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杉並区の保育園問題で、説明会紛糾。公園も、働く母親に必要なインフラなのに

境治コピーライター/メディアコンサルタント

”騒然とする”とよく言うが、その言葉がふさわしい情景がまさにそこに展開されていた。行政による説明会は、説明会の体をなさず、数名が前に出てきて口々に主張を言う場になってしまった。杉並区と、久我山の人びとの気持ちは、まったくすれちがってしまっている。なぜこうなってしまったのだろう。この光景を一見すると、住民たちはただモラルの低い、パブリックな意識の薄い人びとだととらえるかもしれない。だが取材を重ねてきた私には、そう単純には見えない・・・

待機児童ゼロをめざして、公園も保育園に転用する計画が発表された杉並区

杉並区で来年待機児童が560人を超えることがわかり、区は緊急事態宣言を出した。急きょ来年春までに11カ所の区有地で保育園をつくる計画を5月に発表し、議会でも議決された。ところがその中に4カ所、公園が含まれており日ごろそれらを利用する住民が猛反発。その中の久我山東原公園については5月に2度の説明会が開催されたが公園を守りたいとの主張が続出し、その模様がテレビで放送されて賛否両論を巻き起こした。

昨年来、保育園反対運動を取材してきた私は、詳しい状況を確かめに現地に行った。他の反対運動と一緒くたにできないものを感じとったからだ。調べたことを、記事にして6回に渡って配信してきた。(それらはこの記事のいちばん最後にリンクを示すので詳細を知りたい方は読んでください)

これまでの取材で私が感じたのは、東原公園は住民に強く愛され利用されてきており、簡単に転用を決めるべきではなかったということだ。この周辺には他に十分な公園がなく、22年前に住民たちの請願でできたのが東原公園。だからこそ、みんなで大事にしてきているし、老若男女が様々に利用してきた。保育園は公園の4割を使うので6割は残るのだが、平らでボール遊びもできる空間がなくなり、東原公園の価値の中心が失われる。保育園を一年でつくる緊急対策の中で、公園は分けて議論すべきだったのではないかと私は考えている。

一方で計画の旗振り役である区長にインタビューし、就任以来待機児童ゼロへ向かって取り組んできたこともよくわかった。今年の春でゼロにできるつもりでいたがそうならず、さらに来年560人を超えることまで見えてきた。区役所が一丸となって取り組むべく職員を叱咤して緊急事態宣言を発し、議会からも賛同を得た。この計画をなんとしても実現すべき、それが保活で生活への不安を抱える親たちのためになるとの一心で取り組んでいる区長。その思いもよくわかった。そして区長は、どんなに反対の声が強くとも計画を進める覚悟を固めている。計画は議会でも議決され民主主義の手続きとしても何の誤りもない。あとは8月から工事に入るのみ、という段階だ。

かくて、工事着手にあたっての説明をしようとする杉並区と、そもそも計画に納得できない住民とで、まったく気持ちがすれ違った状態の中、7月25日夜、説明会が始まった。

行政側による説明会は、開始早々、騒然とした

説明会は、現場レベルの責任者である保健福祉部長を筆頭に関係部署の責任者が勢ぞろいして、近隣の小学校体育館で18時30分に開始された。

最初に、保健福祉部長からここまでの経緯を確認。区議会での議決にのっとりこれまで2回の説明会を開催し、また住民代表と2度にわたって区長が話しあったうえで、今回は施設の概要についての説明会である旨が説明された。さらに進行役の女性職員から、この説明会では保育園の設計や運営に関する質問を受け付け、それ以外の質問などは用意された質問票に記入するようにとアナウンスされた。

