Yahoo!ニュース

10年にひとりの逸材・広瀬すず――映画『海街diary』で見せる瑞々しさ

松谷創一郎ジャーナリスト
映画『海街diary』パンフレット

広瀬すずの瑞々しさ

芸能界には、たまに驚くような逸材が現れます。与えられたチャンスを難なくこなし、トントン拍子でスターへの階段を駆け上がっていく存在です。現在で言えば、広瀬すずがまさにそうでしょう。

6月13日に公開された是枝裕和監督の『海街diary』は、吉田秋生の同名マンガの映画化です。それは、鎌倉を舞台とした香田家の4姉妹の生活を追った物語です。そこでは大きな事件は起きません。移ろう季節とともに、ゆっくり静かに変化していく4人の姿が描かれていきます。

長女・幸役を綾瀬はるか、次女・佳乃役を長澤まさみ、三女・千佳役を夏帆と、主演級の女優が揃うこの作品で、広瀬すずは末っ子・浅野すず役に抜擢されました。しかも、彼女だけ4姉妹のなかで唯一母親が異なるという設定です。3姉妹は、疎遠となっていた父親の葬式ではじめてすずに出会い、鎌倉でいっしょに住むことを提案します。すずもそれを受け入れ、4人は家族となります。

是枝監督は、これまで家族を題材とした映画をいくつも撮ってきました。よく知られるのは、当時14歳の柳楽優弥がカンヌ映画祭で最優秀男優賞を受賞した『誰も知らない』(2004年)と、同じくカンヌ映画祭で審査委員特別賞を受賞した前作『そして父になる』(2013年)です。他にも、阿部寛主演の『歩いても 歩いても』(2008年)という傑作もあります。それらでは、家族のヒリヒリした側面が丁寧に描かれてきました。

また是枝監督といえば、子役や若手俳優の演出が上手いことでも知られます。前出の家族3部作はもとより、2011年の『奇跡』では子供だったお笑いコンビ・まえだまえだを主演に据え、小学生の頃の橋本環奈も出演しています。こうしたとき、しばしば是枝監督は子役に台本を渡さず、セリフだけを本人に与えて芝居をさせてきました。是枝作品から、いわゆる“子役演技”と言われる大仰な芝居が感じられないのは、このテクニックによるものです。

『海街diary』においても、広瀬すずだけこの手法で演出されたそうです。2014年の春に開始された撮影時、広瀬すずは中学を卒業したばかりの15歳でした。子役と呼ぶような年齢ではありませんが、是枝監督はリハーサルにおいて口頭でセリフを伝え、広瀬はそれに合わせて芝居をする方法です。結果、『海街diary』は広瀬すずのナチュラルな瑞々しさがあふれ出た作品となりました。

原作もそうですが、映画『海街diary』において広瀬演じる浅野すずはとても重要なキャラクターです。両親と死別し、思春期に孤立しかかった彼女は、3人の姉の優しさに包まれて明るく活発に成長していきます。この物語の実質的な主人公は、すずと言っても過言ではありません。広瀬は、その役を見事に演じきったのです。

女優のキャリアはまだ2年

1998年生まれの広瀬すずは、あした6月19日に17歳になります。姉・広瀬アリスを追うように、2012年にファッション誌の専属モデルオーディション「ミスセブンティーン」で芸能界入りし、翌2013年から女優として活動し始めます。実質的に女優としてのキャリアはまだ2年ほどで、公開待機作を含めても映画とドラマで12本にしか過ぎません。

画像

俳優としてのはじめての仕事は、2013年のドラマ『幽かな彼女』(フジテレビ)でした。中学校を舞台に香取慎吾(SMAP)が主演の教師役を務めたこの作品で、広瀬すずはモデル志望の生徒・柚木明日香を演じています。一話ごとに生徒ひとりずつ描かれるこのドラマでは、広瀬は第3話「芸能界の罠!14歳の覚悟」でフィーチャーされています。その演技は、はじめてとは思えないほど堂に入ったものでした。香取慎吾も、このときの彼女の様子を以下のように語っています。

リハーサルでパッと向き合ったときにね、ゾワッて。何なの、この子? と思って。(略)あんまり感じたことないスゴいオーラっていうか迫力を感じて、怖くなったの。

出典:『SMAP×SMAP』2015年6月8日(フジテレビ)より

このときの香取の感覚は、その後の広瀬の快進撃を完全に予期したものでした。当初は端役ばかりでしたが、それから1年後には既に『海街diary』の撮影に入っているほどです。

ドラマ『学校のカイダン』DVD(2015年)
ドラマ『学校のカイダン』DVD(2015年)

ドラマでは、今年の1~3月に放映された『学校のカイダン』(日本テレビ)で主演に抜擢されました。それは、過去に『家なき子』や『金田一少年の事件簿』、『野ブタ。をプロデュース』などを送り出した、ティーン向けの土曜日21時枠でした。そこで広瀬が演じたのは、強固なスクールカーストにスピーチで立ち向かい、学校に革命を巻き起こす高校生・春菜ツバメ役です。

このドラマで、広瀬はメガホンを持ってひたすら演説をしまくります。セリフの量は膨大だったはずです。さらに、子役を経て実力派俳優に成長した神木隆之介で脇を固めるなど、バックアップ体制も十分に整えていました。そうしたことから、彼女を一人前の女優に育てたいと願う制作陣の思いがひしひしと伝わってきました。

7月11日に公開される、細田守監督のアニメ『バケモノの子』ではヒロイン・楓で声優に初挑戦します。細田監督といえば、『時をかける少女』(2006年)や『サマーウォーズ』(2009年)、そして前作『おおかみこどもの雨と雪』(2015年)で知られる、現在の日本を代表するアニメ監督であることは説明する必要もないでしょう。そこに抜擢されたのです。

