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<ルポ>「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(6)「軍隊式」と「躾」を好む日本企業

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
ベトナムの子ども。家族のために海外に働きに行く人も少なくない。筆者撮影。

数々の課題が指摘されてきた日本の「外国人技能実習生制度」だが、このところ、技能実習生として来日するベトナム人が増えている。

私はこの連載で、こうした状況について、「(1)ベトナム人はなぜ日本に来るのか?」「(2)”送り出す側”に転じた元実習生」「<(3)「労働輸出」と”主要市場”の日本」「(4)借金に縛られた実習生を生む構造」で、伝えた。

また、「(5)来日前に受ける「軍隊式」の研修」では、技能実習生向けに渡航前研修を提供する訓練センターの中に、「軍隊式」の渡航前研修を売りにしているところがあることを説明した。連載の6回目となる今回は、私が訪れた「軍隊式」の訓練センターについて、さらに掘り下げたい。

◇”規律・訓練”と徹底した管理、”命令”に従う実習生をつくる渡航前研修

ベトナムの若者たち。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの若者たち。筆者撮影、ハノイ市。

私が訪れたハノイ市近郊にある実習生候補者が学ぶ訓練センターでは、さらに細かな規律が多数決められ、それを厳守することが訓練生一人ひとりに求められていた。

スタッフの方に案内してもらった訓練生が共同で暮らす寮の一室には、二段ベッドが何台か詰め込まれていた。

ただし、決して広くない空間であるものの、モノが少なく、部屋全体がきっちりと整頓されているため、狭苦しさを感じることはなかった。

ここで何人かで共同生活をしているのだという。

部屋は隅々まできちんと整頓され、チリ一つ落ちていないとてもきれいな空間だった。

見ると、各ベッドに備えられた枕は、みな同じ位置に置かれ、シーツもしっかりとかけられている。

このようにベッドメイキングをしっかり行うことも、この訓練センターでは重要な決まりであり、指示された通りにきれいにしていないと「指導」があるのだという。

さらに、訓練生個人が寮に持ち込める洋服や靴といった私物の数も決まっている。決められた数を超える私物は持ちこめない。

その上、モノの置き場所もすべてきっちりと定められている。所定の場所に置かなければこれも「指導」の対象になる。

ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。

その部屋から出て、洗面所やシャワーのあるスペースを見せてもらうと、さらに撤退した管理というのを、否でも応でも感じることになった。

洗面所には、歯ブラシやコップが整然と並べられているが、そうした小さな私物の場所もすべて置き場所が決まっており、少しでも決められた所定の位置にきれいに置かないということは許されないことだった。

一人ひとり、「コップはこの位置に」、「歯ブラシはここに」と、すべて決まっているのだ。

訓練生は、ベッドメイキング、私物の数、モノを置く場所などの各種の規則をもしきちんと守らなければ、「指導」の対象になるというのだ。

その「指導」というのは、訓練生一人ひとりの「規律違反」を来日後に就労する予定の日本企業に伝えるというものだった。

ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。
ベトナムの若者。筆者撮影、ハノイ市。

訓練センターの訓練生は、そもそも借金をして高額の渡航前費用を工面した上で、日本で働こうと決めた上で、このセンターで必死に日本語を学んでいる。

だが、もし「規律違反」が積み重なれば、受け入れ予定の日本企業に報告され、結果的に来日できなくなることもあるのだという。

規則に従わなければ、日本には行けない――。

これは訓練生にとって強力な”脅し”になるだろう。

細かく決められた規則の存在とその規則を徹底して守らせようとする訓練センターの在り方は、訓練生を”自然”と規則、そして命令に従わせていく。

ベトナムの若者は、日本に来る前の時点で既に、送り出し機関(仲介会社)と、実習生を受け入れる管理組合や日本企業によって、コントロールされていると言えるのかもしれない。

◇駐在員出身の「日本人校長」が戸惑いを隠せない日本企業の”差別意識”

ハノイ市。筆者撮影。
ハノイ市。筆者撮影。

訓練センターを見学していくうち、職員のいる部屋に通された。

そこで、出会ったのは、この訓練センターの「校長」をしている1人の日本人男性だった。

男性はもともと日本企業の駐在員としてベトナムに来たのだという。ベトナムではそれまでに培った技術や知識をいかして日本メーカーの製造拠点で仕事をしてきた。一方、その後に会社をやめ、日本企業での実務経験を買われ、この訓練センターに校長として迎えられたのだった。

