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乗客はなぜ暴力を振るい暴言を吐くのか

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
日本民鉄協会「STOP暴力!キレたとかムカついたなんて理由にはならない」ポスター

乗客と口論になった鉄道職員が線路に降りさらに高架線から飛び降りる事故が起きました。前の記事「車掌はなぜ制服を脱ぎ飛び降りたのか」に続き、今回は乗客に関して考えます。

■鉄道職員が受ける暴力

国土交通省の調査によれば、2014年度中に発生した鉄道職員への暴力行為は、全国で887件でした。大手民間鉄道16社の日本民営鉄道協会の調査では、2015年度には792件の暴力事件が発生したと報告されています。

多くの鉄道職員が、乗客による暴力暴言に悩んでいます。

■いつ、誰が、なぜ

上記民鉄の調査によれば、加害者の72パーセントが酒気帯びでした。曜日で最も多いのが、金曜日。次に多いのが土曜日と日曜日でした。時間帯では深夜22時から翌午前5時までが最多で、月別では12月が最多でした。年代別では、どの世代でも見られますが、最多は60代以上でした。

事例としては、携帯電話を注意して殴られたり、自動改札口を通れなかった客に殴られたりしています。終電を逃した乗客に殴られたり、寝ていた乗客を起こしていきなり殴られることもあります。そして国交省の調査では、暴力行為の3割が「理由なく」でした。

■酒と暴力

アルコールは、自殺や暴力など、様々な問題行動に影響を与えています。アメリカの研究では、傷害事件の 20%、性犯罪の 16%、暴力犯罪全体の 19%が酩酊下での犯行でした。酒は、理性を失わせ、衝動性を高めます。

鉄道職員への暴力統計を見ると、週末や年末の夜、酔った乗客による行為が目立ちます。店では機嫌よく飲んでおり、店員も酔っ払いの相手をすることこそが仕事であり、あるいはトラブルが起きそうな時は仲間が防いでくれることもあるでしょう。

ところが駅では、酒を飲んで座っていれば良いのではありません。なんとか電車に乗って1人で帰宅しなければなりません。これはストレスです。居酒屋と違い、駅は酔っ払いのためにあるわけではなく、守らなければならない規則もあります。このような状況でイラつく人も多くなるのでしょう。

日常的にストレスを溜めている人は、酒が入るとストレスのはけ口として暴力暴言が出やすくなります。たまたまその矛先が駅員に向くこともあるでしょう。

もっとも、酔ってもいないのに暴力暴言をふるう人もたくさんいるわけですが。

■鉄道職員はなぜ狙われるのか

ストレスのはけ口として、なぜ鉄道職員が狙われるのでしょう。ストレスがたまった人の中には、誰から構わず、攻撃を向けてくる人がいます。ただそうは言っても、反撃される人には向いにくいでしょう。そこで、通りすがりの店の看板を蹴飛ばす人もいますし、絡んでくる人もいます。

鉄道職員は、反撃してこないために、攻撃のターゲットとされやすいでしょう。さらに、駅員や乗務員は、制服を着て、ルールを守らせようとする存在です。これは、ストレスがたまった人からは、気に食わない存在になりやすいと言えるでしょう。

時として、制服職員は、自分を締め付ける社会の象徴となってしまうのです。

ストレスでイライラした人だけではなく、うつと暴力事件には相関があるという研究もあります。幸福感がなくなり、気持ちが沈みこんでいる状態も、暴力が出やすくなります。

■高齢者の暴力暴言はなぜ多いのか

高齢者の犯罪は増えています。人口の割合増加以上に増えています。万引きも、今や少年ではなく高齢者の犯罪です。高齢者の犯罪の背景には、孤独と不安があると言われています。

また高齢者は、長年親しんできたルールや習慣があります。それなのに、自分がよく分からない新しいルールや習慣によって注意されると、自尊心が傷つき、暴力的な態度に出る人もいるでしょう。

また、鉄道職員等は非常にしっかりとした態度をとるべきだと感じている高齢者もいます。自分の考える規律とずれることをされると、腹が立ち、説教や暴言暴力が出てしまう高齢者もいます。鉄道職員は、言い返してこないためにちょうど良い説教相手になってしまうこともあるでしょう。