このようなプロセスを経て、 広瀬すずは現在の10代の女優でもっとも注目される存在となったのです。

CMで魅力を放出

しかし、昨年まではドラマと映画で大きな役はほとんどありません。今年に入っていきなり重要な役が増えてきています。それには、明確な理由があります。広瀬すずの魅力を広く伝える役割を担ったのは、ドラマや映画ではなくCMだったからです。

以下の表を見ればわかりますが、2014年から広瀬のCM数は劇的に増えています。昨年は8本、今年は昨年からの継続分も含めて10本のCMに出演しています。

画像

日本の女優にとって、CMは大きな注目を集めるチャンスとなります。なかにはひとつのCMから大きく羽ばたく存在もいます。思い起こせば、広末涼子はまさにそうした存在でした。広末はNTTドコモのCMで注目され、大女優へと成長していったのです。

大塚食品「MATCH」広告
大塚食品「MATCH」広告

『海街diary』で広瀬すずの姉を演じる3人も、10代のときに記憶に残るCMに出演しています。たとえば綾瀬はるかは20歳のときのポカリスエット(2005年/大塚製薬)、長澤まさみは18歳のときのカルピスウォーター(2005年/カルピス)、夏帆は15歳のときの三ツ矢サイダー(2006年/アサヒ飲料)などがそうでしょう。なお、これらはすべて清涼飲料水のCMですが、広瀬すずも姉・アリスとともに炭酸飲料・MATCH(大塚食品)のCMに出演中です。若者を中心に好まれる清涼飲料水は、期待される若手女優の登竜門なのかもしれません。

現在広瀬が出演するCMでまず注目されるのは、人気のあるソフトバンクモバイル・白戸家のCMです。広瀬が演じるのは、樋口可南子演ずるお母さんの少女時代。広瀬は、ちょっと古めかしいセーラー服姿です。

次に注目されているのは、ロッテ・Fit'sのCMです。YouTubeで「踊ってみた動画」が多く上がるなど、独特のダンスとたむらぱんによる曲が人気のこのCMは、これまで佐藤健と佐々木希によって人気でした。そこに広瀬すずが参入し、制服姿であのダンスを踊っているのです。短いCMにおいてダンスは強いインパクトを与えます。過去には、新垣結衣が独特なダンスを繰り広げるグリコ・ポッキーのCMで脚光を浴びました。ハマったときのダンスCMの破壊力は抜群です。

最後に注目しなければならないのは、シーブリーズの「Wサイドストーリー」というネット限定ムービーです。テレビでは15秒と30秒のCMが中心ですが、最近はYouTubeなどネット限定で発表されるやや長めのCMも珍しくありません。これは、3話トータルで7分強も尺があり、なかばショートフィルム(短編映画)というもの。しかも、同じエピソードを登場人物する高校生男女の双方の視点で描くという趣向です。そこで広瀬は、テニス部の先輩に想いを寄せる高校生を演じています。

これらのCMで広瀬すずに期待されているのは、やはり10代特有の凛とした瑞々しさです。実際にそこからは、制作者たちが一生懸命に広瀬すずの“いま”を切り取ろうとしていることが伝わってきます。

10年にひとりの逸材

来年の頭、広瀬すずは『海街diary』で映画賞の新人賞を総なめすることは間違いありません。それだけでなく、助演女優賞もいくつか受賞する可能性があるほどです。来年には、さらに映画とドラマに引っ張りだことなり、露出を増やすでしょう。

そうした彼女は、やはり10年にひとりの逸材です。芸能界入りのきっかけが、現在20代の人気女優を多く輩出した「ミスセブンティーン」だったように、そもそもプロ野球で言えばドラフト1位のような存在でした。しかし、プロ野球でもドラ1選手が伸び悩むことが珍しくないように、芸能界でもそうしたことは頻繁にあります。

そんななか広瀬すずはそんなプレッシャーをものともせずに、大活躍し続けています。その姿に大谷翔平や松坂大輔、松井秀喜といった、しばしば“怪物”と呼ばれてプロ入りし、確実に結果を出した大物プロ野球選手の姿がダブります。

最後にひとつだけ指摘しておきたいのは、広瀬すずはかなりの強運の持ち主であるということです。『海街diary』で広瀬が演じたのは浅野すずという自身と同名の女の子です。もちろんこれはただの偶然ですが、そこからは彼女の強い運を感じます。しかも、マンガのキャラクターのイメージにもバッチリ合っていました。まるで、『海街diary』で浅野すず役をやるために女優業を始めたのではないか、とすら思ってしまうほどです。ああ、持ってるな――広瀬はそう思わずにはいられない存在なのです。

現在はバラエティ番組などでも屈託のない笑顔を振りまく広瀬すずですが、これからさらに大きな仕事によって強いプレッシャーを受けることとなるでしょう。それを彼女が着実に克服し、また周囲のスタッフ(大人たち)が彼女をしっかりとフォローしていくことを願ってやみません。

●関連

ドラマ『64(ロクヨン)』で見せるピエール瀧の“顔面力”──“怪優”が“名優”になった瞬間

『まれ』ヒロインの土屋太鳳が歩んできた道──実力派女優が豊作の1990年代中期生まれ

山田孝之は大丈夫なのか――『山田孝之の東京都北区赤羽』で見せる苦悩

“ジャニーズの亜種”風間俊介が『映画 鈴木先生』で魅せる実力

}}}

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

松谷創一郎の最近の記事