入口に貼られていた断り書き。余計な文句は言うなと言っているように読み取れる
入口に貼られていた断り書き。余計な文句は言うなと言っているように読み取れる

これに住民の一部が強く反応した。施設の説明だというのは杉並区の言い分で、自分たちは計画に納得していないので聞きたいことは山ほどあると主張した。

煽ろうとする人物がいたようにも見えるが、他の住民たちも誰かに火をつけてほしくて待っていたのかもしれない。あっという間にその場は騒然とし、「説明会」ではなくなった。前のほうに数名が詰め寄り口々に、言いたいことをぶつけている。

その様子を私は唖然としながら見つめていた。ひとつには、ここまで荒れるとはと、住民側に対してややあきれ果てた。はっきり言うが、前に出て言って詰め寄るのはよくなかったと思う。子どもたちも見ている中で”会”として進行できない状態を作った住民側は、そのことを反省すべきではないだろうか。

一方で、それより私は杉並区側の姿勢に驚いた。詰め寄ったのは明らかに行き過ぎだが、それを誘発したのは行政の”やり方”だと思う。説明会を2度行ったので理解されているものとして説明会を始めようというのは、挑発しているのかと疑いたくさえなった。ここまでの流れを理解している者なら、住民側がまったく納得していないのはわかりきったことだろう。進め方として反発を生むに決まっている。

いちばん最初に「みなさんが納得していないのは重々承知の上で、今日は施設の概要を説明するので、まずは最後まで聞いてほしい、そのあとであらためて皆さんのお気持ちも聞かせてください」という”誠意”をはっきりと示す努力が必要だった。住民側の気持ちをじっくり聞きます、という明確なアナウンスがあるべきだった。

施設と運営以外の言いたいことは紙に書けというのも反発を招いた。住民側からすると、他に言いたいことがあるから来ているのに紙に書けと言われたら、それは怒るだろう。行政側は、住民側の気持ちを逆なでするためにやっているのかと思いたくなった。

”気持ち”などと言うと精神論を言っているみたいだが、これはコミュニケーションのテクニックの問題であり、交渉術の話だ。杉並区側は要領が悪すぎた。ことをうまく進める気なら、一枚上手に対処するべきなのに、住民たちの態度にムッとして結果的には同じ高さに立ってしまっている。相手に矛を収めてもらう進め方になっていない。そういう”作戦”はなかったようで、文句は紙に書かせてしのごうという意図が見え見えになっていた。

騒然とした状態は10分ほどでおさまり、みなが席に着いて説明会は始まったが、もう出だしで事実上説明会の形は失われていた。保育園事業者から施設の説明はなされたが、それを聞く空気はすっかりなくなっていた。

代替の”広場”に対し、巻き起こった不信

そのあとは、住民側が手を上げてひとりひとり意見を言っていく時間となった。そこでも、進行役の職員がいちいち途中で「時間を過ぎていますのでまとめて・・・」と割って入り、住民側を苛立たせた。意見を聞くより、”早く済ませよう”としているとしか受けとめられないだろう。

数多く出た意見のすべてを紹介できないが、ひとつこれまでの流れを受けて重要な意見を紹介しよう。5月の議会での議決後、住民たちは”陳情”を出し、公園転用の見直しを訴えたが、区議会の”保健福祉委員会”で議論され不採択になった。その際に「公園のボール遊びができる部分に保育園ができるが、その代替の土地が用意されることになっているから」不採択になった経緯がある。

行政側は、8月1日から東原公園の整地工事を始めるとしているが、そのためにはボール遊びができる遊び場を代替地として用意するのが、言わば条件になっていたのだ。

代替地は最近になって提示されたが、京王電鉄所有の土地で、井の頭線の脇の空き地だった。

遊び場の代替地は井の頭線の線路すぐそばの空き地だった
遊び場の代替地は井の頭線の線路すぐそばの空き地だった

私も見に行ったが、これでは空間を覆わない限り蹴ったボールが線路に飛んでいく心配がある。住宅の壁に直接面している。木陰も水飲み場もないし、どう整地してもここでボール遊びができるようには思えない。

