によって死刑が確定されていた袴田事件。証拠にも自白にも疑いがあるとされ、再審開始が決定しました。

■虚偽自白

実際に自分の犯行であれば、観念し自白することはわかります。でも、なぜやっていいない犯行を「自白」してしまうのでしょうか(虚偽自白)。そんなことをすれば、大変なことになることは、わかっているはずなのに。

■虚偽自白の理由:目の前の苦しみから逃れたい

実際には犯行を犯していないなら、突然の逮捕取り調べは、本当に青天の霹靂(せいてんのへきれき)です。真犯人なら、徐々に警察の手が伸びてきていることを感じ、覚悟し始めているかもしれません。あるいは、逮捕されることに慣れている人なら、自分の利益になるように「適度な自白」ができるかもしれません。

しかし、身に覚えのない人にとって、逮捕取り調べは、衝撃的で、茫然自失状態になるのは当然です。極度の不安、恐怖、緊張状態になるでしょう。その状態で、毎日責め立てられます。

人は、何とか今の苦しみから逃れたいと思います。もちろん、自白などしてしまえば、後になってなおさら苦しいことになるのですが、それは先の話です。

食べ過ぎ飲み過ぎや、勉強をサボれば、後で苦しいことになるのですが、人はしばしば今の快楽を選び取ってしまいます。

理屈では大きな苦しみが来るとわかってはいても、先のことであれば、人はその苦しみを小さく感じます。今、「自白」してしまえば、今現在の苦しみから逃れられると思ってしまうと、自白してしまうことがあるのです。

火事の現場で、救出を待ちきれず窓から飛び降りてしまう人と同様の心理です。

■虚偽自白の理由:後で何とかなる

真犯人でもないのに有罪になれば大変なことになることはわかっています。しかし、多くの善良な市民は、警察や裁判所を信じています。今はとりあえず自白してしまっても、きちんと捜査してくれれば真犯人が見つかるはずだ、裁判できちんと説明すれば裁判官はわかってくれるはずだと思ってしまうことがあります。

もちろん、一度自白してしまえば、そんなに簡単なことではないのですが、気が動転している不安と恐怖と緊張の中で、人は自分に都合の良い楽観的な予想をしてしまいます。

火事の現場で飛び降りてしまう人は、普段ならそんなところから飛び降りないのですが、追い詰められると、飛び降りても大丈夫な気がしてしまうのです。

■虚偽自白の心理:作られる記憶・善良な被疑者と真面目な刑事によって

警察も、冤罪を作ろうと思って作ろうとしているわけではありません。しかし、真面目な警察官の中には、捜査段階でこの被疑者(容疑者)が真犯人だと確信してしまう人がいます。いったん確信してしまえば、他の可能性が見えなくなります。自白、証言を誘導してしまうことも起きてしまいます。

善良な被疑者と真面目な刑事によって、犯行のストーリーが作り上げられることがあります。真犯人ではないので、実際の犯行のことは知らないのですが、取調官に「〜だよな」と言われれば、「はい」と答えてしまいます。

「〜じゃないか」と言われると、実際にそんなことがあったように感じてしまい、ありもしないはずの記憶が作られてしまうこともあるほどです。

■虚偽自白を防ぐために

ウソを見抜く必要があります。真犯人なのに「やっていない」と言っているウソを見抜かなくてはなりません。無実なのに「やった」というウソを見抜かなくてはなりません。

しかし、言葉や態度だけでは、専門家でもなかなか嘘を見抜けないのです。大切なのは、まずウソをつかせないことです。

意図的なウソをつかせないためには、共感的な態度と共に証拠はあがっていてウソをつくのは無駄だと思わせる必要もあるでしょう。一方、誘導されたり責め立てられてウソをついてしまうようなことを防ぐためには、リラックスさせ、自由に話をさせることが必要です。

いずれの場合にも、裏付けが必要です。秘密の暴露にあたるような、真犯人しか知らないはずの供述。あるいは、供述通りに別の目撃者や物証が出たということが必要でしょう。

長い間、日本では「自白は証拠の王様」と言われてきましたが、もはや自白だけでは不十分な時代です。現在の日本では、拷問はもちろん認められませんし、長時間の取り調べも認められません。昔の刑事ドラマに出てきたような、カツ丼を食わせることも認められません。

免罪を防ぐためには、より洗練された取り調べと、物証を重んじた捜査が求められるでしょう。

■冤罪を防ぐために

48年前、静岡市清水区で、一家4人が殺害された、いわゆる袴田事件で、静岡地方裁判所は27日、裁判のやり直し、再審の開始を決定した。犯行着衣とされた衣類は、ねつ造された疑いがあると指摘する踏み込んだ決定だった。

出典:「袴田事件」再審決定 犯行着衣とされる衣類ねつ造の疑いと指摘 フジテレビ系(FNN) 3月27日

袴田事件、再審開始決定…衣類「ねつ造の疑い」読売新聞 3月27日(木)

被疑者を有罪にするためには、絶対に真犯人だと確信し、証拠を集める必要があるでしょう。しかし、確信してしまえば、他の証拠が集められなくなり、集まった証拠はすべて被疑者が犯人だと示すものと解釈され(認知的不協和理論)、さらには、熱心さと保身のあまり、ねつ造といった違法なことまで起きてしまえば、最悪です。

警察官の正義感と仕事熱心さが適正に働くためには、どこかで心のブレーキをかける必要もあるでしょう。

各警察ではすでに冤罪を防ぐためにさまざまな活動が始まってはいるのですが。

拷問は正しい自白を生むか:袴田事件再審決定:冤罪を防ぐために:Yahooニュース個人「心理学でお散歩」

17時間にも及ぶ取り調べ。汗を拭いたり、手を机につくだけで叩かれた。トイレにも行かせてもらえず、取調べ室に便器を置かれた。

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社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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