難病のFC岐阜・恩田聖敬氏がブログを開設。ALSの日々や思いを発信
サッカーJ2・FC岐阜の前社長の恩田聖敬氏が難病・ALS(筋萎縮性側索硬化症)への罹患を発表して1年あまり。
恩田氏は就任当時J1・J2を通じて最年少社長として、そして経営難にあえぐFC岐阜の立て直しをまかされた存在として注目を集めました。ラモス瑠偉監督はじめ川口能活選手や三都主選手の就任でもニュースとなりました。これまで筆者も何度も取り上げてきました。
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昨年11月にホーム最終戦の場で社長退任が発表され、その後あまり動静が伝えられることのなかった恩田氏。今月13日に「片道切符社長のその後の目的地は?ALSと共に生きる恩田聖敬のブログ」を開設し、毎日のように日々のALS罹患後の日常や、自身の思いを綴っています。率直なメッセージが大きく反響を呼び、地元で一面トップで特集され、開設2週間に満たない24日には、1日に26,000PVを越える閲覧が寄せられている、いま。
早速、恩田氏にブログ開設に至った思いや背景、今後の展開などについて伺いました。
ブログを愛用のiPadで入力する、恩田氏。いくらか動く手で、iPadと無線接続される特殊なマウスのボタンを操作し記入。自動的に動くカーソルをタイミングを合わせてクリックするこの装置は、国立情報学研究所から貸与されたものとのこと。器用に記事を書く恩田氏だが、1記事あたり2-3時間程度の時間を要するとのこと。
これまで、ブログやSNSといったものは使用したことがなかったという恩田氏。あえて今、ブログを始めた意図を尋ねると「年末年始の久しぶりの長い休みの間、今後の事を考えた結果、やはり家に閉じこもっているのは私の性に合わず、ちゃんと社会と繋がりながら生きて行きたいと思いました。そこで、社会と繋がる1つの方法として、ブログを始めました。」との返答。
ブログ記事の中でも以下のように書いてます。
自分が元気でいることを知って欲しい。社会とつながっていたい。何か人の役に立ちたい。そんな思いから、自分の現況や経験、考えを発信することに至りました。alsになっても私は私。社長を辞めても私は私。何も変わりません。
自分の考えを書いていくにはもうひとつ理由があります。自分の子供のためです。
自分の子供たちも大きくなったら、これを読む事で、パパの生き様を伝える助けにもなれば書いていく意味があると思います。
岐阜市内で一緒に暮らす七歳の長女と四歳の長男に「大きくなったら読んでほしい」という願いもこめたとのこと。社長就以降何度もSNS利用をすすめられたが、実はこれまで気持ちがあまり乗らず、使用してこなかったという恩田氏。しかし、開設2週間弱の現在、大きな手応えを感じている様子です「開設1週間で1万人近くがご覧になり、1月24日には1日で26000PVを越えました。懐かしい人からのコメントも頂きました。想像以上の反響に驚きましたが、素直に嬉しく思います。今の自分の状態でもブログを通してコミュニケーション出来る事が実感できました」と。
当初は、週に2~3回は更新をしたいと発言していましたが、現在開設13日のうち9回記事はアップされており、楽しんで記事を書き込んでいる様子が伝わってきます。
そして、恩田氏の記した18日のブログは大きな反響を生んでいます。
今後はについては「今後も自分の思いや経験を発信して、ブログでの出会いが、リアルでの出会いに繋がっていけば自分の世界も広がるし、何か社会の役に立てるのではないかと思っています」とのこと。すでに、アゴラやハフィントンポストへの記事転載がスタートしており、今後も情報発信の幅を広げていきたいとのこと。4月でFC岐阜の取締役は退任の意向を表明しているが、Jリーグシーズンの開幕も控え、今後の情報発信や恩田氏の展開は引き続き注目ですね。
恩田聖敬氏 SNSアカウント
ブログ http://blog.livedoor.jp/onda0510/
Twitter https://twitter.com/onda_satoshi
Facebook https://www.facebook.com/onda0510
秋元祥治
NPO法人G-net代表理事・滋賀大学客員准教授・OKa-Bizセンター長