私の突然の訪問に校長は少し驚いたように見えたが、それでも丁重に接してくれた。長年にわたり現場で仕事をしてきたというのがすぐに分かる、飾らない実直な話し方をする人だった。

校長は訓練センターについて一通り、丁寧に教えてくれた。

ベトナムの子どもたち。筆者撮影、ハイフォン市。
ベトナムの子どもたち。筆者撮影、ハイフォン市。

会話を続けるうち、校長はふと、「下に見ているというか・・・。ベトナム人を・・・」とつぶやいた。

聞けば、仕事上、実習生を雇用する日本企業の関係者とかかわる機会が多いというが、中には訓練センターに対し、「ベトナム人にもっと躾をしてくれ」と言ってくる人がいるというのだという。

躾といっても、実習生として渡航するベトナム人は10代後半から20代前半と若いものの、決して子どもではない。

だが、日本企業の中には、実習生の仕事のミスや日本語でのコミュニケーションの困難、生活習慣の違いなどを受け、「ベトナム人実習生は躾が足りない」として、訓練センターに「躾の徹底」を求めるところもあるのだ。

なるほど、この訓練センターで展開されている「軍隊式」の渡航前研修とは、日本企業側の”ニーズ”をくみ取ったものなのだろう。

ベトナムの子ども。家族のために海外に働きに行く人もいる。筆者撮影、ハイフォン市。
ベトナムの子ども。家族のために海外に働きに行く人もいる。筆者撮影、ハイフォン市。

一方、日本語が十分にできないことや日本の慣習を知らないといったことで、仕事上でのミスや生活における課題が出てくることは、たしかにあるかもしれない。

そんな中で、来日前の研修はたしかに重要で、実習生候補者に日本語を中心に十分に研修を提供する必要があるだろう。

ただし、受け入れ側の企業や管理組合がさまざまな問題の理由を実習生自身や実習生への”躾不足”にただ求めるのではなく、受け入れ側自体が課題となるような事態に配慮するとともに、解決策を実習生と共に、歩み寄りながら考えていくことも必要なのではないだろうか。

校長はさらに、「日本企業はベトナム人を下に見ている」と話し、気まずそうな顔をした。

日本企業のベトナム拠点で仕事をしてきた経験を持つ校長は、きっとベトナム人の従業員とも仕事を通じてさまざまな交流をし、ベトナムの人や文化、習慣などについて理解を深めていっただろう。そのためか、日本企業の差別意識に敏感に反応しているのではないかと、私には感じられた。

だが、校長の戸惑いとは裏腹に、この訓練センターでは「ベトナム人を下に見る」日本企業のニーズに応えるべく、日本人を尊重する態度を身につけさせるような教育が堂々となされている。

ベトナムの子ども。家族のため海外に働きに行く人も。筆者撮影、ハイフォン市。
ベトナムの子ども。家族のため海外に働きに行く人も。筆者撮影、ハイフォン市。

直立不動で、大声で挨拶をし、日本人とみれば「先生」と呼ぶように求める。

こういったことが「教育」や「躾」として実施され、日本企業にとって都合のよい「実習生」を育成しようとしている。

ベトナムの中で、このような訓練センターが存在するということは、日本の受け入れ側企業や管理組合が、ベトナム人実習生になにを求めるているのかということを、如実に映し出している。(「拡大する「外国人技能実習生ビジネス」と送り出し地ベトナムの悲鳴(7)」に続く)

※この記事は、「週刊金曜日」7月8日号に掲載された「ベトナム人の希望に巣食う『外国人技能実習生ビジネス』 」に加筆・修正したものです。

■用語メモ

【ベトナム】

正式名称はベトナム社会主義共和国。人口は9,000万人を超えている。首都はハノイ市。民族は最大民族のキン族(越人)が約86%を占め、ほかに53の少数民族がいる。ベトナム政府は自国民を海外へ労働者として送り出す政策をとっており、日本はベトナム人にとって主要な就労先となっている。日本以外には台湾、韓国、マレーシア、中東諸国などに国民を「移住労働者」として送り出している。

【外国人技能実習制度】

日本の厚生労働省はホームページで、技能実習制度の目的について「我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う「人づくり」に協力すること」と説明している。

一方、技能実習制度をめぐっては、外国人技能実習生が低賃金やハラスメント、人権侵害などにさらされるケースが多々報告されており、かねてより制度のあり方が問題視されてきた。これまで技能実習生は中国出身者がその多くを占めてきたが、最近では中国出身が減少傾向にあり、これに代わる形でベトナム人技能実習生が増えている。

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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