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熊本地震 なぜ日本の防災計画は「子供に優しくない」のか

木村正人在英国際ジャーナリスト
全日本女子柔道 熊本地震 義援金募金(写真:伊藤真吾/アフロスポーツ)

NHKによると、14日から熊本県や大分県で続いている一連の地震で死亡した人は47人に達しました。震度1以上の地震はこれまでに665回にのぼっています。熊本市では、自宅駐車場の車に避難していた51歳の女性が肺の血管に血の塊が詰まるエコノミークラス症候群(急性肺血栓塞栓症)を発症して死亡しました。

今回の地震で避難者がエコノミークラス症候群で亡くなったのは初めだそうです。

旅客機のエコノミークラス席など狭い空間で長時間、同じ姿勢でいると、ふくらはぎなどにできた血の塊が肺の血管を塞いで呼吸困難や心停止を引き起こすことがあります。こうした症状をエコノミークラス症候群と呼んでいます。

NHKの取材ではエコノミークラス症候群と診断された人は他に19人もいて、このうち2人が意識不明の重体になっています。水分をこまめに摂取し、運動することが大切です。体を動かせない場合は足をマッサージしたり、血流をよくするストッキングをはいたりするといいそうです。

熊本県や大分県などで9万5千人以上が避難所生活を送っています。情報を共有する手段としてソーシャルメディアが活用されていますが、避難所になっている熊本市内の小学校で18日夜「肉100キロを無料で焼きます」といった不正確な情報が拡散し、混乱しました。

NHKの報道では、熊本市が「電話の問い合わせが殺到し、被災者への救援活動に支障をきたしているので、当面の間は、個人での熊本市への支援物資の配送や、問い合わせ自体も控えてほしい」と訴えています。被災した自治体の多くは、気持ちはありがたいが、救援物資の輸送は今はやめてほしいと呼びかけているそうです。

国連開発計画(UNDP)、セーブ・ザ・チルドレンなどを通じ中東・北アフリカで子供の支援活動に携わってきた田邑恵子さんの協力で、今回の熊本地震に合わせて緊急エントリーしました。

田邑さんは東日本大震災発生から5年を経ても広域連携体制、後方支援体制が整っていないと指摘します。IT(情報技術)を活用した一括被災情報管理システムの構築も進んでいないそうです。田邑さんは「日本の防災計画はまだ全然、子供に優しくない」と言います。

[田邑恵子]今、日本で災害に対する備えが一番整っている地域はどこでしょうか?

私見ですが、恐らく、直接あるいは近隣の市町村が被災し、その後、他の災害現場にサポートに入った経験が多い兵庫県の方達でしょう。これは市職員、社会福祉協議会職員、消防団員、医療関係者、学校関係者、ソーシャルワーカーなど、数多くの方が異なったタイプの災害に対応してきた蓄積があるからです。

また、市民も語り部などのボランティア活動を通じて、災害体験を次世代へと伝える活動をされています。防災を専門に学ぶ学科のある教育機関(舞子高校、神戸学院大学)、防災を研究する「人と防災未来センター」を有するのも兵庫県です。

また、首都直下型地震、南海トラフ地震が想定される地域においては、市民・行政の間で備蓄の呼びかけ、帰宅困難者の対応、防災訓練、防災教育が実施されてきました。子供達の間では「学校に行っている時」「おけいこレッスンを受けている時」「通学電車の途中」「家で眠っている時」など、自分の置かれた場面を想定して避難する訓練をしている地域もあります。

九州には大きな地震がしばらくなく、今回対応している方々には初めての経験である方も多いと思います。そして、残念なことに、「思っていなかった」地域で災害が発生する傾向は阪神・淡路大震災以降も続いています。

東日本大震災発生から5年を経ても、広域連携体制、後方支援体制が整っていないのは大変残念なことです。日本が有するITを活用した一括被災情報管理システムの構築も進んでいません。

内閣府(防災担当)の提言書には(平成24年発行)では、情報集約や調整を行うプロとしての災害コーディネーター育成が急務であると論じられていました。今日は「日本の防災計画が、なぜ子供に優しくないのか?」についてお話したいと思います。下の数字は何だと思われますか?

高齢者 15

障害者  14

子供  8(内訳:子供1、児童4、乳児1、乳幼児2)

家庭動物 3

妊産婦 1

実は、内閣府の定めた「防災基本計画」で言及されている回数です。この防災基本計画を参考にしながら、各地方自治体は地方の実情に応じて、より詳細な防災詳細計画、あるいは広域連携計画を策定します。(高齢者、障害者、乳児、外国人などを含む要配慮者は、必要とされる異なったニーズの視点から語られていないため、ここでは割愛します)

阪神・淡路大震災では、避難所における高齢者、治療が必要な方、授乳中の女性への配慮が著しく欠けており、避難された方は、長期間にわたって不便な生活を強いられました。また、エコノミークラス症候群などによる災害関連死も多く発生しました。

その経験から、防災基本計画においては、災害弱者と言われる女性や乳幼児、障害者、高齢者への対応が、本当に徐々に徐々に整備されてきました。ただ、大変残念ながら、日本の防災計画は、まだ全然「子供に優しく」ないのです。

今の日本社会の反映だとつくづく思うのは、高齢者が言及されている回数が一番多く、子供はその約半分しか記述されていません。子供、児童というカテゴリーの中には、0歳児から18歳までの子供が一括りに語られています。乳幼児と高校生、全く同じように語ることはできませんよね?