出てきた意見では、そのことを指摘し、あの代替地では子どもを安心して遊ばせることはできない、それなのに計画をこのまま進めるとはひどいのではないか、との主張がなされた。

だがこの意見についても明確な回答がないまま「では次の方、他に質問ある方いらっしゃいますか?」と進行役は進めていった。だが、民主主義のルールにのっとるならこの不十分な代替地では計画を進めてはならないことになると思うのだがどうなのか。

公園も保育園同様、働く母親に欠かせないもの

もうひとつ、ひとりのワーキングマザーから語られた生々しい悩みを紹介したい。彼女は小学生と保育園児の子どもを育てながら働いている。小学生の子は学童に預けたいが、”待機”状態だ。夏休みに入ると、子どもたちをどう過ごさせるかはかなり深刻な問題だが、東原公園があるので安心できた。そこにはお友達も大勢集まっているし、大人たちもいる。知らない子でも怪我をしたら大人が手当てをしてもくれる。そういう関係が自然にできていたのが東原公園だった。つまりそこは、単なる遊び場ではなく信頼しあえるコミュニティなのだ。そんな関係を住民たちが助け合いながらつくりあげてきた。

もう夏休みだ。公園がなくなったら、自分が働いている間、子どもたちをどこで過ごさせればいいのか、と彼女は訴える。あの代替地はとてもじゃないが安心して遊ばせられない。8月1日から工事が始まったら、どうすればいいのかと。

公園より保育園建設のほうが優先されるのは当然だと言う人は多い。働く女性が、子どもを預けられないと職を失うかもしれないではないか、と。だがこのワーキングマザーの悩みを知ると、公園と保育園はどちらかを優先すべきものではないと気づかされる。働く女性にとっては、どちらも欠かせないインフラなのだ。公園はただの遊び場で、遊んでる子どもたちは赤ちゃんを抱えて困っているお母さんに譲るべきだ、という意見は少し違うと私は思う。ただの遊び場以上の機能を持つ公園だってあり、東原公園はまさにそうなのだ。

杉並区のプランの一貫性がよくわからなくなってきた

他にも多様な意見が次々に出てきたが、杉並区の姿勢は変わることなく、結局住民たちの疑問や不安に応えてはいないまま22時30分に”説明会”は終わった。終了後も一部の住民たちは区の職員や保育園事業者に食い下がり、主張や質問を浴びせていた。まったく納得も理解もしていない。それぞれが言い足りなかったことをあと少しでも伝えようとしていた。

画像

ところで、私は田中区長にインタビューして、待機児童ゼロへの強い覚悟には感心したし、短期間で来年4月に向けて緊急対策をまとめた手腕そのものは素晴らしいと受けとめていた。だがここへ来て、少しずつ計画のほころびが見えてきたように思う。

先述の代替地だがここは実は、緊急事態宣言を出す前に、もともとあった「当初計画」の中に入っていた「久我山5丁目4番」の土地だ。(→杉並区のこのページのリストに入っている

京王電鉄が保育園に提供してくれることに「当初計画」ではなっていたのが、京王側の何らかの判断で提供を取りやめたと聞いた。そこで、東原公園の代替地に一年契約で提供が決まったそうだ。

それなりの事情があったのだろうが、なんともわかりにくい話だ。

当初は保育園を建てる予定だった土地を、保育園を東原公園に建てるために、ボール遊びができる広場として使うことになった・・・頭がこんがらがってくる。端から見るとどうしても、突っ込みたくなるだろう。だったら当初の予定通り、そこに保育園建てたら、東原公園を潰さなくてすむんじゃないの?それを京王側に誠実にお願いしたらどうなの?