■穏便に済まそうとする態度

暴言暴力を受ける現場の職員は悩んでいます。しかし、乗客を次々と告訴するということにはなっていません。暴力をふるっても、翌日家族とともに謝罪に来れば、それで事は済んでしまったりします。

鉄道会社としては、乗客をやたらと告訴しないでしょう。それは間違ってはいないとは思うのですが、乗客による暴力がなかなか社会問題化しない理由の一つにもなっていると思います。時には、鉄道会社による断固とした態度も必要でしょう。

客でも、酔っていても、暴力も暴言もゆるされない社会を作らなければなりません。

■事故、列車の遅れに際しての乗客のストレス

これまでも、事故などで列車が遅れたために暴言暴力が発生した事例がいくつもあります。ストレスがたまり過ぎれば、人は爆発します。このような爆発を防ぐためには、適切な情報が必要だとされています。

電車が遅れているのに、何が起きたのか、いつ列車は動くのか、全くわからない状態では、ストレスが非常に高まります。どこで何が起きて、この後どうなるのか。適切な情報を与えることが、暴言暴力、暴動などを抑える効果があります。

さらに、その時々の状況によっても、乗客の態度は変わるでしょう。時間帯、混雑具合、地域性、いろいろです。ある地域のある路線では、列車が5分程度遅れても、誰も何言わずに静かに待っています。ところが、別の地域の別の路線では、5分の遅れに暴言が飛び交うところもあります。

■怒りっぽい人、乱暴な人の特徴

心理学的には、いつも怒りっぽい人は、不安定で、自分を守ろうとしていると言われています。自己存在の希薄さが、他者への暴言暴力となるのです。また、怒りやすい人は、他者の行動を悪意あるものとして感じやすく、さらに、自分の行動の理由を他者に向けてしまう特徴もあります。

つまり、寝ていたのを起こしてくれた善意の鉄道職員なのに、悪意ある人に感じてしまうことがありますし、自分が終電に乗り遅れたのは駅員のせいだなどと感じてしまうこともあります。

普通は、大人であるなら感じても我慢をするのですが、鉄道職員相手に、我慢できない、我慢しなくても良いと考えてしまう人もいるのでしょう。

■乗客からの暴言暴力を防ぐために

鉄道職員たちは、すでに十分注意しています。職場での研修で、トラブルを起こしにく声のかけ方などを学んでいます。

強い感情は、多くの場合ほんの一瞬です。たとえば、乗客に強い怒りが湧いても、10秒暴力を抑えることができれば、その後も暴力が出ないこともあります。

今回近鉄で起きた事故(「車掌はなぜ制服を脱ぎ飛び降りたのか」)で、何が起きたのかは不明です。

ただ一部報道によると、乗客と車掌が「口論」になったと言われています。この報道が事実であるとすれば、口論になった時点で、乗客対応に失敗してしまったと言えるでしょう。

あるいは、乗客に人として許せない発言や暴力的な態度があったのかもしれません。乗客も批判されるべきなのかもしれませんが、何が起きたのか、事実は全くの不明です。そして何があったとしても、口論になったとしたら、それは問題を悪化させるだけでしょう(別の報道では、単に「対応中」という表現をとっていますが)。

安全な交通のためには、ハードの整備とともに、働く人の心の健康が必要です。もしも職員側にもっと心の余裕があり、違う対応になっていれば、結果は違っていたかもしれません。

2005年に発生した福山線脱線事故の原因は、運転手が自分のミスで「日勤教育」と呼ばれる研修(罰)を受けたくない一心で、車掌と運転指令所の会話に気を取られ、ブレーキが遅れたこととされています。

ミスもトラブルも、防止するためには、私たち乗客と職員の心の健康と余裕が必要です。職員もストレスがたまり、乗客に乱暴な態度等をとってしまえば、さらにトラブルは広がります。

「心の不調が、人間関係を悪化させ、環境を悪くし、それがさらに心を苦しめる。この悪循環を断ち切らなければなりません」(「心の健康の守り方」Yahoo!ニュース個人有料)。

鉄道職員と乗客が協力し、暴言暴力のない、安全な鉄道を作っていきましょう。

(一部誤字を訂正。13:20)

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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