それぞれの年齢に応じて違ったニーズがあるのですが、そこまで踏み込んだ記述は防災基本計画にはされていないのです。

自治体が作る詳細計画には、その地域の住民構成を反映させている必要があります。例えば、東京都新宿区の防災計画では、日本語が分からない方への支援をどう行うのかという項目があります。

また、ペットと一緒に避難されている方を孤立させない方法、獣医師会と連携しておくこと、ペット食品の備蓄をしておくことが記載された計画書もあります。

その一方、子供向けの医薬品の備蓄、小児科医との連携、離乳食の備蓄 、アレルギー代替食品(粉ミルクの替わりにライスミルクなど)、閉校期間中の自習体制の整備、こころのケアなど、子供に配慮した防災計画を策定している自治体は圧倒的に少ないのが現状です。

そして、これは防災だけの問題ではなく、私たちと行政の関わり方に根本的な原因があるように思えます。たまたまご縁があり、地方行政が実施する防災関係の会議に出席したことがありますが、平日の昼間ということもあり、参加されているのは子育て終了されている世代の方々が中心でした。

働いている人の意見を汲み取りやすい時間に会議が開催されていないのです。そのため、子供を持つ保護者世代の意見は、反映される機会ががくんと減ってしまいます。また、保護者の間にも、自分の地域では子供のニーズにどれほど対応した計画を立ててくれているかを事前にチェックするという、働きかけが十分にはされてこなかったという要因もあります。

特別に配慮が必要な方(自力で移動ができない方、透析などの医療行為を必要とする方など)は、自治体に事前に登録する窓口があり、災害発生時には、優先して安否の確認、対応可能機関へと引き継ぎをしてくれます。

様々な障害をお持ちの方にどう災害情報を伝え、あるいは避難所などでの生活がスムーズにいくのか、どう助け合うことができるのかという取り組みも始まったばかりです。

私がのぞかせていただいた地域の防災研修には、聴覚障害をお持ちの女性が参加されていました。 その方は、「自分が障害を持っている方のニーズを伝えたい、また自分たちにも出来ることはあるんじゃないか」と考え、研修の記事を新聞で見つけ、自ら、参加申し込みをされた方でした。

私は、この方の勇気と行動力に頭が下がる思いがしました。発話訓練をされた方で、気をつけて聞きさえすれば、その方の発言は明瞭で、理解することに何の問題もありません。

それでも、大勢が参加する会議にて発言することは、大変なプレッシャーもあったと思いました。「自分たちのニーズを伝えたい、自分が行政とのパイプ役になりたい」というこの方の決意の方が勝ったのです。

私のこれまでの経験でも、「お役所」が考えつく支援は、多数派のニーズを汲み取ることはあっても、少数派のニーズに対応するきめ細かい対応は遅れがちです。でも、「○○が必要です」と伝えない限りは、お役所がそれを自分で考えつくことは難しいでしょう。

今、避難をされている保護者の方、精神的な余裕があるならば、保護者同士で話し合う時間を作り、必要とされる支援の優先順位を決める。そして、それを避難所の運営を担当している方に伝えるというだけでも、ちょっとずつではありますが、状況が改善されるチャンスが広がると思います。

避難生活が長くなり、疲れている時に「話し合いなんて」と感じるかもしれません。それよりは、ソーシャルメディアでメッセージを伝える方が、確実だし、効果的に拡散すると感じられるかもしれません。

でも、1日に配布される物流には限りがあります。一番優先度の高い品目が、一番必要とされる人に確実に配布されるためには、周囲の人たちとの意見交換/調整は外して通らない方が良いのです。

地域の防災計画や防災マップ、指定避難所の備蓄品リストは、大抵ホームページなどで公開されています。また、防災計画なども市民からのコメントを反映させる期間が設けられています。

ご自分の地域の備蓄品リストを一度チェックしてみませんか?

防災の基本は、「自助」「共助」そして「公助」。公的機関による支援は一番最後に到着します。それまでの期間、自分のニーズに一番合致した「自助」の備えをしておくことが求められます。

(おわり)

【熊本地震緊急エントリー】

報道とボランティアの皆さんも「心理的応急措置(PFA)」を忘れずに

非常用持ち出し袋には「心の栄養になるものを!」

「賢い」支援をするために 善意を届ける前に考えてほしいこと

「女性が安心できる避難所を!」

ボランティアに出かける前にできること

田邑恵子(たむら・けいこ)

北海道生まれ。北海道大学法学部、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院卒。国際協力の仕事に従事。開発援助や復興支援の仕事に15年ほど従事し、日本のNPO事務局、国際協力機構(JICA)、国連開発計画(UNDP)、セーブ・ザ・チルドレンなどで勤務。現在はフリーランスとして活動している。中東・北アフリカ地域で過ごした年数が多い。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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