非常にわかりにくい状況で、何がどうしてそうなったのか、詳しく説明しないといけないと思う。だが説明会ではそもそも、この代替地の説明は文書にもなっておらずほとんどなかった。代替地として到底適切とは思えないし、なんだかツギハギだらけに思えてしまう。

計画全体に偏りがあり、ほんとうの対策になるのか疑問

さらにもう一点ある。公園を守るために「久我山の子どもと地域を護る会」が結成され、ブログで情報発信している。その6月27日付の記事で、区が発表したデータを元に様々に試算したり図にしたりしている。簡単に紹介しよう。

杉並区は、当初計画で759名、緊急対策第一弾で320名、第二弾で795名、追加の整備で346名で合計2,220名分の保育園をこの一年で建てる計画をしている。

その計画を地図に落とし込んだものがこの図だ。

ブログ「久我山の子どもと地域を守る会」より
ブログ「久我山の子どもと地域を守る会」より

出典はこの記事から→「第2弾!杉並区全体が緊急事態なのに。

認可→●

小規模保育→△

紫→当初整備計画

オレンジ→緊急対策第一弾

赤→緊急対策第二弾

で示している。

各地域に添えられている数字は、緊急対策が必要となった待機児童数だ。

ひと目でわかる通り、待機児童数はそれぞれに満遍なくいるのに、この一年でできる保育園は久我山と井草に集中している。

緊急対策に絞ってよりわかりやすくしたのが、この図だ。

ブログ「久我山の子どもと地域を守る会」より
ブログ「久我山の子どもと地域を守る会」より

新たに発覚した待機児童数560名に対する緊急対策の保育園収容人数を”供給率”として地域別に計算している。ものの見事に区の東側と、中央線沿いは「0%」だ。逆に久我山と井草は供給過多になる。

もちろん、保育園は多少不便でも入れるなら入れたほうがいい。とは言え、中央線沿いに住む人が、西武新宿線沿いの井草に子どもを預けに行くだろうか。永福町や方南町方面の人が、電車で久我山まで行って子どもを預けてから引き返す形で出勤するだろうか。お迎えもまた然りだ。

区長と杉並区役所が一丸となり、杉並区議会も賛成多数で可決した緊急対策は、こんなに偏りがあるのに対策になっていると言えるだろうか。これでほんとうに待機児童ゼロにできるだろうか。大いに疑問だ。仮にゼロになっても、それは入れそうな認可保育所が遠いので諦めたことによる、となってしまうのではないのか?

代替地のわかりにくさも含めて、どうも計画全体にちぐはぐさが見える。緊急事態を宣言して保育園をとにかくつくれる場所につくろうと慌てて計画した、ほころびが出てきている。住民たちからすると、そんな慌てて作った突っ込みどころ満載の計画のために、自分たちが育ててきた公園を諦めろと言われているとしか思えないだろう。

いや、ちがうのだ、と言うのなら、そこをきちんと説明しないと、納得できるものも納得できない。いくら手続きが民主主義にのっとっているのだ、我々は正しいのだと言われても、住民たちは悔しくて切なくてたまらないだろう。このまま進めると、大きな大きな禍根が保育園にのしかかる。保育園という施設の性質上、そこがいちばん問題だと思う。

この問題はまだまだ終わらない。きっと展開もあるだろうが、いまの時点で私が書くべきことももっとあるので、あまり日を置かずに続きを書きたいと思っている。

※参考:私が書いた関連記事

6月6日「杉並区の保育園問題。公園転用への反対は住民のエゴではない。」

6月7日「杉並区の保育園問題。転用に直面した公園で出会った3人の人物。」

6月9日「杉並区の保育園問題。訴えたいのは、誰かを悪者と決めつけて、確かめもせず攻撃するいまの風潮。」

6月20日「杉並区の保育園問題。もうひとつの現場、井草地区では住民による代替案が提示されている。」

6月26日「杉並区の保育園問題。『TVタックル』で言えなかったこと~公園とは町そのもの~。」

7月7日「杉並区の保育園問題。田中区長の話を聞いて、地方自治と民主主義の難しさを感じた」

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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